醜い老婆に姿を変えられた令嬢
その令嬢はいつもみすぼらしい格好をしていた。
ボロボロで色あせたドレスにボサボサの髪。
荒れた肌に生気のない瞳。
頬は痩せこけ、歯はところどころ抜けている。
さらには杖を突きながら腰を曲げて歩く姿に、まわりの者たちは【屍女】と呼んでいた。
「まあ! ご覧になって。今日の【屍女】は一段と汚いお姿ですわね」
「ほんと。見るのもおぞましい。どこかに行ってくれないかしら」
「あれがまだ20歳そこそこだなんて信じられないわ」
バーバリアン・ハーネス。
それが彼女の名前である。
辺境の土地に住むバーバリアンは、他の令嬢たちから忌み嫌われていた。
不潔な見た目もさることながら、彼女自身も呪いをかけられていたからである。
【醜老婆】
それがバーバリアンにかけられた呪いだ。
その昔、彼女の父であるダンケル・ハーネスは辺境の下級貴族でありながら農地革命を起こして国の発展に尽力した。
その功績を称えられ、ハーネス家は一気に躍進。
有力貴族とも繋がりができるのではないかと噂された。
しかしそれを恐れたのが他の貴族たちである。
たかだか辺境の一貴族が王都近郊に住む有力貴族と繋がりを持つなど言語道断と考えた彼らは、ダンケルの娘に呪いをかけた。
見た目を醜い老婆の姿に変え、縁談など持ち込ませないように画策したのだ。
効果はすぐに現れた。
バーバリアンは10歳にして醜い老婆の姿に変えられてしまった。そして、彼女が身につけるものもすべてが風化してしまうようになった。
どんなに立派なドレスを着ようが、どんなに立派なネックレスをつけようが、バーバリアンが触るとボロボロになってしまうのである。
ダンケルは嘆き悲しんだが、どうすることもできない。貴族が呪いをかけたという証拠もない。
結果、ハーネス家はどことも縁談がまとまらないまま10年以上も経過してしまった。
その間にバーバリアンの母も病気でこの世を去った。
父と娘の二人だけの家族。
使用人やメイドはいるものの、ハーネス家を継ぐ者は誰もいない。
年頃の令嬢であれば、16歳ですでに婚約者がいるのが一般的である。しかし20歳過ぎのバーバリアンを娶ろうと思う者は誰一人いなかった。
「うわ、あれが噂の【屍女】か」
「見るだけで目が腐りそうだ」
「あんな女と結婚しろなんて言われたら逃げ出すね」
男たちは口々に言い合い、誰が彼女と結婚するかの賭けまで行われた。
そこまで言われながらもバーバリアンは王侯貴族が主催するパーティーには必ず出席した。
ダンケル・ハーネスが起こした農地改革はやはり国の繁栄に一役買っており、王家からの招待状はもはや定番化されていたからだ。
王家からの招待状は断れない。
だからバーバリアンは望まないながらも毎回パーティーには出席していた。
そんなある日のこと。
いつものようにまわりから蔑まれているバーバリアンのもとにひとりの男が声をかけてきた。
クロスフォード男爵である。
もとは平民だったが、彼の起こした事業が大成功をおさめ国の発展に貢献したということで爵位を授けられた人物だ。
さらさらの金髪に端正なマスク。30歳目前でありながら独身という優良物件。
歩くだけで花の香りが漂うような妖艶な男にも関わらず、出自が平民ということで誰も相手をしなかった。
「やあ、君がバーバリアン・ハーネスかい? はじめまして、クロスフォード・ミューラーです」
貴族らしくない馴れ馴れしい態度に、バーバリアンの身体が一瞬硬直した。
「あ……え、えーと……」
相手への警戒心もそうだが、人と話し慣れてないため返答に詰まる。
しかしすぐに気を取り直した。
「し、失礼しました。ダンケル・ハーネスが一女バーバリアン・ハーネスです」
しわがれた声で返事をしつつ曲がった腰をさらに曲げてカーテシーをする。
「ああ、いいよいいよ。僕はもともと貴族じゃないから、そんなかしこまらないでください」
クロスフォードはバーバリアンの状態を見て慌てて手を振った。
「こういう場所では貴族様相手にどう接して良いかわからなくてね」
はにかむような表情をする彼の姿にバーバリアンは少し緊張がほぐれていった。
「私もこの歳になるまで身内以外の男性と話すのは初めてです」
