誕生
大きな歓声が上った。
「取手先生、成功ですね」
声を掛けられた男が満足げに大きく頷く。
「君達が協力してくれたお陰だよ」
「そんな事はありませんよ。先生の事を信じて仰る通りにしただけですから」
別の男が取手に声を掛け、笑顔を向けた。他の者達もその言葉に頷き、満足そうな顔を向ける。だが、取手は首を振った。
「僕だけでは事前に気付けない事が多かった。この成功は皆で成し得た物だよ」
その場に居る全員の視線の先、そこには、保育器の様な物が有り、中では子狐が静かに眠っている。ただし、その頭部には包帯が巻いてあったが。
「これで終わりじゃない。本当に成功したかどうかは、此れからだ」
その場に居る全員の表情が真剣になった。
「でも、どうするんですか? ここで飼育する訳にはいきませんよね?」
少し考え込むと、取手は口を開いた。
「傷が治癒するまでは万が一の事もあるから此処に置いておくしかないが、治った後は僕が引き取って経過観察をしようと思う。幸い、家には子供も居るしね。いい遊び相手になると思うよ」
静かに眠る子狐に、顔を向けた。
「これが成功すれば、知的障害者の助けになりますね」
子狐を見詰める全員が笑顔で頷く中、取手だけが表情を曇らせた。
「そう簡単にはいかないだろう――。人と獣とでは違いが大きすぎるし、倫理的な問題も出てくるだろうからね」
「なら、更に動物実験をして、研究を推し進めて行けばいいだけですよ」
だが、これにも取手は首を振った。
「今回は偶々、実験の許可が下りただけだ。それに、君達は喜んで居るが、人の言葉を理解する動物が突然現われたらどう思う? 素晴しい事だと思うかい? だけど、全ての人がそう思う訳じゃないだろう?」
「ですが、脳に障害を持つ人達にとっては、この技術が確立されさえすれば、それを克服して普通の生活が出来る様になるんですよ? これって、凄い事じゃないですか。一握りの人達が嫌うから、なんて理由で実験をしないなんて、馬鹿げてますよ」
反論する男の目をジッと見詰め、静かに口を開いた。
「林君、君の言うとおりだ。確かに、この技術を確立できれば沢山の人が普通の生活に戻れる。だけどね、僕は動物を物の様に扱う事があまり好きではないんだ。それこそ人というのは昔から病気や怪我、障害を克服する為に医学を進歩させてきた。でも、それは大量の動物達の犠牲の上に成り立っている。だけど、人の言葉が理解出来き、そして、僕等と同じ感情を持っているとしたら? そんな動物を冷静に実験で使う事が出来るかい? 僕には出来ない。それはもう、姿形は違っても、僕等と同等の知性を持った生き物なんだよ」
その言葉に、全員が声を失った。が、林は完全に納得した訳ではなかった。
取手は更に言葉を続けた。
「だが、理論は合っている筈だ。今回の実験が成功すればその裏付にもなる。そうすれば、動物達を犠牲にしなくとも研究は進められる。人に応用する事も出来る様に成るだろう。今日の一歩はその為の大きな前進だ。皆で此処から更に前に進んで行こうじゃないか」
笑顔で振り向く取手に皆が頷き、子狐に視線を向けたが、林だけは彼の背中を睨み付けていた。




