4
私は仕事を終えて、会社を出た。
暗く、静まり返った夜道を歩いていると、車のエンジン音が聞こえてきた。振り返ると、一台のタクシーが、暗闇の中から浮かび上がってきた。私は手をあげて、そのタクシーを拾った。
私はタクシーの運転手に行き先を告げると、座り心地の悪いシートに、もたれかかった。
「こんな遅くまで残業ですか?」
運転手が話しかけてきた。新人だろうか。まだ顔に幼さの残る、二十ぐらいの運転手だった。
「若いうちは雑用ばかりで大変でしょう?」
私は頷いた。
「仕事だから仕方がないですけど、大変じゃありませんか?」
私は頷いた。
「でも、大きな仕事を任されてるんですからね。頑張って出世してくださいね」
――え……?
私は運転手を見る。
――その話、誰から聞いたんですか?
私の問いに、運転手はバックミラー越しにこちらを見た。
「何を言ってるんですか?」
運転手の目元が笑う。
「全部あなたが話してくれたじゃないですか」
その言葉を聞いた途端、私の背筋に寒気が走った。
――降ろせ! 降ろしてくれ!
いつの間にか、私はそう叫んでいた。
タクシーは音を立てずに止まった。
私は料金も払わず、ドアを蹴破るように開け、タクシーから飛び降りた。
私が地面に手をつくと同時に、ドアが閉まり、タクシーは走り去ってしまった。
私は安堵の息を吐きながら、夜道を歩く。電灯の消えた店の前を通りかかったとき、暗くなったショーウィンドウが鏡のように、私を映していた。私はふと、その映る姿に目をやった。
そこには年老いた一人の老人の姿が映っていた。
私はもう、タクシーの運転手のことは思い出せなくなっていた。
END
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ふと思いついたことを文章にしただけですが、少しでもぞくりとしていただければと。