「え? そうなの?」
「こんな見た目ですから……」
申し訳なさそうに笑うバーバリアンの姿にクロスフォードは胸が痛んだ。
「見た目なんて気にしなくていいのに」
それは本心だった。
事実、彼は実業家としていろんな人間と接している。
ホームレスや病人、奴隷、中には顔中傷だらけで誰もが逃げ出すほどの強面男と一晩中語らったこともある。
彼にとって話したい相手を決める基準は内面からにじみ出る人間性だった。
そしてそれを見極めるスキルを所有していた。
【観察眼】
それがクロスフォードの持つスキルである。
彼にとっての基準ではあるが、相手の人間性がオーラとして見えるのである。
例えば性格の悪い人間なら紫色のオーラ、犯罪者なら黒色のオーラ、純真無垢な子どもは白色のオーラといったふうに。
爵位をもらってからというもの、クロスフォードは貴族のパーティーに出席するたびに辟易していた。
誰も彼もみんな紫色のオーラを放っていて話す気になれなかったのだ。
平民出身と言うことで誰も話しかけてこなかったのはかえって好都合だったともいえる。
(もう貴族のパーティーには出たくないな。いっそのこと爵位を返上しようか)
そう思っていた矢先。
王家主催のパーティーに初めて出席した彼が見たのは、黄金色に輝くバーバリアンだった。
かつてないほどの輝きを放っていた。
見た目は老婆で腰も曲がってボロボロのドレスを纏っているにも関わらず、そのオーラは圧倒的だった。
他の令嬢たちの会話を聞いて彼女が噂のバーバリアンとわかった瞬間、クロスフォードは声をかけていた。
「どうだい? 二人でここから抜け出してどこか静かなところで休まないかい?」
「二人で?」
「こんなところにいても気が休まらないだろう? 確かそこのテラスから庭園に出られるはずさ」
「ですが今はパーティーの真っ最中ですし……」
「ふふ、こんな人を馬鹿にするようなゲス集団のパーティーなんて参加する価値もない。……おっと、失言だったな」
会場がざわついた。
まさに失言である。
しかしクロスフォードの顔は一切悪びれていない。むしろ楽しんでる様子である。
「なに、あの男。平民風情のくせに高貴な私たちを馬鹿にしたわ」
「【屍女】のお知り合いかしら? やっぱり下品な女には下品な男が寄ってくるのね」
「ああ、やだやだ。吐き気がする」
周りの視線が痛くてバーバリアンは恥ずかしそうにうつむいた。
けれどもクロスフォードはまったく気にせず、そんな貴族たちをさらに煽った。
「やあ失敬、失敬。ゲス集団だなんて、思わず本音が出てしまった」
さらに会場中がざわつく。
曲がりなりにも王家のパーティーである。これ以上は彼の身も危うくなってくる。
バーバリアンは慌てふためきながら「わ、わかりました、行きましょう!」とテラスに向かって歩き出した。
「そうこなくっちゃ」
クロスフォードは笑いながら彼女の後をついて行った。
※
「わあ、綺麗」
テラスに出ると、ランプの明かりで輝く綺麗な庭園が眼下に見えた。
さすがは王宮庭園である。
随所に衛兵が立っているのが気になるが、静かに咲き誇る花々がバーバリアンの心を和ませてくれた。
「お、ここから庭園に降りられるみたいだよ?」
テラスの脇にある階段に気づいたクロスフォードはバーバリアンを誘って庭園に降り立った。
バーバリアンも杖を突きながらゆっくりと階段を降りていく。
「足下に気をつけて」
「はい」
バーバリアンも無事に庭園に降り立つとクロスフォードは大きな拍手をして見せた。
「よく頑張った」
「そんな、大げさです」
それでも褒められると嬉しいもので、バーバリアンははにかみながら頬を染めた。
「見て。ベンチがある。あそこで休もうか」
クロスフォードのあとをついて歩く。
バーバリアンにとって家族や使用人以外の男性とこうして歩くのも初めてだった。
ベンチに腰掛けると、いよいよクロスフォードが目を輝かせながら話し始めた。
「ねえねえ! ハーネス領といったら農地の革新的な技術改革を行ったところだよね! 今では国中がその技術を取り入れてるとか。すごいなあ」
「いえ、改革を行ったのは父ですから……」
