第2章:メギロディアン魔法学院とエイガ寮
001
わたしたちは、ある部屋で目を覚ました。
目の前に広がる白い天井には、豪奢なシャンデリアが吊るされている。この場所が相当贅沢な造りであることは一目で分かった。
「目が覚めたか?」
意識を取り戻したばかりだというのに、わたしたちはすぐに声のした方へ顔を向ける。
そこに立っていたのは、すらりと背の高い青年だった。おそらく兄上よりも高い。長袖の服に、外側から奇妙な形の白衣を羽織っている。鷹のように鋭い目つき、目の下には濃い隈。茶色の髪は乱れ、整っていない。
「…………」
彼は、今にもわたしたちを殺してしまいそうな目でこちらを見ている。
状況が呑み込めないまま、わたしたちはただ見返すことしかできなかった。
「まあいい。返事をしなくても、元気なのは分かる」
口ぶりから察するに、彼は医師なのだろう。だが見た目は、わたしたちとそう年が変わらぬように見える。
「ここは……どこでございましょうか?」
「医務室だ」
ぶっきらぼうに答え、こちらを振り向きもしない。
「では……わたしたちはこれで――」
「まだ起きるな!」
突然の制止に、思わず肩が跳ねる。
わたしたちは再びベッドへ身を横たえた。
「何か問題でも……?」
怖れながらも尋ねる。
「今の君の身体は、俺の回復魔法にまだ順応していない。無理に動けば、最悪の場合は麻痺が残る」
――回復魔法?
先ほど、この若い医師はそんな理解不能な言葉を口にした。
はは……そんなものがあるわけがない。
「冗談を仰っているのですか?」
「俺が患者相手に冗談を言うように見えるか?」
「……っ!」
一瞬だけ、彼の目が人ならざる冷酷さを帯びる。
この人は……怖い。
あの性悪な貴族たちと、どこか似ている。
正直に言えば、恐怖で身体が強張る。逃げ出したい。だが先ほどの言葉のせいで、動くこともできない。
「申し訳……ございません」
結局、謝ることしかできなかった。
相変わらずだ。わたしたちは弱いまま。
「……まあいい。君は今、この“世界”に来たばかりだ。信じられなくても無理はない」
どうやら、咎める気はないらしい。
謝れば終わる。それもまた、何も変わらない現実。
「……その魔法とは、何のことでしょう?」
「君がフリントロック銃を召喚して、魔女の眷属“ノルマル”を撃っただろう。あの鶏ガラみたいな奴だ」
「……っ!」
記憶が蘇る。
迷い込んだ場所。あの骨のような怪物。そして、銃。
それから――誰かが、助けてくれた。
優しくて、穏やかで……
けれど顔が思い出せない。
「それにしても大したもんだ。あの状況で自分の傷を処置するなんてな。しかも上出来だ」
「い、いえ……あれは別の方が」
どうして彼は、あの時のことを知っているのだろう。
「ふうん……なら、その誰かも大した腕だな。ここでもやっていけるだろう」
そう言って、彼は赤いラカラアヴァットを投げてよこす。
「これは……」
「君の傷口を縛っていた布だ。おそらく、その“誰か”のものだろう」
そうだ。わたしたちは転び、あの人が手当てをしてくれた。
けれど――その人は誰だったのか。
「お礼を申し上げなければ……」
血の滲んだラカラアヴァットを、強く握りしめる。
「さて……そろそろ大丈夫だろう。立てるか、お嬢さん?」
彼は椅子から立ち上がり、わたしたちを支える。
「痛みは?」
「ございません」
「よし。なら寮へ戻って休め。明日また診る」
「寮……というのは、寮のことでございましょうか?」
頭の中には、あまりにも多くの疑問が渦巻いていた。
混乱している。何もかもが分からない。
「ええと……俺は説明があまり得意じゃなくてな」
若い医師がそう呟いた、その時だった。
「ならば、私が説明しよう」
いつからそこにいたのか分からないが、一人の青年が室内に姿を現した。
「何度申し上げれば分かるのですか。お越しになる際はノックを、と。ウィリアム会長」
口調も発音も、わたしたちの故郷と同じはずなのに。
それなのに――
彼からは、何よりも高貴で、眩い光のような気配が静かに立ち上っている。
「すまないな、エイドリアン。少し個人的に話したい相手がいてね」
そう言って、彼はわたしたちへと視線を向ける。
「そうですか。では、私は退室いたしましょうか?」
「うむ。邪魔をして悪かった」
若い医師――エイドリアンは、静かに部屋を後にした。
扉が閉まる。
部屋には、わたしたちとその青年だけが残された。
沈黙。
けれど先に口を開いたのは、彼の方だった。
「体調はどうだ?」
低く、男らしい声。
しかし同時に、羽のように柔らかく、優しさを含んでいる。
「大事はございません……ですが、先ほどの出来事にまだ困惑しております」
正直な気持ちだった。
彼は小さく頷く。
「そうか。では、私が説明しよう」
一歩、こちらへ近づく。
「少し長くなるが――きっと、お前の疑問の多くは解けるはずだ」
002
「お前が足を踏み入れたこの世界は、いくつもの名で呼ばれている。だが総称するなら――“インプリジアン”だ」
彼は静かに語り始めた。
「見ての通りの大地だ。この地では、魔法を使うことができる。だが、この世界がどのように生まれ、いかなる歴史を辿り、誰が創ったのか――それを知る者は誰もいない」
唯一の手がかりは、ただ一つの伝承のみ。
『天界の救済者の伝説』。
それだけだという。
かつてこの世界は、楽園のように平和な地だった。誰もが穏やかに暮らしていた。
