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占いおかみ

作者: mf
掲載日:2026/02/26

 いきなり切り出すのも何だが、僕は二三日前からどうも歯痛に悩まされている。


 僕はこれでも英会話教材のセールスマンで、実績だってそれほど悪くなく、上司にも社長賞をもらったことがあるくらいなのだ。


 そんな僕だが、この歯痛のせいで、どうもセールスが思うように行かない。普段は無意識に出るニッコリスマイルがどうも出来ない。特に訪問先の主婦を前にすると、どういうわけか奥歯がズキズキと痛みだし、苦虫をつぶしたような顔になってしまう。


 これでは相手が教材を買うどころか、話も聞いてくれやしない。そこで仕方なく僕は金曜日に休暇をもらって、歯医者に行くことにした。


 歯医者なんてものは、どこでも同じだと思って、一番近い「上下歯科」を訪ねた。ちなみに「上下」は「じょうげ」と読むのではなく、「かみしも」と読む。

 それはともかく、普段はよく道で目にするこの小さな歯科医院も実際に訪ねるのは初めてだった。


 医院に入ると、運よく僕は一番の患者だった。受付で順番待ちの名前を書くわけでもなく、保険証を出し、初診だと言うだけでよかった。


 僕はすぐに診察室へ通された。中は懐かしき治療器具の数々。子供の頃はよく泣かされたものだった。


「どうぞここへ」


 銀縁の丸い眼鏡をかけ、頬の膨れた中年の医者が、僕に席を勧めた。


 僕は治療椅子に座った。


「どこがお悪いのですかな」


「どうも右の奥歯が痛むのです」


「わかりました。とりあえず、うがいを」


 僕はコップの水でガラガラとやって、たん壺に吐き出した。


「では、拝見しましょう。さあ、口を開けて」


 医者の言葉に僕はあーんと口を開けた。

 医者はデンタルライトを付けると、さっそく探針と歯鏡で僕の口の中を掻き分けた。


「ははあ、なるほどね」

 医者はうなずいた。「こいつはひどいな」


 医者はしばらくぶつぶつと呟きながら、診察していた。


 そして、そろそろ僕の口に唾液が溜まってきたかなというところで、診察を止めた。


「では、うがいを」


 そこでまたうがいをする。


「やっぱり虫歯ですか」


「いやいや」


 歯医者は大きく横に首を振った。「そんな生易しいものではありません」


「といいますと」


「いいですか、これは大変なことです」


 医者は深刻な顔つきで言った。


「だから、何なんです」


「非常に深刻極まりない事態です」


「それは何ですか」


「ですから、大変だと」


「早く言ってくださいよ」


 僕はじれったくなった。


「では、申します。実は――」

 医者はひと呼吸置き「あなたの第二大臼歯には悪霊がとりついています」


「え?」

 僕は一瞬、耳を疑った。「今、何と?」


「あなたの歯には悪霊がとりついています」


 医者は真顔で言った。


「馬鹿馬鹿しい。何を言うのかと思えば。あんた、医者のくせにそんな非科学的なことを」


「事実を述べているのです」


「僕を馬鹿にしてるのか」


 さすがに僕も腹がたった。


「いいえ。これは一刻を争います。私がいい占師を紹介しましょう。住所はここに書いてあります」



 かくして僕は占師を訪ねることになった。

 なぜかって?