「どうやったらそんなすごいこと思いつくんだろう。尊敬するよ」
「ふふ、父が聞いたら喜びます」
「君だってすごいよ。君が領民ひとりひとりの声を聞いて、それが改革のもとになったんでしょ?」
「……どこでそれを?」
「ふふん、実業家の情報網を甘く見てもらっては困るね。僕は男爵位をもらってるけど、もとは商人なんだから」
「まあ、すごい」
クロスフォードとの会話は思ったよりも楽しかった。
もともと貴族ではない彼はくだけた話し方しかせず、それがかえってバーバリアンの気を楽にさせた。
お互いにお互いのことを話し合う。
人と話し慣れてない彼女にとって他人との何気ない会話がこんなに楽しいものだとは思わなかった。
もちろん実業家で大成功を収めるほどの彼の話術によるものも大きい。
しかしそれ以上にバーバリアンはクロスフォードのことをもっと知りたいと思った。
「峠道で山賊に襲われた時はさすがに死を覚悟したよ」
「どうやって助かったのですか?」
「さっき話した大男、ザンギエフってヤツが助けに来てくれてね。丸腰にも関わらず山賊の集団をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……」
「ひゃああ」
まるで別世界の話にバーバリアンは目を輝かせた。
「クロスフォード様の体験談はすごいですね。まるで本の中の物語のようです」
「いやいや、そんな大層なもんじゃないよ。実際は血生臭くて泥臭いものさ」
それでも彼の生き方は貴族の屋敷で生活していたら決して経験できないものばかりだった。
「それでもすごいですわ。私も自分がこの世で一番不幸な人間だと思っていましたけれど、世の中には私以上に不幸な人たちがいっぱいいて。それなのに私以上に一生懸命生きていて。勇気をもらいました」
「不幸なんて比べるものじゃないけど、君の不幸も相当なものだよ?」
バーバリアンから直接聞いた【醜老婆】という呪い。
大抵は噂の方が誇張されてるものだが、彼女の壮絶な実体験を聞くと噂の方がおとなしめだった。
10歳で呪いにかけられ、それから10年以上も醜い姿で生きてきて、なお黄金色のオーラを放つ彼女の精神力にクロスフォードは心から尊敬の念を抱いた。普通なら憎しみのオーラでどす黒く変わりそうなものなのに。
(おそらく彼女は人を憎むという感情を持たないんだろうな)
まさに聖女のような心美しき女性である。
だからこそ不憫に思った。
バーバリアンに呪いをかけた者はそんな彼女の優しさにつけ込んだ悪魔である。
彼女に呪いをかけて自分はのうのうと生きているなど我慢できない。
クロスフォードは密かにこの呪いをかけた相手に仕返しをしてやろうと心に決めた。
※
それからというもの、クロスフォードは頻繁にバーバリアンの住むハーネス邸を訪れるようになった。
国のはずれだけあって馬車で何日もかかる距離だが、クロスフォードは毎月のように通った。
もともと領地を持たない名前だけの貴族である。
その行動に制限はなかった。
目的はただひとつ。バーバリアンの呪いを解くことだ。
彼女の話を聞き、その特異性を理解し、対処法を探る。
しかしクロスフォードの情報網を以てしても解呪の方法は見つからなかった。
国中のどこの町の魔術師に聞いても【醜老婆】という名前は知ってはいるものの、かけ方まではわからないと言われた。
呪いのかけ方がわからない以上、それを解く方法もわからない。
クロスフォードは途方に暮れた。
そうこうするうちに、季節は夏、秋、冬と移り変わり、1年経とうとしていた。
その間、クロスフォードはバーバリアンの父ダンケル・ハーネスと親交を深めるようになった。
目的が一緒ということもあるが、純粋に実業家としてダンケル・ハーネスの有能さに惹かれたからだ。
さすが王家から認められるだけあって辺境の下級貴族でありながら噂に違わぬ傑物で、頭の回転も速く、実行力がある。
常に領民たちのことを考えており、領地改革にも積極的なため領民からの信頼も厚い。
【観察眼】というスキルがなくとも、彼と共に経営をしたら間違いなく一財産築けるであろうと確信できるほどの人物だった。