だが、ある日。
空から“堕ちた”存在が現れる。
天より落ちた悪魔――人々はそれを「魔女」と呼んだ。
六百六十六の魔女。
それぞれが異なる目的を持っていた。
ある者は人類を滅ぼし、
ある者は人を捕らえ実験し、
ある者はただ静かに生きていた。
だが結果は同じ。
楽園は崩れ去った。
この地の住人たちは当然、必死に抗った。
しかし敗北した。
「だが……魔法を扱う者として、そこで絶望するわけにはいかなかった」
彼らは最後の手段を選んだ。
名もなき儀式。
それは、異なる世界から魔法使いを“招く”というものだった。
そしてその時――
二人の少女と、一人の少年が現れた。
三人は瞬く間に魔法を習得し、魔女たちを次々と退けた。
結果、六百六十六いた魔女は三百三十六にまで減らされ、残りは世界各地へ散った。
三人は“インプリジアンの救済者”として語り継がれることになる。
やがて彼らは、継続的に異界から魔法使いを召喚する仕組みを整えた。
残る魔女を討つために。
そして、一人の少女が学院を設立した。
その名は――
メギロディアン魔法学院
「メギロディアン魔法使い育成学院」
「そして今――お前もまた、召喚された一人だ」
胸が冷たくなる。
それは、つまり。
「それは……死地へ向かえと言っているのと同じではありませんか?」
思わず言葉が荒くなる。
「この役目を拒んだら……どうなるのですか?」
彼は迷いなく答えた。
「元の世界へ戻る。ここでの記憶をすべて失った状態でな。なぜなら、お前はすでに試験に合格し、この世界の魔法使いとして承認されたからだ」
「……試験?」
「お前が走り回り、フリントロック銃を召喚して魔女の眷属を撃った――あれが試験だ」
――あれが?
あの、生きるか死ぬかの状況が?
わたしたちと、あの人が、命を落としかけたあの瞬間が?
「……あれが、試験……?」
あまりにも理不尽だ。
「ならば、わたしたちは辞退いたします」
即答だった。
もしあれが“選別”だというのなら。
良い素材だけを料理に使い、悪い素材は捨てる――
そんな発想と何が違うのか。
人間は食材ではない。
死ぬために選ばれる存在ではない。
もしその試験が学院創設以来続いているのなら――
彼らの“人道”は、とうに失われているではないか。
「……理由を聞いてもいいだろうか?」
彼は静かに問いかける。
「わたしたちは、あの時……本当に死にかけたのですよ。あれよりも何倍も危険な魔女と戦えなど、そんなこと――お断りです」
彼はしばし沈黙した。
ここまで強く拒絶されるとは思っていなかったのだろう。
やがて彼は立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。
「……それは残念だな。せっかく君を助けたあの青年は、すでに我々の学院の保護下に入ったというのに」
「……あの方が、魔法使いとして?」
思わず彼の瞳を見つめる。
「そうだ。礼を言いたかったのだろう? だが君が帰れば、二度と会えない。惜しいことだ」
その瞳は、何よりも強く輝いていた。
正直に言って――あまりにも美しく、目を逸らせない。
「……このまま帰ってしまって、本当に良いのでしょうか」
心が揺らぐ。
「それは君自身が決めることだ」
「ですが……いくらお礼を申し上げたくとも、命を賭けるなど――」
その瞬間だった。
会長はわたしたちの耳元へ身を寄せ、そっと頭に手を置く。
低く、はっきりとした声が囁かれた。
「メギロディアン学院創設者の一人、そしてインプリジアンの血を継ぐ末裔として――
この私、ウィリアム・クレイ・アンダーソンの名において命じる。
クロエ・アンダーソン――我が血を引く曾孫よ。無条件で学院へ所属せよ」
――。
――――。
「……今、何か仰いましたか? 少々聞き取れませんでした」
「いや。ただ……君はどうしてそんなに良い香りがするのかと思ってね」
「はぁっ!?!?」
ちょっと待ってほしい。
皆から尊敬される“会長”とは、こういう人物なのか。
「申し訳ございませんが、今後二百歩以内には近づかないでいただけると大変助かります」
両手で顔を覆い、そっぽを向く。
「はは……努力しよう」
彼はどこか愉快そうに笑う。
視線が妙に意味深で、ぞくりと背筋が冷える。
「では……寮へ向かえばよろしいのですね? 道をお尋ねしようかと――」
「私が送ろうか?」
「結構です。まだ純潔を失う予定はございませんので」
「……手厳しいな」
最後まで言わせず、わたしたちは扉を開けた。
そして――
外へ一歩踏み出す。
黄金色の月光に照らされた世界が、そこに広がっていた。
見たこともない建築様式。宙に浮かぶ光。静かに流れる魔力の気配。
異世界だと分かってはいた。
けれどこれは――“別世界”などという言葉では足りない。
まるで現実そのものが塗り替えられているようだった。
その時。
背後から、柔らかな声が響く。
「インプリジアンへようこそ、少女よ」
その時だった。
白髪の少女が一人、制服姿でわたしたちを迎えるように立っていた。傍らには三人――そのうちの一人はエイドリアンだ。
「え、ええと……はじめまして……で、ございます」
「あっ、自己紹介を忘れていたわね。私はエヴェリン。フウブ寮の寮長よ。そしてこちらの男の子たちはコウガ寮所属。色黒のイケメンがラケス、隈のあるお医者さんがエイドリアン。それから――」