 それは僕が聞きたいくらいだ。


 あの医者の話を聞いた後、急に眠くなって、寝てしまったのだ。そして、起きてみたら、よくわからないが、「左右占い鑑定所」なる店の前によこになっていた。


 おそらく、診察中に麻酔か何かをされたんだろう。全くいまいましい医者だ。後で警察へ訴えてやろう。

 とはいえ、あんな藪医者の話など信じる気もないが、目の前にその占い屋がある以上、行ってみようという気になったのである。


 僕は店に入った。中は外からの光りでも奥が見えないほど、真っ暗だった。


「ドアをおしめなされ」


 闇の奥から女の声がした。

 僕は扉を閉めた。


 中は完全に闇となった。別に神秘的な雰囲気というよりは、物置小屋に入っているような感じだった。


「奥へどうぞ」


 また女の声。


 僕が何歩か歩いていると、突然目の前に悪魔のような顔が浮かび上がった。


「ぎょえええ」


 僕は思わず悲鳴を上げた。


「驚くことはありません。占師でございます」


 よくみると、中年の女が懐中電灯の光りを下から顔に当てているのである。


「びっくりするじゃないか」


「それは、それは。では、こちらへどうぞ」


 女は気にする様子もなく、さっさと奥へ行く。僕も後に従った。

 女が引き戸を開けると、テーブルの上に蝋燭が一本だけ灯された狭い部屋があった。


「そちらへおかけを」


 女はテーブルの向かい側の椅子を僕に勧めた。

 僕が椅子に座ると、女も反対側の椅子に腰掛けた。


「よくいらっしゃいました。私が占師の左右トメです」


 女占師は妙に低く重たい声で自己紹介した。


「では、さっそく御用件を伺いましょう」


「僕は来たくてきたんじゃないのですが、実は――」


「わかっております」

 占師は僕の言葉を制した。「歯のことで来たのでございましょう」


「知ってるなら、聞くなよ」


「いえいえ、これは私の霊能力によるものでございます」


「あ、そう。じゃあ、――」


「歯にとりついた悪霊を追い払ってほしいのですね」


 また占師が口を出した。


「そうだよ」


「では、占って差し上げましょう」


 占師はトランプを懐から取り出し、早速テーブルに並べ始めた。タロット占いでもやる気なのだろうか。


 僕には詳しいことはわからないが、とにかく真ん中にカードの山を置き、その四方に四枚ずつ時計回りに配っている。どうやらタロット占いではなさそうだ。


「これはそなたの運命を写し出します。それではめくってみせよう」


 占師は山の四方のカードの一枚目をそれぞれ捲った。僕から見て上のカードがスペードの2。下がスペードの7。左がスペードのA。右がスペードの3だった。


「おお、何と不吉。上と下を足すと9。即ち「苦」。右と左を足すと4。即ち「死」。全部を足すと13。しかも、今日は金曜日。何と言うことだ」


 占師は驚いた。


「それで僕はどうなるんですか」


「安心めされよ。次は星占いと血液型占いじゃ」


「はあ」


「そなたの生年月日と血液型を言うがよい」


「**年六月三日。血液型はBです」


「わかった。では、しばし待つがよい」

 女は両手を合わせ、瞑想に入った。「今、星の神々と交信する」


 女はしばらく目をつぶり、念仏のようなものを唱えていた。


 僕は待ってる間、天井を眺めていた。


「どりゃあああ」

 女は気合を入れて、目を開けた。「お告げがあったぞ」


「それでどんなお告げで?」


「そなたはマスコミ関係に就職するのがよいとでておる」


「は?」


 僕は唖然とした。


「性格はクールで、お天気屋なところがあるがーー」


「んなこと、誰もきいとらん!!」


 僕はテーブルをどんと叩いた。


「これは失礼した。では、真面目に」


「今までは真面目じゃなかったのか」


「いやいや、そうではない。次はあなたの守護霊を呼びましょう」


 呼んでどうするんだと聞こうと思ったが、やめた。

 女は机の上に紙を置き、「ストレス」だとか、「病気」だとかいった単語を紙一杯に書いた。


「守護霊があなたの歯痛の原因をお教えめさるぞ」


 女はそういったが、僕は何か嫌な予感がした。


「では、始める。ええい」


 女は気合を入れて、紙の上に硬貨を置いた。そして、その硬貨の上に親指を乗せ、「コックリさ……」


「やめんか!」


 僕は机の紙をとっぱらった。


「何と、そなたはお告げを聞きたくないのか」


「俺は帰るぞ」


 僕は冷やかに言った。


 女は僕の態度にまずいと思ったのか、


「いやいや、待ってくだされ。今度は本当に本当です」


「じゃあ、今までは嘘だったのか」


 僕は完全に馬鹿にされているんじゃないかと思い始めていた。


「そなたは百円をお持ちかな」


「持ってるよ」


 僕は百円をポケットから出した。


「では、この箱の中に入れるがよい」


 といって女が机の下から持ち出したのは、ダイヤルと硬貨を入れる穴のある四角い箱であった。それは明らかにおみくじだった。


「次にいこう」


 僕は低い声で言った。


「そ、そうか。じゃあ、最後に手相を……」


「あのなあ、俺は歯を治してもらいたいんだ。原因が知りたいんじゃない」


 僕は机を強く叩いた。


「何だ、そうであったのか。だったら、私が調合した秘薬を差し上げよう。これはあらゆう悪霊を追っ払う特効薬だ」


 女はそういって、懐から薬瓶を取り出し、僕に渡した。


「これは?」


「新根治水じゃ」


 女は言った。

 僕は黙って、立ち上がった。

 そして、薬瓶をぎゅっと握りしめながら、出口のドアへ行った。


「待ちなされ、そっちは出口ではない」


 女は止めたが、僕は無視してそのドアを開けた。

 パーッと明るい光りが僕の目を覆った。

 少しして、目が治ると、そこにはあの中年の歯科医が立っていた。歯科医は満面の笑顔でこういった。


「妻の占いはいかがでしたか」



 こうして、僕の実に不愉快な休日は終わった。


 あの後、歯医者は治療をしてくれた。それに関しては文句はない。あの男も妻の占い業が振るわないのに同情して、自分の客を妻の方に回したのだろう。それはわかる。


 だが、だが、だがだ。その後、歯が治ったにも係わらず、あの占師との一件を思い出すたびに僕の奥歯はズキズキと痛むのである。


 おしまい


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