迎え
突然の告白に実夏の頭の中は真っ白に成っていた。他の二人も唖然としている。それもそうだ、普通、告白といえば、異性にするもの、と相場が決まっている。それが、同性から告白された。こんな事、漫画やアニメ、小説の中だけの事で、もし、現実に有ったとしても、自分には関係ない世界、と思っていた事なのに、行き成り当事者になってしまったのだ。二の句が告げない、とは、正にこの事だろう。
「お願いします! わたし、取手さんの事、愛してるんです! 身も心も全て捧げる覚悟があります!」
更に畳み掛ける永沢の声に、実夏は我に返ると、片頬を引き攣らせ、里美と陽子を手招きで呼んだ。
「ちょっと、あの子何なの? なんであたしが告白されなくちゃいけないのよ」
「中学の時はあんなんじゃ無かったんだけど……、どこでどう道を間違えたのかな?」
陽子の言葉に、里美は頷き暫定している。
「あれは道を間違えたって感じじゃないわよ? 最初っからそっちの道歩いてたって感じだわ」
三人でひそひそと話す事が気になるのか、永沢が声を掛けてきた。
「あの……、お返事なんですけど……」
実夏は慌てて言葉を返す。
「ん? ああ、返事。そうよね。返事はだいじよね」
胸を撫で下ろして永沢はほっとするが、顔を上げ、実夏を見詰めるその瞳に力が篭った。
「今、聞いてもいいですか? 後で、ってはぐらかされるのも嫌ですし、避けられるのも嫌ですから」
その瞳に見据えられた実夏は圧倒され、言葉に詰まった。曖昧な返事を返して下手な誤解を招けば、何時までも纏わり着かれかねず、かと言って、はっきり断ると、なんとなく雄人に害が及びそうな気もした。一体、どうやって断ればいいのかと思案している所に、聞きなれた音が耳に飛び込んで来る。他の三人にも聞こえている様で、音のする方へ顔を向けていた。彼女はまさか、と思いながらフェンスまで近寄ると、驚きの声を挙げた。
「あの馬鹿! 学校にあんなの乗り付けて来るなんて、何考えてんのよ――」
実夏が見たものとは、とんでもない勢いで校内に突っ込み、昇降口の真ん前に止まったバイクだった。
何事かと、教師達はすぐさま駆け付け、乗っていた者に何かを言っているが、その者は無視を決め込み、何やら荷物を抱えると、怒鳴りつける教師達を振り切って校舎に飛び込んで行った。
雄人はブーツを脱ぐ気など更々無く、そのまま校舎内に飛び込み、一気に二階まで駆け上がり、実夏のクラスを目指した。
慌てた表情の雄人が突然教室に顔を出すと、女子達は騒ぎ始めた。雄人には、そんな事を気に掛けている余裕は無く、教室内を見回す。実夏の姿が無い事が分かると、騒いでいる一人を捕まえて、慌しく聞いた。
「実夏が何所行ったかわかるか? カバンが有るからまだ校内に居るとは思うんだけど……」
その声は他の女子にも聞こえたらしく、誰とも無く答えた。
「実夏なら里美に連れて行かれました。たぶん、屋上だと思います」
サンキュ、と一言残すと、やっと追い付き、息も絶え絶えになっている教師達をまた振り切って、屋上を目指した。
屋上に出ると先ほどの言葉通りに実夏が居る。が、他に三人ほど居た。二人は見知った顔だが、もう一人は知らない。しかし、今はそんな事を気にしている場合ではなかった。
「実夏! これに着替えろ。直ぐに出るぞ!」
荷物を頬リ投げる。彼女はそれを受け取ると、僅かに驚きの表情を向けた。
「これ、バイク乗る時のじゃない。なんでこれに着替えなくちゃいけないのよ?」
雄人の眉が僅かに吊り上がるが、その直後、落胆を隠さぬ表情で呆れた声を出した。
「もしかしておまえ、メール見てないのか……?」
慌ててポケットから携帯を取り出して確認をすると、少し前に母からの着信があった。内容は、雄人と研究所に行って、アレクを連れて帰る事。
「アレクになんかあったの?」
のんびりと聞き返す実夏に、雄人は苛付き、がなる。