同年代ほどの少女が、わたしたちの前へ歩み出る。
整った顔立ち。鋭い瞳。わたしたちと同じく波打つブロンドの髪。日焼けした肌に、どこか挑発的な装い。
――決して、軽々しく関わってはいけない類の人だ。
「やあ。私はマーベル、マーベル・チョンラティチャ。タイとドイツのハーフよ。今はエイガ寮の仮寮長をしてる。よろしくね」
「わ、わたしたちはクロエ、クロエ・アンダーソン。グレートブリテン及び北アイルランド連合王国から参りました、新米の魔法使いでございます。どうぞよろしくお願いいたします」
……タイとは、どこなのだろう。聞いたことがない。
「さて――この子の寮を決めましょうか」
エヴェリンが椅子を二脚用意する。わたしたちはその一つに腰掛けた。
「試験に合格すれば、そのまま寮に入るのではないのですか?」
「いいえ。召喚された魔法使いは、それぞれ異なる資質を持っているわ。寮は単なる住居ではない。系統ごとに魔法を鍛えるための場所なの」
壁に寄りかかり、腕を組みながらエイドリアンが説明する。
「召喚者の心には“ルーン”と呼ばれるものが宿っている。それが目覚めるのは、“ルーン覚醒の儀”に参加した時だ。会長の手によってな」
エヴェリンが補足する。
「ルーンとは、その者の固有魔法の系統を決定づけるものだ。例えばエイドリアンのルーンは『奇跡級治癒』。名の通り、重傷をも癒やすことができる」
ラケスは眼鏡を押し上げながら続ける。
「私のルーンは『月を奉じ、陽を支える加護』。戦闘において仲間を強化・支援する神授系魔法だ。能力は違えど、どちらも“女神の祝福”に属する。これがルーンというものだ」
なるほど……。
「つまり、あなたがどの系統に適しているかを確かめるために、儀式を行うのよ」
エヴェリンが微笑む。
ラケスが指折り数えながら挙げていく。
「身体能力に秀でるなら――ジャイアント寮。
武器運用に優れるなら――ライオット寮。
火炎魔法なら――アッキ寮。
氷結魔法なら――フウブ寮。
風属性なら――ヴェント寮。
雷属性なら――雷寮。
催眠系なら――ニトラ寮。
女神の祝福系なら――コウガ寮。
そして――」
背後から顎をすっと持ち上げられる。
「呪術系なら、私のエイガ寮よ」
マーベルが淡々と言い放つ。
呪い――。
響きだけで恐ろしい。
けれど、わたしたちの魔法は銃を召喚するもの。ならば武器系、ライオット寮だろう。
……だが。
できればコウガ寮がよい。
女神の祝福系というのなら、そこにいる者たちはきっと、女神のように優しく穏やかな人々に違いないのだから。
「..........というのは、会長自らが行わなければならないのですか?」
合格者が何人いるのかは分からない。けれど、すべてを会長ひとりで行うとなれば、きっと大変に違いない。
「実はな……」
――ぱさり。
突然、会長が上着を脱ぎ始めた。
「きゃああああああああああああああっ!?」
「落ち着いて、クロエ。会長はそんなつもりじゃない。目を開けて、彼の背中を見てごらん」
「な、なんという破廉恥な……! 殿方が人前で服を脱ぐなど、なんと恥知らずな振る舞いでしょう!!」
「……どうやら本気で嫌われたみたいだな」
「だから違うって。ちゃんと背中を見てみろよ」
マーベルが根気よく促す。
そんなに重要なものなのだろうか?
「……分かりましたわ」
恐る恐る視線を向ける。
そこにあったのは――
蛇……いや、**ウロボロス**。
己の尾を噛み、円を成す蛇――“永遠”の象徴。
それが、会長の引き締まった背に紋章のように刻まれていた。
体格も十分に目を引くが、それ以上に、その紋様は強烈な存在感を放っている。
「これは……」
「今度は、腰のあたりを少しめくってみろ」
「………………ええ、分かりましたわ」
そして、そこに刻まれていたのは――
「数字……? 365?」
「その通り。その数字こそが、この世界でお前が使える魔法の回数だ」
魔法の……回数?
ラケスが静かに説明を続ける。
「この世界の住人ではない者にとって、“ルーン”――第二の心臓とも言える存在が突然体内に生まれるのは、身体に大きな負荷を与える。ウィリアムのようにこの世界の生まれであれば制限はないが、召喚者は違う」
「だからこそ、世界の理によって“使用回数”が定められている。そうしなければ、肉体が先に崩壊してしまうのさ」
……つまり、わたしたちには限界がある。
「もし、回数がゼロになったら……どうなりますの?」
会長――ウィリアムは服を整え、椅子に腰掛けながら答えた。
「その時は即座にジャイアント寮へ移される」
「ジャイアント寮は、計画性なく魔法を使い切った召喚者の集まる場所だ。俗に言えば“更生施設”のようなものだな。中には気性の荒い者も多い。もっとも、身体強化系のルーンなら話は別だが」
……なんという恐ろしい。
エヴェリンが、わずかに皮肉を込めて言う。
「まあ、騒動が起きるとしたら、ジャイアント寮の暴動か、エイガ寮が作ったアンデッドの暴走か、そのどちらかでしょうけれど」
視線が、マーベルへと向けられる。
マーベルはわずかに眉をひそめ、言い返した。
「まるでフブ寮にはそういうことが一度もなかったみたいな言い方ですね。あなたとアディティヤ――アッキア寮の寮長、しょっちゅうお互いの寮を壊し合っていたじゃありませんか? しかも、和解したあとは“尊敬される人・ヴェロニカ様”に個人魔法で修復をお願いして、何度も注意を受けていたでしょう?
