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悠久の時の彼方でⅠ  作者: 春岡犬吉
第一章
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誕生

大きな歓声が上った。

取手(とりで)先生、成功ですね」

 声を掛けられた男が満足げに大きく頷く。

「君達が協力してくれたお陰だよ」

「そんな事はありませんよ。先生の事を信じて(おっしゃ)る通りにしただけですから」

 別の男が取手に声を掛け、笑顔を向けた。他の者達もその言葉に頷き、満足そうな顔を向ける。だが、取手は首を振った。

「僕だけでは事前に気付けない事が多かった。この成功は皆で成し得た物だよ」

 その場に居る全員の視線の先、そこには、保育器の様な物が有り、中では子狐が静かに眠っている。ただし、その頭部には包帯が巻いてあったが。

「これで終わりじゃない。本当に成功したかどうかは、()れからだ」

 その場に居る全員の表情が真剣になった。

「でも、どうするんですか? ここで飼育する訳にはいきませんよね?」

 少し考え込むと、取手は口を開いた。

「傷が治癒(ちゆ)するまでは万が一の事もあるから此処(ここ)に置いておくしかないが、治った後は僕が引き取って経過観察をしようと思う。(さいわ)い、家には子供も居るしね。いい遊び相手になると思うよ」

 静かに眠る子狐に、顔を向けた。

「これが成功すれば、知的障害者の助けになりますね」

 子狐を見詰める全員が笑顔で頷く中、取手だけが表情を曇らせた。

「そう簡単にはいかないだろう――。人と獣とでは違いが大きすぎるし、倫理的(りんりてき)な問題も出てくるだろうからね」

「なら、(さら)に動物実験をして、研究を()し進めて行けばいいだけですよ」

 だが、これにも取手は首を振った。

「今回は偶々(たまたま)、実験の許可が下りただけだ。それに、君達は喜んで居るが、人の言葉を理解する動物が突然現われたらどう思う? 素晴しい事だと思うかい? だけど、全ての人がそう思う訳じゃないだろう?」

「ですが、脳に障害を持つ人達にとっては、この技術が確立されさえすれば、それを克服(こくふく)して普通の生活が出来る様になるんですよ? これって、凄い事じゃないですか。一握りの人達が嫌うから、なんて理由で実験をしないなんて、馬鹿げてますよ」

 反論する男の目をジッと見詰め、静かに口を開いた。

「林君、君の言うとおりだ。確かに、この技術を確立できれば沢山の人が普通の生活に戻れる。だけどね、僕は動物を物の様に扱う事があまり好きではないんだ。それこそ人というのは昔から病気や怪我、障害を克服する為に医学を進歩させてきた。でも、それは大量の動物達の犠牲の上に成り立っている。だけど、人の言葉が理解出来き、そして、僕等と同じ感情を持っているとしたら? そんな動物を冷静に実験で使う事が出来るかい? 僕には出来ない。それはもう、姿形は違っても、僕等と同等の知性を持った生き物なんだよ」

 その言葉に、全員が声を失った。が、林は完全に納得した訳ではなかった。

 取手は更に言葉を続けた。

「だが、理論は合っている(はず)だ。今回の実験が成功すればその裏付にもなる。そうすれば、動物達を犠牲にしなくとも研究は進められる。人に応用する事も出来る様に成るだろう。今日の一歩はその(ため)の大きな前進だ。皆で此処から更に前に進んで行こうじゃないか」

 笑顔で振り向く取手に皆が頷き、子狐に視線を向けたが、林だけは彼の背中を睨み付けていた。

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