地獄の苦役
「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり!」
地上から俺を呼ぶ、誰かの声。
「あ゛ー、眠みー、だりー、仕事行きたくね~~!」
炎の寝床の中でモゾモゾしながら、俺はそう呟いていた。
最近の、地上の人間からの『発注』の多さはちょっと尋常じゃない。
昔は、年に数件も依頼があれば上々だった。
その頃は、俺もまだ仕事に情熱を持っていたし、一つ一つの『案件』に心血を注いだ。
溝鼠に呪詛の言葉を仕込んで標的を怖がらせたり、蝙蝠の群れに炎を灯して古城を丸焼きにしたり。
アーティスティックに悪魔の所業を演出しては依頼者を喜ばせたものだった。
代償として捧げられる魂も、大抵は知識人の魔術師か、純潔の乙女のものだったから、大層美味に感じたものだ。
だが、前世紀が終わりに差し掛かった頃から、様子がおかしくなった。
『召喚』の頻度が爆発的に増え始めたのだ。
そして地上に出た俺達は、その理由を目の当たりにして愕然とした。
『コンピューター』だ。
人間達の作り出した、その不思議な機械は、かつては最低でも仕込に数カ月、俺達の階級によっては人間の一生を要するような『召喚』のプロセスを、ものすごい勢いで効率化、迅速化していった。
のみならず、あろうことか、中世では魔術師達の秘中の秘儀だった『召喚』のメソッドが、
今ではオープンソース化され、世界中の人間が共有できるようになっているのだ。
そんなわけで今では、ほとんど毎日が召喚。召喚。召喚。召喚。
昔だったら、気に入らない『案件』なら誓約書の不備や、触媒のヤモリやカエルの品質に難癖をつけて断ることもできた。
態度が気にくわない依頼者をその場で喰ってしまっても、まあまあお咎め無しだった。
だが今ではどうだ。
コンピューターの出力する誓約書の内容には一分の隙も無いし、触媒も安定供給される量産品だが、純度の方は文句の付けようが無い。
完璧なプロセスを経由して要求された『誓約』を俺達に断る権利は無く、俺達のストレスも限界に達していた。
「我は求め訴えたり」だと?
ふざけんな!呪文も全部、自動生成じゃねーか!
俺は寝床から、力なくそう叫んだ。
そもそも、爆発的に増えた依頼者の数に対して、俺達の数は楽園を追われた頃から変わっていない。
悪魔手が足りなすぎるのだ。
依頼内容の大半は、俺たちが手を下す価値も無い下らない殺人代行ばかりなのだから、まったく猫の手も借りたいくらいだが、使い魔に契約を行使させることは、今となっては理不尽至極の地獄法で禁じられている。
どうにか法の目をかいくぐって、この苦役から逃れる術はないものか?
ん?
寝がえりをうって、渋々起き上がりかけた俺の目に、ソレが飛び込んできた。
寝床の端をチョロチョロ駆けまわる、青白く光る人魂、何匹もの『野良魂』たち。
地上での人口爆発のせいで地獄の釜はもう満杯。魂の価値も下落していた。
今では貯蔵庫に収まりきらない大量の人間の『野良魂』が、ミィミィ鳴きながら、地獄のそこかしこを走り回ってるのだ。
「これだ!」
俺は指を鳴らした。
そして、右手のジゴクネコジャラシをクルクルまわすと、俺は興味をひかれて寄ってきた魂コロの一匹にこう言った。
「君たちさあ、いいバイトがあるんだけど、どう?」
†
墓場から一斉に死者たちが黄泉返り、地上の人間たちを襲い始めたのは、それからすぐの事だった。