それにもう一つ。あのこ リボンはアンデッドを召喚するのが好きですけれど、ちゃんと毎回制御できていますわ」
マーベルはわずかに嘲るような笑みを浮かべた。
「……やれやれ、二人とも」
「ただの冗談ですよ、会長。エヴェリンはいつもこんな感じですから」
「そうそう、冗談よ、冗談……」
「…………まあいい。クロエ、手を貸してくれ」
「はい……」
「この儀式には、お前の血が必要だ。ルーンの種類を特定するためにな。少し痛むが、我慢してくれ」
そう言い終えると同時に、会長は私の人差し指を爪でそっとかすめた。
“我慢しろ”と言われたけれど、思ったほどの痛みはない。
次の瞬間――
皮膚の表面から、赤い血が一滴にじみ出た。
そして、その一滴は空気に触れた途端、光となってふっと消えた。
「わあ……」
思わず声が漏れる。
それを聞いた会長が、わずかに口元を緩めた。
「驚いたか?」
「さて、次だ。クロエ、利き手はどちらだ?」
……なんの質問だろう。
「えっと……右です」
「では、その右手を出せ。私の手と重ねて――そして、私の後に続け」
言われるままに、右手を差し出す。
大きく、温かい手が、私の手を包み込んだ。
「我は――創設者と大地に誓う」
「我は、クロエ・アンダーソン――創設者と大地に誓います」
「このインプリジアンの世界において魔法使いとしての務めを果たし、長きにわたりこの地を脅かしてきた魔女たちを討つことを」
「このインプリジアンの世界において魔法使いとしての務めを果たし、長きにわたりこの地を脅かしてきた魔女たちを討つことを」
「「大地と空、海と谷、天と奈落――汝と我が名のもとに、力を授け給え!」」
「「世界の魔力よ、我に宿れ。そして迷える我を未来へと導け。今この時――我が“ルーン”よ、目覚めよ!!」」
その瞬間――
眩い光が、私たちの重ねた掌から爆発するように溢れ出した。
希望の光。
それは部屋を白く染め上げるほどに強く、熱を帯びていた。
身体が――焼かれるように熱い。
まるで炎に包まれているかのよう。
左胸が、裂けそうに痛む。
何かが、内側から押し出されようとしている。
しかし、それでも私たちは我慢しています。
.
.
.
どこからともなく煙が立ちのぼっていたが、はっきりしているのは、また一つ奇妙な感覚が生まれたということだった。
私たちは、その感覚がある体の部分を調べてみた。
胸に手を当ててみると、ドクン、ドクンと、二つの鼓動が同時に重なる音が現れた。
まるで、今の私たちには心臓が二つあるかのようだった。
これで確かになった。ルーンは、すでに私たちの中に誕生している。
「おめでとう、お嬢ちゃん。これで君も正式に我々の学院の一員だ」
皆が私たちに祝福の拍手を送り、それと同時に会長が吉報……いや、凶報と言うべきかを発表した。
「いやはやまったく……今回召喚された子たちは、みんな只者じゃないね。私は実に嬉しいよ……おめでとう、クロエ・アンダーソン。君はエイガ寮に入ることになったよぉ!!!」
今度は会長だけが祝福の拍手をしており、皆は私たちも含めてただ静まり返っていた。
ちょっと待って……私たちのルーンは、呪い系統の魔法なの?
で……でも……私たちが銃を出したのは……あの光はどこから来たの?
どうして呪いなんだろう。
「エイガ寮に人が入るのは、どれくらいぶりだったかな」
エヴェリーンが突然、沈黙を断ち切って言った。
「そうだな……百二十年くらいになるかな」
百二十年!!! ちょっと待って、この人たちはここにどれくらいいるの?
「でも、私たちがここに来る前の世界で考えれば、まだ十二年だけですよ」
ここの時間と私たちの元の世界の時間は、そんなにずれているの? 一年がこちらの十年なの?