「なに悠長な事言ってんだよ! もしかするとあいつ、二度と戻って来れないかも知れないんだぞ!」
彼の慌てて苛付く姿を見ても、何故自分も行かなければ成らないのか、疑問に思っていると、雄人が更に言葉を重ねた。
「あいつはな、俺達の事、大好きな人って言って出て行ったんだ。お前はアレクの事が好きじゃなかったのかよ!」
嫌いではない、好きだ、でもそれだけで何故助けに行く必要があるのか、実夏にはまだ分からなかった。
「まったく――、鈍いやつだな。あのな、アレクが人の言葉をしゃべったんだよ」
「え!? 本当なの?!」
「ああ、だから研究所に連れて行かれた。此処まで言ってもまだ分からないか?」
三人は雄人と実夏が何を話しているか分からなかったが、陽子が何かを感じたのか口を開いた。
「実夏、行きなよ。たぶん今行かなかったら、あんた一生死ぬまで後悔するよ」
「でも、あたしが行く必要ないじゃない。迎えに行くだけなんでしょ? なら慌てる必要なんて何所にも無いじゃないの」
里美と陽子が顔を見合わせて溜息を付き、首を左右に振り、雄人は今にも爆発しそうになるのを、必死で堪えていた。
「あの――、取手さん。今の話を聞いていて、わたしなりに考えたんですけど、たぶん、そのアレク? さん? は、その研究所から二度と出て来れない状況に置かれているんじゃないでしょうか? しかも、場合によっては命の保障も出来ない状態なんじゃ……」
永沢の指摘に、雄人は感心していた。
「その子の言うとおりだ。今行かないと、確実にあいつにこの世で会うことは出来ない可能性が高い」
やっと実夏は理解出来た。
「それならそうと、はっきり最初から言えばいいじゃない!」
「俺の慌てぶりと、メールから推察するって頭は持ち合わせてないのかよ!」
二人が喧嘩腰になり始めた所に、里美が笑いながら言った。
「せんぱい、実夏にそんな事求めても無駄ですよ。だって、赤点スレスレの成績しか取れない子なんですから」
その言葉に雄人は納得して、怒りが冷めた。さすが実夏の友達、と関心したくらいだ。
「里美、あんたねえ!」
彼女に向けた顔を赤くして怒る実夏だが、その時、屋上の扉が開くと、雄人を追い掛けていた教師達が現われ、里美と陽子は顔を見合わせると、やば、と呟いていた。
「なんだ、お前達! ここは立ち入り禁止だぞ。さっさと戻れ!」
髪を短髪にしてジャージを着込み、僅かに腹の出た教師が怒鳴る。が、雄人は軽く笑うと、半分馬鹿にしたような調子で口を開いた。
「立ち入り禁止にするなら張り紙とか最低でも張ってくださいよ。それに、何時でも鍵が開いていれば、屋上に出てもいいですよって、言っている様なものじゃないですか」
教師は額に青筋を立てて、苦々しげに彼を睨み付け、その矛先は屋上に居る全員から、雄人一人だけに向いた。
「風巻! 幾ら成績優秀で推薦で大学も決まってるとは言え、大概にしろ! 学校にバイクを乗り付けるだけじゃなく、私服で校内に入るとは何を考えてるんだ! それとな! バイクでの通学は禁止されてるはずだぞ!」
これには反論出来まいと、口元を緩めていたが、雄人は肩を竦めると、鼻で笑った。
「何が可笑しい!」
生徒に鼻で笑われ、逆上して怒鳴り付けるが、そんな事は意にも介さず雄人が口を開いた。
「俺、通学で乗って来た訳じゃないですよ? 今は放課後ですし、私服で居ても可笑しい時間じゃありません。そもそも、校則には放課後の過ごし方なんて書いてありませんよ。それに、学校は勉強を教える所であって、躾の場じゃないと思うんですけど? 俺、何か間違ってますか?」
雄人の言っている事は詭弁だ。しかし、間違っている訳でもない。伊達に学年トップを三年間維持して来た訳ではなかった。
後では教師と対等に言い合う雄人を四人が感心して見ている。片や、教師達は教え子にいいように手玉に取られ、焦っていた。
