続ー22ダン編 旅の報告
夜着の袖を捲り、サツキが俺をゴシゴシと洗う。
「もう! 汚い駄目ね!」
うむ、すまない。
帰ってきて驚いたのだが、今日はなんと三ヶ月目だったのだ。日にちも分からず彷徨っていた状態で、三ヶ月目に帰って来ることができ、更には贈り物を渡せたなど奇跡だ。
「あわあわ! あわあわ!」
サツキが叫ぶ。うむ、石鹸が欲しいのだな? 渡してやると、その石鹸で俺の髪を洗いはじめる。
「汚いね!」
「すまない」
タアズに着いてから一度も湯浴みができなかったので、汚れが酷いようだ。
何度もマチルダとヤンに湯を運ばせ、更にサツキは、ドラゴンに炎を吐かせて湯を沸かし、それで俺を洗った。もうドラゴンを手懐けたとは、さすがサツキだ。
全身を洗い、伸びた髭も剃って歯磨きまでさせてくれ、すっかり綺麗になった俺を見つめて、サツキが漸く満足げに頷く。そこにマチルダがやってきて、城から迎えが来たと告げた。
もう来たのか? 早いな。マチルダが騎士の制服を出してくれたので、サツキの手を借りながらそれに着替える。騎士の制服も久し振りだな。やはりこれを着ると、気が引き締る。
これで俺は準備が整った。後は――サツキか。
「サツキも準備を」
そう言うと、サツキが首を傾げる。
「え? わたーし?」
うむ、当然だ。ドラゴンはサツキと俺の二人の力で手に入れたのだからな。
サツキの着替えをマチルダに頼み、俺は部屋の端に置きっぱなしになっていた荷物を持って、衣装部屋に行く。サツキには色々と訊きたいことがあるが……、取り敢えず城へ行こう。
大剣を壁に立てかけて、以前使っていた長剣を剣帯に差す。そして鞄から指輪を取り出して、ポケットにしまった。後でサツキに渡そう。
そして衣装部屋から出ると、サツキの準備が整っていた。短い髪は、急いでいる時には便利だな。
「行こう」
サツキの手を引いて一階へ。ドラゴンもしっかり付いてくる。階段をおりて玄関まで行くと、サツキが驚いた声を出した。
「え!? 破壊ね!」
……すまない。玄関ドアを壊したのは俺だ。後でカタヤ夫妻にも謝罪しなければいけないなと思いながら外へ出ると、そこには六頭立ての立派なチャマ車が待っていた。その上驚くことに、第三王子殿下が御者をしている。
「ダン、お帰り」
微笑む殿下に、俺は頭を下げた。
「ただいま戻りました」
「それがリュウか?」
「はい。ドラゴンという名です」
殿下は大きく頷いてドラゴンを見つめ、それからサツキに視線を移す。
「サツキちゃん、良かったね。――ほら、早く乗れ」
促されてチャマ車の中へ。ドラゴンは馬車の後を飛んで付いて行く気のようだ。
我々が乗ったのを確認し、殿下がチャマ車を走らせる。うむ、素晴らしい乗り心地だ。うちもこの先家族が増えたら車が必要になるだろう。購入を検討した方が良いな。
「サツキ」
肩を抱き寄せると、サツキが何故か渋い顔をする。ん? どうしたのだ?
困惑していると、サツキが俺の胸ぐらを掴んで訊いてきた。
「ダン、今まで何するね?」
今まで? あぁ、タマゴを手に入れるまでの話を聞きたいのか。では話そう。
「チャマに乗り、タアズに向かった」
「タアズ?」
眉を寄せるサツキに、俺は頷く。
「タアズの街に着いて早々、俺を騙そうとする女や――」
「女!? 騙す!?」
「うむ。宿屋まで追いかけて来て迷惑だった」
サツキが唇を噛む。俺を騙そうとした女に怒りを感じているのだな?
「わたーしより、女可愛い?」
「いや」
俺は首を横に振る。サツキより可愛い女など存在しない。
「おっきい?」
大きい? 確かにサツキより、ずっと背は高いな。
「うむ。大きかった」
「…………」
サツキが一瞬無言になり――、次の瞬間、俺は拳で殴られた。何故だ?
「それで? 次!」
続きを話せと言うのか。
「襲ってくる男達もいたが、運良くユイセルと出会い、暫く一緒に行動した」
サツキの手に力が籠る。
「ユイセル? 女か!」
「いや、男だ。ユイセルは途中で怪我をして別れた」
あの後、ユイセルはどうなっただろうか? 無事親子の対面を果たしていれば良いが……。落ち着いたら、様子を見に行こう。
「その後、大きなケーキが出てきて驚いた。食べようとしたら逆に食べられそうにな――」
何故殴る? しかも、いつの間にかその手に付けているのは、母さんの武器ではないか。父さんを制裁する時専用のそれを、何故サツキが持っている? いつ母さんから受け継いだのだろうか。まさか父さんが、サツキに手を出そうとしたのではないだろうな?
「バカバカバカぁ!」
サツキが俺に縋り付く。
「サツキ……?」
「早く帰って来るがいいね!」
あぁ、そうか。そんなに危険な目に会ったなら、タマゴなど諦めて帰って来ればよかったのにと言っているのだな。サツキ、思わず武器で殴打してしまうほど、俺を心配してくれていたのか。
「サツキ、すまなかった」
抱きしめて可愛い唇に口づけると、サツキが訊いてくる。
「愛してるね?」
「勿論だ」
「わたーし、一番か?」
「ああ、一番愛している」
涙を指で拭ってやると、サツキは腕を俺の首に絡めてきた。
「好きぃ」
ああ、なんて可愛い。
もう一度口づけようとした時、チャマ車が止まり、御者席から殿下が顔を出す。
「ダン、――おっと! 城に着いたから、続きは帰ってからにしてくれ」
もう着いたのか。うむ、では帰ってからしよう。
俺とサツキはチャマ車から降り、しっかり付いてきていたドラゴンが、サツキの横に飛んできて、小さな炎を吐いた。