「うーん……そうだな。でも、いくつかの星よりも珍しい現象と言えるね」
会長は、信用できない視線で私たちを見つめながら言った。
「どうしてクロエのルーンは呪い系統の魔法になったんですか?」
マ—ベルが尋ねた。
「私にも分からない……インプリジアンはあらゆる魔法を使えるが、召喚された者の魔法の能力を詳細に知ることはできない。せいぜい、その者の魔法がどの系統に属するかが分かるだけだ」
「私たちの推測では、世界の均衡の法則というやつだろう。『何ものも何ものより上ではない。弱き者も頂点に登ることができる。同時に、頂点にいる者もまた弱くなり得る』だからこそ、インプリジアンは召喚された君たちに協力を求めたのさ」
ラケスが会長の説明を引き継いだ。
先ほどのラケスの言葉を要約すると、インプリジアンの魔法は一見すると明らかに召喚された私たちよりも強く有利に見えるが、魔女たちを討伐し追い払えるのは私たちである。つまり、実際に戦えば召喚された側でも、この地の住人であるインプリジアンに対抗できる。ただし、それなりの技術と実力が必要になる。
別の言い方をすれば、もしラケスの言う世界の均衡が本当に存在するなら、インプリジアンを滅ぼすほど強大な魔女にも弱点があるはずだ。あるいは、神でさえも討つことのできる弱点を持っているのかもしれない。
「…………」
エヴェリーンの言葉が頭の中に浮かんできた……。
『もし暴動とか重大な事件が起きたら、ジャイガント寮が抗議活動をするか、エイガ寮がアンデッドを作り出して制御できなくなり、暴れ出すかのどちらかだ』
ジャイガント寮が抗議するのも十分まずいが、エイガ寮の、呪いという形の魔法となると……。
私たちは、終わりのない呪いの渦に落ちているということなのだろうか。
元の世界でもいじめられ、見下され、新しい世界に来ても、こんな問題だらけの寮に入ることになるなんて。私たちは本当に呪われているのかもしれない。
でも……正直に言うと……
「さあ……そろそろ寮に戻る時間ですね。明日、生徒会側は新入生の報告書を作って、先生方とあのお二方の偉人に提出しないといけないんじゃないですか?」
私たちは、エイガ寮がそこまで悪いとはまったく感じなかった。
「ああ、そうだった……もうこんな時間か。よし!! お前たち、帰るぞ。私はもう風呂に入りたい」
「賛成です、エヴェリーンさん」
「ウィリアム……早くして。明日は早起きしなきゃいけないんだから。私は新入生の報告書を急いで仕上げないといけないの、あなたを起こしている時間なんてないんだからね……」
「ラケスは心配性だな。俺の母さんか?」
分からない……もしかしたら、マ—ベルのような人がいるのかもしれない。
「じゃあ……行きましょう。あなたに紹介したい友達がたくさんいるの」
友達……か。
私たちは思わず微笑んだ……こんなふうに笑ったのは、どれくらいぶりだろう。
新しい友達……だね。
とても楽しみだ……。
003
もう一方では……生徒会の会話。
「お前、本当にろくでもないな、ウィリアム」
「何だよ、エヴェリーン」
「分かっているんだぞ、あの子をお前が洗脳していたことを……自分の曾孫を洗脳するなんて、よく思いついたものだ」
「ウィリアムがどれだけ外道か、お前も知っているだろう」
「もういい、ラケス。お前も私と同じくらい悪い」
「私がああしたのは、お前が命令したからだろう。だから外道なのはお前のほうだ」
「まったく反論できないな」
「それはそうと……どうしてクロエのルーンは呪い系統の魔法なんでしょうか。僕は彼女がコウガ寮に行くと思っていましたよ。あんなふうに黄金の光と一緒に銃を出していたんですから」
「いい質問だ、エイドリアン。クロエのルーンは、呪い系統の魔法だけというわけではない。あの子自身もまた、呪いなんだ」
「どういう意味ですか!?」
「試験会場であの子を見たとき、正直どうしていいか分からなかった。あの子は、私の孫娘キャサリンにそっくりだったんだ。呪い系統の魔法は、あの子の血筋に深く根付いていたんだろう。だから世界のシステムが、あの子のルーンを呪い系統の魔法として固定したのさ」
「百六十年前にこの学院にいたキャサリンさんのことですか。確か、彼女も召喚された側でしたよね」
「そうだ……昔、私はお前たちの世界を訪れたことがあってな。そのとき、妻のケイティとの間に子どもが生まれ、それが私の血を引くキャサリンだ。彼女が召喚され、呪い系統のルーンを得て、さらに子どもを持ったことで、呪い系統の魔法とインプリジアンの血が、クロエの血の中で混ざり合ったというわけだ」
「複雑すぎますよ……頭が焼けそうです」
「それなら、僕たちの世界に戻って調査してみますか?」
「いや……もうこりごりだ。不注意のせいで、私はあの世界に魔女を一人逃してしまった」
「魔女ですか……はは、言い方がうまいですね。その魔女が◾️◾️◾️◾️◾️だって分かっているのに」
「……黙っていれば、誰もお前を無口だとは思わないぞ、エヴェリーン」
「ごめんごめん、そんなに怒るなよ。明日、昼ご飯は私がおごるからさ、いいだろ?」
「まあいい……いずれにせよ、私の曾孫がすべての魔女を消し去ってくれるだろう」
「彼女のルーンは……この世界の大地の霊脈よりも、さらに濃い魔力を持っているからな」
004
「それで……ここは男女で寮が分かれているんですか?」
寮へ戻る途中、私たちはすぐに、この世界や学院のことについてマ—ベルにいろいろと質問し始めた。
「分かれていないよ。男女は同じ寮だけど、階が分かれているの。女子側の寝室には、よくないことが起きないように、男性に対する催眠の魔法が張られているの。でも心配しなくていいよ。その催眠魔法は思考を逸らすタイプで、男子は女子寮に侵入しようなんて考えなくなるの」