「それじゃ、その足元はなんだ」
してやったり、そんな顔をするが、雄人はその事に対しては素直に謝った。
「すいません。慌てていたもので、ついこのまま入ってしまいました」
あまりにも素直に謝られ、教師はしばらく鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、我に返ると勝ち誇った表情を浮かべ、笑った。
「それじゃ、今から生徒指導室に来い。反省文を書いてもらうぞ」
「それは出来ません」
雄人が即座に断ると、怒りの篭った目で睨み付け、彼の肩を掴み、力を込めた。
「先生、今の体罰の規定ってどうなってるか知ってますよね? まあ、俺はこれを体罰とは思いませんけど。でも、あるスジにこの話をするだけで、先生の首が飛びますよ?」
今は急いでいる、だから、使える手は何でも使う。それが今の彼だった。
「貴様! 教師を脅すつもりか!?。だがな、俺にはそんな脅しは通用しないぞ。親戚が教育委員会に居るんだからな!」
虎の威を借る狐。だが、これに水を差す教師がいた。雄人が二年の時に担任を務めた高柳だ。
「沢村先生、先生はご存知ないと思いますが、彼の家の事知ってますか? 私は家庭訪問した時、驚きましたよ。その敷地は、この学校の三分の二ほどもあったんですから。それだけ広大な土地を持つなんて、普通には無理ですよ。かなりの格式と伝統がなければ不可能な広さですよ、あれは」
沢村は振り向くと、それがなんだ、と言いたそうな顔をしていたが、その顔が蒼白に成る事を雄人が言った。
「沢村先生は、俺の家の事をまったく知らないんですよね? 実は、俺の家って結構、古くから続いているんですよ、これでも。それに、歴史の表舞台には出て来ませんけど、その時々の権力に食い込んでたらしくてですね、風巻って名前を出すだけで、以外なほど効果が有ったらしいですよ。もちろん、今の時代でもそれなりに通用します、この国の行政関係には。俺の言ってる意味、分かりますよね?」
薄く笑う雄人を、沢村はまるでバケモノでも見る様な目付きで見て脅えると、肩から手を離し、その場から逃げ出してしまった。
その背中に高柳は一瞥をくれると、彼に言った。
「風巻君、あまり大人を脅かすのは良くないな。でもまあ、沢村先生には良い薬だったかもしれませんけどね。しかし、幾ら慌てて居たからといって、それは考え物ですよ?」
足元を指差され苦笑を漏らすと、深く腰を折り、謝った。
「まあ、君がそこまで慌てるからには、何か訳が有るのだろうと思いますが、聞いても良いですか?」
真っ直ぐに雄人を見る高柳に、彼は真剣な表情を向け、言った。
「俺と実夏の大切な友達の命が危ないかもしれないんです」
ふむ、と一言漏らし、高柳は顎に手を当て考えるが、その柔らかな視線をまた雄人に向ける。
「警察では駄目なのかな?」
即座に頷く雄人を見て、そうか、と呟き、実夏の方に顔を向け、口を開く。
「取手さん、早くしなさい。風巻君を待たせては良くないよ」
実夏を除く女子三人は、高柳のその柔軟な判断に感激しているが、追加で言葉が降って来た。
「屋上の件は、後でみっちり聞くからね」
笑顔でさらり、と言ってのける。途端に、実夏達の顔は嫌そうに歪んだ。
「さ、何をしている。早くしなさい」
「高柳先生、有り難うございます」
雄人は丁寧に礼を言うと、実夏に向けて声を放った。
「下で待ってるからな!」
言うが早いか、屋上の扉を潜り抜け、あっと言う間に駆け降りて行った。実夏も、ごめん、と一言謝ると、その後を追い掛けた。
残された三人はその後姿を見送る。すると、里美がぽつりと漏らした。
「ねえ、風巻先輩ってさ、やっぱ、かっこいいよね」
「そうね。実夏が好きになったの、判る気がする」
「え? 取手さんって、風巻先輩の事、好きなんですか?!」
驚く永沢に、二人は顔を向けると、同時に首を縦に振った。