神
昔の武家屋敷を思わせる立派な塀で囲まれた家が在る。建物は家屋と言うより、屋敷と言った方が良いほどの広さを持つ平屋造りで、敷地の三分の一を占めている。庭自体も広大で、普通の家が楽に十棟は建てられそうなほどだ。その庭も見事な日本庭園の様式の一つで、大名庭、と呼ばれる形で作られ、そこを散策出来るようになっている。そして、その門扉に掲げられた表札には〝風巻〟とあった。
屋敷の窓は全て開け放たれ、風が自由に出入りしている。その家のほぼ中心部の部屋には、刀を脇に置き、目を瞑って座る雄人が居た。
彼は、昨夜総一に伝えられた事を、未だに反芻していた。
「お前にはこの意味、分かるのか?」
一体、誰に対して言っているのだろうか? この家には彼しか居ないというのに。
「当主とも在ろう者がなんと言う愚問。その様な事も解らず家督を継いだというのか」
突如として声が流れ、仄かな光と共に、雄人の背後、距離にして五メートルほどの場所に、人影が浮かび上がった。その姿は背光を纏い、輪郭しか見て取る事が出来ない。
「ふん。この程度で怒るとはな。主は未熟よの」
心の動きを指摘され、彼の表情が悔しさに変る。
「悔しいか。ならば先代を超えて見せよ。主なら出来るはずだ」
声の主には雄人の表情や心の機微など、分かるはずが無いのに、何故、それが分かるのだろうか。だが、その事を気にする事も無く、雄人は息を吐き、気持ちを落ち着け、背後を探る。そこにはまだ、気配があった。
「昨日の夜、アレクに何をした」
背後から驚く気配が伝わってくる。それを感じ、彼の口元が笑いの型に変った。
「気付いておったか。これは油断ならぬな」
「もう一度聞くぞ。何をした」
しばらくの間、沈黙が続く。すると突然、背後の人物が笑いを漏らした。
「これは致し方なし。我を呼び覚ました主には答えねばなるまいな――。彼奴の願いを叶えてやったまでよ。無論、乞われた訳ではないがな」
「願い?」
「そうだ。もっとも、今一つの願いは簡単では無いのでな、直ぐに、とは往かぬがな」
何を勝手な事を、と思い、怒りが込み上げてくる。だが、此処で怒る訳にはいかなかった。
「面白い、抑えたか。我が知る限り、以前の主であれば問答無用だったはず」
「以前は、な。だけど、誓ったんだ。これに」
ペンダントを取り出し、掲げた。
「それは――、先代が妻に創り与えし物。それも受け継いだとは、中々に興味深い」
息を吐き、気持ちを静める。そして、彼は昨夜と同じ事を問う。
「お前は何者なんだ」
人影は肩を揺らし、声を上げて笑った。笑い声は家中に響き渡り、時を刻む全ての物を狂わせた。
「それこそ愚問の極み。だがしかし、一応とは言え風巻の当主に名を乞われては致し方なし。ならば教えて進ぜよう。我はその刀に宿されし神。名は刻結、刻を結び、彼方から此方へ、此方から彼方へ、無限の刻を行き来する者なり」