「すごいね、魔法って」
「でも、その魔法はうちの寮ではもう六か月使っていないけどね。だって、うちの寮の男子はみんな死んじゃったから」
えっ……
「死んだ……の?」
「あなたが召喚される六か月前、学院はエイガ寮の男子全員と、私たちの寮長を含めて、運命の魔女の討伐に向かわせたの。でも結局、誰も戻ってこなかった。だから最後には、残った中で一番長くここにいる私が、臨時の寮長をやることになったの」
「運命の……魔女……」
「……どうして、そんなに人が死んだのに驚かないの? あなた、魔女狩りの時代から来たの? それとも黒死病が世界を支配していた時代?」
マ—ベルは、まるで心を切り裂くような鋭い視線を私たちに向けた。
「……いや……そういうわけじゃないよ。分からないけど、私たちはただ、そういうことはそこまで大したことじゃない気がして……かな……私たち自身もよく分からない」
もし私たちがインプリジアンに来る前だったら、目の前で人が死ねばきっと気が狂っていただろう。でもここに来てからは、なぜか安心感すら覚える。もし目の前で人が死んでも、きっとあまり何も感じないと思う。
どうして私たちがそんなふうに感じ始めているのか、自分でも分からない。
「……あの白髪のバカな会長、何をしたんだか」
「会長がどうしたんですか?」
「何でもないよ、気にしないで……それより、まだ聞きたいことはある?」
「……聞いていいのか分からないけど、どうしてエイガ寮はアンデッド召喚の問題があるの?」
「ええと……それはリボンの仕業だよ。リボン・ボヤノヴィチ。あの子のルーンは『神の粘土人形』。アンデッドを召喚して仲間にする力なんだ……でも大抵は実験のために召喚していて、制御できなくなって暴れ出すの。でもそこまで深刻じゃないよ。私たちで状況は抑えられているから」
なるほど……つまりエヴェリーンは大げさに言っていたということだね。
でもリボンなんて名前なの? ずいぶん変わった名前だ。
「神の粘土人形……エイガ寮には似合わない名前だね」
「そうだね……完全な呪いの力なのに、『神』なんて言葉が付いているなんて、おかしいよ」
「はは、そうだね……他の人たちは? どんな人なの?」
「まあ……変わった性格の人たちだよ。行けばすぐ分かる」
005
「そういえばラケス、お前の寮にも新入生が入ったらしいな」
「まだ結果はまとめていないわよ。どうして知っているの、エヴェリーン」
「私のイケメン専属秘書のロセントが教えてくれたのさ。私の情報網は伊達じゃないよ」
「今後は気をつけるわ」
「でも今回の召喚は妙だね。ジャイガント寮とライオット寮は新入生が三人ずつ入った。でも逆に、アッキ寮とフブ寮は二十人ずつ。ヴェント寮はゼロ。雷寮は一人。ニトラ寮は一人。コウガとエイガも一人ずつだ」
「今後はもっと注意するわ」
「そうですね。半年ごとに、本当に魔法のルーンを持つ子はせいぜい十数人なのに、今回は四十四人もいます。この世界のシステムがバグでも起こしているんでしょうか?」
「それにコウガ寮とエイガ寮の子が同時に入るなんてね。この二つの魔法が同時に召喚されたことは一度もなかったのに」
「もしかしたら、魔女討伐はこの子たちの代で終わるのかもしれないな」
006
「ねえマ—ベル……さっきの私たちの試験、見ていた?」
「見ていたよ……寮長はみんな見ているんだ。仕事だからね。どうして?」
「その……私たちを助けてくれた人を知っているかなって……その……会ってみたいんだ」
「分からないな。ルーン覚醒の儀式が終わったら、新入生はすぐ寮に入るから、どの寮にいるのか分からないんだ。ごめんね」
そうなんだ……でも、あの人もこの学院にいるってことだよね。いつか会えるかもしれない。
私たちは、あの人から偶然受け取ったクロークを強く握りしめた。
「それ何……その人、恋人なの?」
「ち、違うよ!!!!! そうじゃない!!!! その人は白馬の王子様で……あっ!!!……ち、違う、私たちの恩人なんだ!!!」
「顔真っ赤だよ……大丈夫?」
「わ、私たちは大丈夫!! とにかく、早く寮に戻ろう!!!」
マ—ベルはしばらく私たちの顔を見たあと、大きく笑い、「君って面白いね」と言った。
あの人は私たちの恩人……
早く会いたいな。
007
「着いたよ。寮『エイガ』だ」
「わあ……」
寮とは言っても、正直に言えば、中世の王国と呼んだほうがいいくらいだった。正面には大きな木の扉があり、その横には小さな扉がある。周囲は高いレンガの壁に囲まれている。
「早く……みんな待っているよ」
「うん……」
中に入ると、雰囲気も外観も正門とはまるで別世界だった。角の丸い四角形の建物が精巧に作られ、全面にガラスが張られた建物が三つ並んでいる。周囲には広い花園があり、右側には……えっと……太い縄のようなものが巻かれた赤い扉があった。その中には、小さな家があり、神の像が置かれていた。私たちにはとても不思議に見えた。
左側は、いくつものグラウンドがある広い草原になっている。
「こっちだよ」
マ—ベルは、美しい花園に挟まれた道を私たちに案内した。月の光を浴びていても、その美しさはまったく変わらない。そして前方には、空に届きそうなほど高いガラスの建物が並んでいた。美しく、そして私たちには不思議に見えた。
「ここは寮なの? それとも王国なの?」
「実は、うちの寮が一番小さいんだよ。本当に大きいのはニトラ寮だね。あそこは小さな国くらいの大きさがあるんだ」
それって本当に寮なの?