ダンケルもダンケルで、クロスフォードの人柄に惚れ込んだ。娘のために奔走してくれる彼のような人物は他にいないだろう。
執務で領地を長期間離れられないダンケルにとって、クロスフォードの存在はありがたかった。
そんなある日のことである。
いつものようにクロスフォードが馬車に乗ってやってきた。
幾分か興奮してるようでもある。
「ごきげんよう、バーバリアン嬢」
「クロスフォード様、お久しぶりです」
「今日は東の地から希少な茶葉を手に入れてね。ぜひ飲んで欲しくて持ってきたんだ」
「まあ、いつもありがとうございます。先日のお菓子も本当に美味しくて使用人の皆さんにも大変好評でした」
「お気に召していただけて何よりだよ」
最近ではバーバリアンはクロスフォードが来訪すると誰よりも先に外に出て出迎えた。
着ている衣装はいつもボロボロだったが、クロスフォードは気にしなかった。
痩せこけた頬でニッコリと笑う姿が愛おしいとさえ思える。
「今日はお父上はご在宅かな?」
「はい、書斎におります」
案内するため踵を返したバーバリアンについていく。
いつものように杖を突いて歩く彼女だが、出会った当初の頃に比べたら幾分か足取りが軽いように見えた。
「どうしたの? なにか良いことでもあった?」
「そう見えますか?」
「だっていつもより歩く速度が速いから」
「あ、す、すいません! 速かったですか?」
「ああ、別についていけないってわけじゃなくて、随分と足取りが軽いなと」
「ふふ、それはきっとクロスフォード様がお越しになったからですわ」
頬を赤らめるバーバリアンに、クロスフォードは優しく微笑んだ。
「僕が来ただけで君が歩きやすくなるのなら、何度でも訪れるよ」
冗談とも本気ともとれる口調で言う。
最初こそ彼女の境遇に同情心を抱いていたが、今ではその人柄に惚れ込んでいた。
ダンケルといい、バーバリアンといい、ハーネス親子はいままで会ったこともないほど素晴らしい人たちである。
使用人たちも物腰が柔らかく、丁寧で教育が行き届いている。
可能であるなら彼らの領地に移り住みたいくらいであった。
「クロスフォード卿、ようこそお越しくださった」
書斎に案内されるとダンケルが両手を広げてクロスフォードを出迎えた。
出会ってまだ1年足らずだが、二人は旧知の仲のように手を取り合った。
「ダンケル卿こそ、ご健勝でなにより。実は東の地より希少な茶葉を手に入れましてね。ぜひとも飲んでいただきたく持参して参りました」
「おお、これはこれは。いつもすまないな。ありがとう」
「礼には及びません。それと、もうひとつ」
クロスフォードはそう言うと、小指ほどの大きさのクリスタルを取り出した。
きらきらと虹色に輝く石の結晶である。
「これは?」
「解呪の効果を持った石です。効果のほどはわかりませんが、東洋の地に住む魔女が三日三晩魔力を込めたものだそうです」
「解呪の効果を持った石ですと!?」
思わずダンケルは大声をあげた。
後ろで控えていたバーバリアンも目を丸くする。
「バーバリアン嬢の呪いの根源がわかりました。どうやら東洋の魔術を使用していたようです。どうりでいくら探ってもわからなかったわけです」
「ク、ク、クロスフォード卿! ぜひこの石を売ってはくれまいか! 言い値でよいから」
取り乱すダンケルの姿にクロスフォードはクスクスと笑い、石を手渡した。
「何をおっしゃる。ダンケル卿からお金をもらおうなど思ってはおりません。これは差し上げます」
「だ、だが、こんな高価なものをタダでとは……」
「でしたら」
クロスフォードはバーバリアンに向き直り、すっと片膝を突いた。
「この場でお嬢様に結婚を申し込む機会をご許可いただきたい」
「け、結婚!?」
ダンケルもバーバリアンも解呪の石が差し出された時よりも一層目を丸くしていた。
「クロスフォード卿、何をおっしゃっているのやら……」
「ダンケル卿。実はずっと以前から考えていたのです。自分の伴侶となる方はバーバリアン嬢以外にいない、彼女こそ理想の妻だと。ですが彼女は素晴らしい人格者です。自分にはもったいないくらいの。とはいえ他の貴族に嫁がれるのも嫌なのです。見苦しい嫉妬心とお笑いになりましょうが」
