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悠久の時の彼方でⅠ  作者: 春岡犬吉
第三章
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間違った告白

 ホームルームが終わると、実夏はカバンに教科書やノートを急いで詰め込み、帰り支度を整えていた。フタを閉め、席を立ち上がろうとした瞬間、後から声が掛かる。

「ねえ、実夏。ちょっといいかな?」

 振り向いて相手を確認すると、そこには笑顔で手招きする友人が居た。

「なに、里美(さとみ)? あたし急ぐんだけど?」

 彼女が急ぐ理由は今朝の事だ。アレクに聞きたい事があったからだ。

「直ぐ終わるから、ちょっとこっち来て」

 実夏は強引に腕を引っ張られ、転びそうになったが、何とか(こら)えた。

「ちょ、ちょっと。どこ連れて行くのよ?」

 里美は「いいから、いいから」と行き先も言わずに廊下に出ると、階段を昇り始める。実夏は溜息を付くと、引かれるままに後を着いて行った。

 実夏の学校は三年が一階、二年が二階、そして、一年が三階。更にその上には屋上しかない。その階段を上に行くとなれば、一年に用事でもなければ行く事は無いのだが、そういった雰囲気ではなさそうだった。案の定、更に上に登り、屋上に出る。一応、屋上は出入り禁止なのだが、張り紙が有る訳でもなく、何故か鍵も掛かっておらず、先生に見つかりさえしなければ、自由に出入り出来てしまうので、友人達と此処でお昼を食べる事が多かった。

「さ、着いたわよ」

 顔を上げると、そこには先客が二人居る。

「あれ? 陽子(ようこ)……と、そっち誰?」

 一人は里美と実夏を含め、良くお昼を一緒に食べる友人だが、もう一人は校内で見掛けた事は有るものの、話した事は無い子だった。

「実夏が知らないのも無理ないわよね。この子、一組の永沢(ながさわ)さんよ」

 実夏は、はあ、と気の抜けた返事を返すが、彼女は五組なので、一組とはまったくと言って良いほど接触する機会が無い。なので、何故、この二人は知っているのか、と疑問に思った。

「一組の永沢さん? なんであんた達知ってるの?」

 陽子と里美はお互い顔を見合わせ笑うと、同時に答えた。

「中三の時、同じクラスだったのよ」

 なるほど、と実夏は納得した。彼女達は同じ中学の出身で、実夏は別の学校、そして、高一の時も同じクラスになってはいない。それなら彼女が知らないのも当然だった。

「で、あたしに何の用なの?」

 少々ぞんざいな言い方だが、何時も実夏はこの様な感じなので、里美と陽子は気にしない。だが、永沢は少々緊張している様子だった。

「実夏って結構、誰とでも話すけど、愛想の無い言い方するよねー」

 里美に言われ、そうかな? と首を傾げるが、彼女にはまったく自覚が無い。

「そんな事どうでもいいじゃない。それより、あたし急いでるんだけど……」

 里美と陽子が二人して頷き、永沢を(うなが)した。

「話があるのは、留美(るみ)の方なの」

 永沢(ながさわ)留美(るみ)、それが彼女のフルネームの様だ。実夏は彼女を、まじまじと見る。体付きは華奢(きゃしゃ)で、身長は自分達よりも十センチ位低く、百五十センチ有るか無いか。顔はかなりの童顔で、見ようによっては、小学生でも通るかもしれない。髪は少々クセ毛の様だが、肩の辺りで綺麗に切り揃えてある。これはある種一部の男子には需要が有るわね、などと思いながら、話し出すのを待っていたが、実夏をチラチラと見ては、物怖(ものお)じしているのか中々話し出さない。

 この時期特有の寒さもあり、実夏が苛立ち始め、口を開こうとした時、

「あ、あの! 取手さんは風巻先輩と付き合ってるんですか!」

 永沢の言葉に実夏は呆けた。そんな彼女の様子を見て、里美と陽子は顔を背けて、小さく笑っている。実夏は我に返ると、笑う二人に向け、声を張り上げた。

「ちょっと、そこ! なんで笑うのよ!」

「だって、実夏のそんな顔、滅多に見られないしねー」

 二人とも頷き合っている。

「まったくもう――。なんなのよ、あんた達は――。で、永沢さん。なんで、あたしと雄人が付き合ってるか気になるの?」

 一応、分かってはいたが聞いてみる。しかし、彼女は口篭(くちごも)るばかりで話そうとしない。そんな彼女に助け舟が出る。陽子が口を挟んで来たのだ。

「だって、あんた先輩と仲良いじゃない。良く一緒に帰ってたし、休みの日なんか一緒に居るとこ見かけた子も居るし、これはもう付き合ってるよね、って、もっぱらの(うわさ)よ?」

 まだ噂が消えてないのか、と、実夏は溜息を付いた。入学したての頃、クラスの他の女子が騒いでいた事があったのだ。〝凄くかっこ良くて綺麗な先輩がこの学校に居るって聞いたよ〟と。その時は、まさか、と思っていたのだが、その予感は的中した。放課後、雄人が彼女の教室を訪れた時、クラス中の女子が黄色い歓声を上げ騒ぎ出し、彼に名前を呼ばれた彼女は、(せん)(ぼう)嫉妬(しっと)の眼差しで見送られた事があった。次の日などは、教室に入るなり質問攻めに合い、二人の関係を説明するのが大変だったのだ。その時は一応、それで落ち着いたのだが、まだ火種が消えて無かったとは、まったく持って迷惑な話だった。ただ、彼女自身、否定はするものの、それが嫌な訳ではなく、(むし)ろ、嬉しいと思っている面もあったりする。なので、こういった場合は結構複雑な心境でもあるのだ。

「あのねえ……。前にも言った事あると思うけど、あたしとあいつは幼馴染なだけなの。別に付き合ってるとか、そうゆうのは無いんだからね」

 里美と陽子は疑いの目を向けて来るが、これは何時もの事なので無視をした。問題は彼女なのだが、見ると、胸を撫で下ろし、安堵している様だった。

「永沢さんって、もしかして雄人の事好きなの?」

 思い切って聞いてみる。だが、彼女は首を左右に強く振った。三人はそれを見て、不思議に思ったが、その疑問は直ぐに解けた。

「わ、わたし! 取手さんの事が、す、好きなんです! お願いします。わたしと付き合ってください!」

 それを聞いた三人は、その場に固まった。


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