「もともと私たちの寮は、もっと汚れていたんだけど、だいたい千二百……五十年前くらいかな。当時の寮長が21世紀から来た人で、ここを改修してね。それが終わった頃に私が召喚されたんだ」
ここに長くいるほど、時間の感覚がどんどん狂っていく……でも慣れないといけない。
「マ—ベルは、インプリジアンに来てから何年になるの?」
「六百二十年だよ」
現実の世界の基準で考えると、六十二年か。
「まあ……二週間くらいすれば慣れるよ。その間に分からないことがあれば、みんなに聞けばいい……」
建物の扉を開けた瞬間、マ—ベルは会話を止めた。
「どうしたの……」
「しっ……」
彼女は急いで私たちの口に指を当てた。
建物の中はとても暗く、何も見えない。
「クロエ……」
マ—ベルが小さくささやいた。
「どうしたの……」
「電話があるでしょ、左のテーブルの上。分かる? ダイヤルを6に三回回して、それから受話器の間にあるボタンを押して」
「待って、マ—ベル……何が起きてるの?」
「リボンがまたアンデッドを召喚して、制御できなくなったんだ。早く。終わったら棒でも固いものでもいいから持って、私についてきて」
「わ……分かった」
私たちは言われた通りテーブルへ向かった。
「えっと……6……三回回して……それから押す」
すると、すぐに何度も電子音が鳴り始めた。
「棒……棒……ない。これでいいや」
私たちは、革のようなものが貼られた奇妙な金属板を手に取った。
「おお、折りたたみ椅子か。いいね。じゃあ行こう」
マ—ベルはゴルフクラブを武器として取り出し、私たちはリボンの実験室がある地下室へ向かった。
008
途中、マ—ベルは照明の魔法を使って前を照らしたが、それでも怖かった。
私たちは地下室の扉まで進み、そこに一人の少女が倒れているのを見つけた。
「ま……マ—ベル……ちゃん?」
「えっ! 姫子!!! 大丈夫!? みんなどこに行ったの!!??」
まだ意識はあるようで、少し安心した。
「わ……分からない……私は……食べ物を探しに来ただけ……でも急に……襲われて……」
「分かった!! クロエ、薬箱を取ってきて!! 前の部屋の棚にある!! ガーゼも!! 姫子の腕に噛み跡がある!! 深い!!!」
「うん!! 分かった!!」
私たちはすぐに扉へ走り、別の部屋へ向かった。しかし、その瞬間、扉を開けると――
「きゃあああああ!!!!!!!」
「ガアア!!!!!」
アンデッドたちが、その部屋から一斉に飛び出してきた。まるで中に押し込められていたかのようだった。
「外に助けを呼んで!! 姫子も連れて!!」
「でも!!」
「早く!!!」
「さあ、姫子、ゆっくり立って……」
ドーン!!! 地下室の扉が破壊され、アンデッドたちが一気に溢れ出してきた。
「きゃあああ!!!!!!」
「早く下がって!!!」
前後からアンデッドに挟まれた。
「姫子を壁にもたれさせて、テーブルで守って!!!」
マ—ベルは全力で彼らを打ち払おうとしたが、どうにもならなかった。私たちも折りたたみ椅子で叩こうとしたが、結局効果はなかった。
「噛まれないで!! 噛まれたら姫子みたいに感染するよ!!」
「マ—ベル!!! ナイフ!!! テーブルにナイフはある!?」
私たちが入った部屋には吊るされた鍋がたくさんあった。つまりここは厨房で、厨房ならナイフがあるはずだ。
「時間を稼いで!!」
マ—ベルは姫子が休んでいる場所の横にあるテーブルへ走り、すぐに引き出しを開けた。
「ビンゴ!!!!!」
その瞬間、マ—ベルはナイフをアンデッドの胸へ正確に投げつけ、私たちはゴルフクラブで頭を叩いて一歩後退させた。
「クロエ、交代!! 姫子の様子を見て!!」
マ—ベルは大きな肉切り包丁を持ってこちらへ走ってきて、私たちも姫子のところへ急いだ。
「はい、交代!!」
マ—ベルはアンデッドを斬りつけ、血が大量に噴き出した。まるで血袋がいくつも破裂したようだった。
「姫子!!! 姫子!!!!! 私たちの声、聞こえる!? 今、すごく痛い!?」
姫子は応えようとしたが、口から出たのは弱々しい声だけだった。
「マ—ベル! 姫子の様子が悪くなってきた!! どうしよう!!」
「こっちも余裕がなくなってきた!!」
マ—ベルがどれだけ斬っても、ほとんどはすぐに元の状態で起き上がる。しかし、斬られて消える個体もあり、数は多少減っていた。それでもまだ多かった。
しばらくして、マ—ベルは動きを止めた。
「はぁ……はぁ……」
マ—ベルは限界に近かった。
「マ—ベル! 下がって!!」
私たちはマ—ベルの手から肉切り包丁を奪い、彼女を押し下げた。
「やああああ!!!!!」
私たちは全力で振り回したが、当たるものもあれば当たらないものもあり、ほとんど当たらなかった。そのため、アンデッドはすぐに私たちを包囲した。
「クロエ!!! 後ろ!!!」
その瞬間、私たちは妙な感覚を覚えた。
この部屋はとても暗く、アンデッドを細かく観察するのは不可能なはずだった。
しかし私たちは見えていた。細部まで見えていた。彼らの皮膚が白いレンガのようだということまで分かった。そして、ほんの一瞬後――
ザクッ!!!!!