「いや……、私としても卿が娘の夫となっていただけるのであれば喜ばしいことではあるが……」
クロスフォードはバーバリアンの前で胸に手を当て、ゆっくりと頭を下げた。
「バーバリアン嬢。平民出身の無作法な男ではありますが、どうかこのクロスフォードの妻となってはいただけないでしょうか」
「い、いや、でも……」
困惑しているのはバーバリアンである。
まさか醜い姿に変えられた自分にプロポーズをしてくる男性がいるとは露にも思っていなかった。
しかもその相手がクロスフォードとは。
「長年いろいろな人物と接してきたけど、君ほど魅力的な女性には会ったことがない。どうか僕と結婚して欲しい」
「クロスフォード様、考え直してください。こんな醜い女と結婚など……」
「見た目を気にしてるなら僕は平気だよ」
「ですが、私が触ったものはすべて風化してしまう呪いがかかってますし……」
「だからその呪いを解く石を持って来たんだ。効果のほどはわからないけどね。仮にダメだったとしても、僕の気持ちは変わらないよ」
頑として譲らないクロスフォードに、ダンケルは「ふう」とため息をついた。
「クロスフォード卿、あなたの気持ちはわかった。私としても卿ほどの人物が娘と結婚してくれるなら大歓迎だ。呪いにかかった娘を好いてくれてありがとう」
「お父様!?」
「バーバリアンも覚悟を決めなさい。いつもクロスフォード卿がお見えになるとわかるとソワソワしていたではないか。お前の気持ちに気づけないほどの愚父ではないよ」
「あうう……」
父の援護射撃に、いよいよバーバリアンも折れた。
「……クロスフォード様。本当にこんな私でよろしいのですか?」
「あなたがいいのです」
「……かしこまりました。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
曲がった腰で小さくカーテシーをするバーバリアンに、クロスフォードは満面の笑みを浮かべた。
「ああ、ありがとう! ありがとう、バーバリアン嬢!」
「こちらこそ、ありがとうございます。クロスフォード様」
ずっと困惑していたバーバリアンは、初めてクロスフォードに微笑んだのだった。
クロスフォードのプロポーズがうまくいき、いよいよ石を使うときがきた。
ダンケルは手にした石を眼前に持っていきジッと眺める。
「……ところで、これはどうやって使うのだ?」
しかし持ってきた本人も使い方は知らなかった。
「あはは……、実は解呪の効果があるとだけしか聞いてなくて」
はにかむように笑うクロスフォード。
肝心なところで少し抜けているところが憎めないのだが、これではどうしようもない。
「まさか魔力を込めないと使えないとか? だとしたら我が屋敷に魔術師はおらんし……」
「バーバリアン嬢に手渡してみては?」
「娘に?」
「解呪の効果があるということは、呪いがかかってる本人が触れば効果を発揮するのではないかと」
「なるほど、一理ある。バーバリアン」
「はい」
ダンケルは手にした石をバーバリアンに手渡した。
するとどうだろう。
石は強烈な光を放ち、バーバリアンの身体を包み込んだ。
「……!?」
そして次の瞬間。
バーバリアンの容姿が劇的に変化していった。
ボサボサだった髪の毛がつややかな金色の髪に変わり、痩せこけた頬は健康的でふっくらとした丸みを帯び、抜け落ちていた歯が新しく生えていった。
ボロボロの衣装も新品同様に光り輝き、曲がっていた腰も真っ直ぐに伸びていく。
ありとあらゆる部分が次々と元通りになっていくと、そこに現れたのは年相応の一人の娘だった。
否。
クロスフォードも見たことのないほどの美しい娘がそこにいた。
「バ、バーバリアン……」
ダンケルは信じられないといった表情で震えながらバーバリアンの元に歩み寄る。
亡き妻の生き写しのような娘の姿に、全身が喜びに打ち震えていた。
「お父様!」
バーバリアンも近くにあった鏡で自分の姿を確認すると、嬉しそうに涙を流した。
そしてそれ以上に衝撃を受けていたのがクロスフォードである。
解呪の効果は期待していなかったわけではない。
