第5話サツキ編 早く帰って……!
そりゃさぁ……、『いつでも来ていい』って言ったけど、だからって毎日来る?
『社交辞令』って言葉、知らないの?
朝っぱらから大量のケーキを食べるダンを見ながら、私は溜息を吐く。
ダンの仕事は、どうやら出勤時間が毎日違うらしい。
今日は昼から仕事だからって、まだカタヤ家が朝御飯食べてる時間に訪ねて来た。
カタヤの両親が優しいからって、どんどん調子に乗ってるような気がするなぁ。
はぁ……。
それにしても、朝御飯としてケーキ食べるってどーよ?
好きなのは分かるし確かにすごーく美味しいけど、でもこんなに毎日大量に食べてたら病気になるんじゃないのかな?
「体、壊しちゃうよ」
ちょっと心配になって声を掛けると、ダンはこちらを見て首を傾げた。
「そんなに沢山食べてたら、体、悪くなるよ」
すると、益々ダンは首を傾げ、眉まで寄せた。
……ん? 通じてない?
そういえば、『病気』って言葉ってなんて言うんだっけ?
カタヤの両親はとっても元気だから、『病気』って言葉使う機会、今まで無かったんだよね。
うーん、どう言えば分かってもらえるかな?
悩んでいると、ダンが不意に口を開き、はっきりと断言した。
「大丈夫。体は悪くならない」
んん!? 通じた? って何その自信。
今は大丈夫でも、すぐに悪くなるんだから。
「これから悪くなるんだよ」
親切にも忠告してあげたのに、ダンは首を振った。
「すぐ治る」
何それ?
そういえば学校にもいたな。病気は寝れば、怪我は唾つけとけば治るって言ってた先生。
それで治るなら医者も病院も要らないでしょう?
分かってないな~。
……って、もしかして、トーラは日本より医療水準が低いのかな?
それならダンに知識が無くてもおかしくないよね。
ここって王だ貴族だ騎士だのの、中世ヨーロッパ? な世界だもんねぇ。
医療が発展してなくて当然かも。
うーん……、ちゃんと教えてあげた方がいいとは思うんだけど、どう説明すればいいかなぁ。
糖尿病? 成人病? よく考えたら私も詳しく知らないや。
とにかく『甘い物の暴飲暴食はよくない』ってだけでも言ってあげようかなって思っていると、ダンが急に話題を変えてきた。
「サツキは何故トーラに来た?」
え!? 病気の話を強制終了?
なになに? 『好きな物食べて死ぬんだったら本望だ』みたいな感じ?
まったく、人の親切を無視するとは。
もう知らないからね!
「サツキ……」
何? ああ、はいはい。何故トーラに来たかって?
そんなの……。
「分からない」
「分からない……?」
眉を寄せられても、分からないものは分からない。
誰かに召喚されたって訳でもないみたいだしね。
「分からないのにトーラに来た?」
もう、しつこいなぁ。
じゃあトーラにトリップした時の事、教えてあげるよ。
始まりは、日本の両親の話からかな?
「両親が離婚、えーと、別れて……、それでどっちもにも引き取りたくないって言われたの。一人で生きていけってね」
冗談みたいに身勝手な親だったなぁ。
突然離婚するって言われて驚愕だったよ。
だって、仲良し夫婦だったんだよ。
それがなんで? って理由を訊いたら、返ってきた答えが『倦怠期』だって。
母親には『あんた、もう高校生なんだから、一人で大丈夫でしょ?』なんて言われて、父親には『お父さんとお母さんは、それぞれの別の道を探すから、お前はお前で自分なりの新しい世界を探せ』って訳分かんないこと言われたんだよね。
で、両親が家出て行っちゃったんだけど、そこで一つ大問題が。
実は私、すごーく怖がりなのだ。
一人暮らしなんて絶対無理!
だって幽霊が出て来たら、どうすればいいのか分かんないじゃない。
それで私がどうしたかと言うと……。
「悪いなーと思いつつ、一人暮らしは無理だから、友達の家を渡り歩いてたんだ」
泊めてくれた友達とその家族には、本当に感謝だよ。
「そんなある日、コンビニ――店から出たら雨が急に降ってきて、友達の家まで急いで走ったの。それなのに気が付いたら、この屋敷の庭に居たんだよね。で、何が何だか分からないうちにカタヤの両親に拾われたってわけ」
後から聞いたんだけど、お父様お母様は突然庭に現れた私を、神からの贈り物だと思ったらしい。
カタヤの両親が庭でお茶してたら、突然光が溢れて私が現れたんだって。
ファンタジーだねぇ。
「ご飯も美味しいし、綺麗なドレスも沢山着れて嬉しいし、幸せ」
子供のいないカタヤ夫妻は私を溺愛してくれてるもんね。
心残りは、世話になった友達に挨拶出来なかった事かな?
心配してるだろうけど、どうにもならないからな~……なんて思っていると。
「う、ううう、う、わーぁぁぁ!!」
突然ダンが大泣きし始めた!?
え、なんで? どうして?
「う、うう……サツキ、可哀想……!」
滝のように流れる涙を、ごつい手で拭うダン。
……まさか私の話に感動したの?
「幸せになって、よかった」
うん。まあ、そうなんだけどさぁ。
でも、そんな号泣するような話じゃ無かったよね……。
ダンの顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。
うわぁ……。キタナイ……。
私はポケットからハンカチを取出し、ダンに差し出した。
それを受け取ったダンはハンカチで涙を拭いて、更に鼻をかみやがった。
……最低。
あのハンカチ、お気に入りだったのに。
あーあ、なんか朝から疲れちゃったな。
……はぁ。
テーブルに突っ伏して溜息を吐いたら、ダンが頭を撫でてきた。
「泣くなサツキ。辛い事を思い出させて、ごめん」
……誰が泣いてるって?
ってゆーか、涙と鼻水だらけの汚い手で髪に触らないで欲しい。
マチルダに頼んでお風呂の準備してもらおう。
ダン、早く帰ってくれないかなぁ。
……はぁ。