私たちは体をひねり、肉切り包丁で頭を正確に斬りつけた。そしてすぐに距離を取った。
「さっきの……何……」
これまで言った通り、アンデッドの“ある個体”は元に戻る。しかし今の個体は、二度目に死んだかのように動かなかった。
どうして見えたんだろう……頭にある濃い赤色が。
「もしかして……私たちの魔法……ルーン……?」
不可能なことが、インプリジアンでは当たり前になる。
なら……さっきのように……目を閉じて集中し、そして目を開けた。
カチカチカチ……
古い歯車が回るような音が、私たちの左目のあたりから聞こえた。左目が熱くなり、ガラスのように割れていく感覚があった。
「クロエ……まだ大丈夫……?」
マ—ベルが大きな骨切り包丁を持って戻ってきた。
「マ—ベル……頭を斬って……そこが弱点」
「あなた……もうルーンの魔法が使えるの?」
「分からないけど……すごく気分がいいんだ」
そして数秒後――
「私たちも混ぜてよ!!」
別の少女二人が扉を蹴り、入口を塞いでいたアンデッドを向こう側の壁まで吹き飛ばした。
「遅れてごめんなさい……上の階を片付けていました」
「ミンディ!!! ドロシー!!!」
それが二人の名前らしく、すぐにこちらへ走ってきた。
「怪我は!? 薬を持ってきたよ!!」
「姫子が噛まれた!! 応急処置が必要!!」
ミンディとマ—ベルがアンデッドを抑え、銃も使って簡単に数を減らしていった。
「こんにちは、あなたが新入生ね。私はドロシー。16世紀から来たの。よろしく」
「私たちはクロエ。大英帝国、18世紀から来た。よろしく」
「いいね。クロエ、まず傷を洗うよ。後ろの棚に水がある」
ドロシーは慎重に姫子の傷を洗い、薬を塗った。
「少し我慢してね、姫子」
「次は右の棚から布を取って。傷を閉じる」
私たちは棚へ向かって這ったが、一体のアンデッドがこちらへ来た。しかしドロシーが偶然頭を撃ち抜いた。
「取ってきた」
「いいね……腕を上げないようにして、しっかり結んで」
「そのまま動かないで。あと二分くらいでコウガ寮の救援が来る」
その時、ミンディが叫んだ。
「手伝って!!!! 残り二十体もいないよ!!」
ドロシーは私たちを見て、子どものように笑った。
「準備はいい?」
「いつでもいいよ」
ドロシーは銃を渡してきた。
「これは……火打石銃」
純銀で作られ、金の装飾が施されていた。
私たちは残り十数体のアンデッドに向き合った。
「みんな……弱点は頭」
「ありがとう」
「いいね」
「すごいね」
私たちは銃口を頭へ向け、最後に一言。
「「「「バン!!」」」」
四発、四体消え、残り六体。ドロシーが短銃を連射して二体、残り四体。ミンディが一体、マ—ベルが二体。
そして最後は――
私たちだった。
銃を折り、弾を込め、構える。
私たちは同時に言った。
「「「「ジャックポット~!」」」」
こうして、エイガ寮の騒動は幕を閉じた。
009
「お前は本当にすごいな!お前のルーンもただ者じゃない!」
「お褒めいただきありがとうございますわ」
二分後、救援チームが私たちの寮の前に到着した。もちろん彼らは学生も連れてきたが、私たちがすでにすべて片付けてしまっていたので、彼らは少し不満そうだった。だが、どうでもいいことだ。
巻き添えを受けた学生たちは大きな問題はなさそうだった。医療班によると毒もそれほど強くはないらしい。ゾンビに噛まれた者は五人だけで、その中には原因となったリボンも含まれている。
このあと本人はきっと大目玉を食らうだろう。
「さて……負傷者には私が治癒魔法をかけておいた。医学棟で一晩安静にしていれば怪我は良くなるはずだ。私はこの件を会長ウィリアムに報告してくる。それからマ—ベルは明日、生徒会長室に報告書を提出してくれ。運が良ければ、エイガ寮は二日ほど休講になるかもしれない。明日電話で知らせる」
「はい」
「ああ……それともう一つ」
医療班の責任者であるエイドリアンは、事件が終わって集まっている私たち全員を見渡した。
「よくやった。あれほど危険な状況を食い止めたのは見事だ。それに、噛まれた仲間たちへの応急処置も本当に素晴らしかった。実に見事だ」
エイドリアンは締めくくりに拍手をしてから、その場を後にした。
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「では……騒動も終わったことだし、エイガ寮三十二人目の正式なメンバーを紹介しよう。どうぞ、アンダーソンさん」
私たちは少し前に出た。女子学生たちはまるで珍しい物を見るかのように、輝いた目で私たちを見ている。
「あ…こほん! まずは、私たちを温かく迎えてくださってありがとうございますわ。最初はエイガ寮について色々と良くない想像をしてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
「ですが、マ—ベル、ミンディ、ドロシーと話してみて、この寮の皆さんがどれほど私たちに優しいかが分かりました。ですから、もし私たちが友達になれたら、とても嬉しいですわ」
皆は小さな子を見るかのように、優しく微笑んでいた。
「私たちはクロエ・アンダーソン、イギリスから来ました。皆さん、どうぞよろしくお願いしますわ」
先ほどまでの静けさを破るように、拍手と祝福の声が上がった。
そしてこれからは、魔法を使う一人の少女の長い物語が始まるのですわ。
改めて、どうぞよろしくお願いいたしますわ……