東洋の地でもっとも有名な魔女が魔力を込めた魔法具である。9割以上は成功するだろうと予想はしていた。仮に失敗したとしても全力でバーバリアンを愛すると心に誓っていた。
しかし解呪が成功して現れたのがかつて類を見ないほどの絶世の美女であるとは思わなかった。
むしろ美しすぎて近寄れないほどである。
「クロスフォード様……!」
だがバーバリアンはそんなクロスフォードの動揺など気づくはずもなく、嬉しそうに彼の身体に抱きついた。
「ありがとうございます! 本当に……ありがとうございます!」
「……あ、ああ。よかったね」
しわがれた声もなくなり、感謝の言葉を述べるバーバリアンの音色はクロスフォードの脳天を刺激する。
「あなたと出会えてよかった……」
自分の胸に顔をうずめるバーバリアンの美しさに、クロスフォードは膝から崩れ落ちたのだった。
※
バーバリアンの解呪の報は、大勢の貴族に知れ渡ることとなった。
再び開催された王家主催のパーティーに出席した彼女の姿に、その場にいた全員が心を奪われた。
「……なんてこと。あれが【屍女】の本当の姿なの?」
「堂々としていて気品に満ちあふれたオーラを放っているわ」
「美しすぎてドキッとしてしまいますわね」
かつて真逆のことを言っていた令嬢たちも、バーバリアンの圧倒的なまでの存在感にすっかり飲まれている。
そして令息たちも自分たちの過去の言動はさっぱり忘れて彼女に魅了されていた。
「ああ、なんて綺麗なんだ」
「まるで絵画から抜け出た女神のようだ」
「なんとかお近づきになれないものか」
そんな彼らの視線を遮るようにクロスフォードがバーバリアンの横に立つ。
「バーバリアン。今日も綺麗だよ」
「クロスフォード様も今夜は素敵です」
美男美女が並ぶと、会場のボルテージは一気に上がった。
平民の成り上がりと馬鹿にしていた貴族たちも、この時ばかりは絵になる二人の美しさに感嘆した。
「そういえば、侯爵令嬢のサマンサ様は今日はご出席されてないのかしら?」
一人の令嬢の言葉にクロスフォードは耳を傾ける。
「あら、ご存じないの? サマンサ様は急な病で倒れられたらしいわよ?」
「急な病?」
「なんでも全身がしわだらけになって、老婆みたいな姿になってしまったんですって」
「それって……」
クロスフォードは心の中でほくそ笑んだ。
因果応報。
バーバリアンに呪いをかけたのは侯爵家の人間だったか。
人に呪いをかける際は、解呪するとかけた本人に呪いが跳ね返ってくるというのは常識だ。
それを知らずに安易に呪いをかけるからこうなるのだ。
もっとも、呪い返しは効果が薄くなる。
解呪の魔法具を用いなくとも自然と呪いは解けるだろう。
とはいえ、バーバリアンが呪われていた期間は長すぎた。
少なくとも彼女が呪われていた10年間は呪われ続けるに違いない。
つまり侯爵令嬢のサマンサは貴重な10年をこの呪いによって苦しめられることになる。
(いい気味だ)
クククと笑うクロスフォードの顔を、バーバリアンが覗き込む。
「いかがいたしました?」
純真なその顔を見て、心の中のどす黒さが霧散する。
人を憎むという感情を持たないバーバリアンを見ると、復讐心を持つ自分がいかにちっぽけかが身にしみる。
「いや、なんでもないよ」
いつものように優しい笑みを浮かべるとクロスフォードはバーバリアンの手を取った。
「それよりも、どうだい? このあと二人で抜け出さないかい?」
「うふふ、あの庭園にですか?」
「うん。どうも君に対する視線が気になってね」
「ええ? もう呪いは解かれましたのに」
「今は別の意味でみんなの視線を独占してるから」
嫉妬心に駆られるクロスフォードに、バーバリアンは「ご冗談を」と言いつつ嬉しそうに頬を染める。
「私はあなたの視線さえ独占できれば満足です」
そう言ってそそくさとテラスへと歩き出す。若干照れているようにも見える。
クロスフォードは膝から崩れ落ちそうになるのを懸命にこらえた。
「参ったな。最高の殺し文句だ」
そう言って、引っ張られるように彼女のあとをついていった。
二人が永遠の愛を語らった王宮庭園のベンチは、その後、幸せを呼ぶベンチとして令嬢たちの人気を集めたという。
おしまい
お読みいただきましてありがとうございました。




