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悠久の時の彼方でⅠ  作者: 春岡犬吉
第五章
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裏切り

「やはり画像だけでは何とも言えませんね」

 総一と林の二人に検査を担当した者が話す。確かに前回の検査との違いは見受けられなかった。やはり、声帯を直接確認するしか無い、との結論に達したのだが、メスを入れて直接、というのは、総一には躊躇(ためら)いがあった。アレクは今現在、人の言葉を話せてはいるが、それがどれ程の微妙なバランスで起こった奇跡なのか、良く分かるからだ。それこそ、その違いを確認する為には、声帯その物を切除して取り出し、詳細に分析しない限り解らない様な変化のはずで、それを行えば、アレクはその残りの生涯、声をまったく発する事が出来なくなってしまう。それは研究所設立当初に源太郎が(かか)げた、最も大事な規約に抵触する事になってしまう。

 その規約とは――。

〝命有るものに敬意を払い、その生涯を(おびや)かさぬ事。もし、これが破られたならば、全職員がその責を負う物とし、研究所の即時閉鎖、及び、全ての資料を跡形も無く処分する事〟

 総一はそれともう一つの言葉を思い出していた。これは、源一郎に言われた事。その源一郎は当時、全職員を前にして、こう言ったのだ。

「先代の言を破る者が一人でも出た場合は、この風巻の持てる力全てを使い、この研究所を消去する。そして、それは君達の命も例外ではない」

 そう、源一郎に言わせれば、職員は全て生きた資料、という事なのだ、その資料を世に放つ事は出来ない。源一郎はそう言った。その事は彼、雄人も遺言を通して知っているはず。そして、真沙子の様子から察すれば、必ず彼に連絡を入れる。そうなれば、確実に研究所にやって来る事は容易く想像が出来た。

 総一は深々と溜息を付いた。

「溜息なんか付いて、どうしました? 取手先生」

 林は嫌な笑いを浮かべながら総一に話し掛ける。その表情を見て、僅かに眉を顰めた。

「いや、ちょっと、ね。昔の事を思い出していたんだよ」

「そうですか。では、次の検査に移るとしましょう」

 総一の事をまったく気にもせず、検査を先へ進めていく。林は麻酔で眠らされたアレクに近付き、本当に効いているか確認をした。

「よし、問題ないな」

 近くの職員に指示をして、内視鏡を準備させる。総一はそれを只黙って見ていた。いや、見させられていた。すでに今の彼は、所長、とは名ばかりの立場に置かれ、実際には林主導の元で研究所が動かされていた。その事を知ったのは、アレクを連れて来てから、ほんの少し経った時だった。ある一人の職員が、彼にこっそりと話してくれたからだ。その職員だけは、林に組する事なく、総一の味方で居てくれたのだが、彼自身、まだ研究所に来てからの日が浅く、林には居なくても構わない人物、と判断された様だった。

 林はアレクの口から内視鏡を差し込み、声帯の画像を確認しているが、只見ているだけに過ぎない。

「ふむ、やはり違いは解らない。摘出するしかないか」

 一人で呟いているが、実質、それは総一に聞かせる為に言っている様な物だ。何故なら、彼の方をチラリと見て、笑いながら呟いていたからだ。

 総一は無力感に身を振るわせた。まさか、信頼していた部下に裏切られるとは思って居なかったからだ。

「解剖に移るぞ。準備しろ」

 周りの者に指示を飛ばす。だが、それは只の演技に過ぎない。しかも先ほどまでの検査など、総一を満足させる為に行ったに過ぎず、林にとっては、この解剖以外にはまったく関心が無く、その事は関係者全てに伝えて有る。その為に用意は直ぐに整った。

 メスを手に持ち、アレクの喉元に近付けていく。それを見て、総一は慌てて駆け寄ろうとし

たが、その行為は他の所員によって阻まれた。

「取手先生はそこで見ていてください」

 彼を押し留めた者は含み笑いを漏らした。それはまるで、総一の慌てぶりを楽しんでいるかの様だ。総一は苦渋を滲ませる表情を見せ、何とかしなければ、という思いで叫んだ。

「何をしている! そのままではアレクが死んでしまう!」

「邪魔するなら出て行ってくださいよ。()()さん」

 振り向いたその顔は勝ち誇り、その態度は、自分がここの(あるじ)だ、と言っていた。

 総一は項垂(うなだ)れ、そこに立ち尽くすだけ。そして、林の嘲笑が彼の体を打ち付けていた。

 だが、林は知る由も無かった。すでに雄人が所内に入り込んでいた事を、そして、風巻の当主としての自覚を持ち始めていた事も。

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