続ー18ダン編 落涙
太陽の位置を見ながらひたすら進む。たぶん……いや、きっと中心はこの方向で間違いない。
それに、この追い詰められた状況のおかげか頭が働き、素晴らしいことを思い出した。以前ヤンがやっているのを見たことがあるのだ、肉や魚を乾かして干物にするのを。
次に出てきた邪獣を乾かしてみよう。この暑さならすぐに干物が出来るだろう。
鞄の中から残りわずかな菓子を出して口に放り込む。
大丈夫、俺はまだいける。
そしてサツキにタマゴを持って帰るのだ。
サツキが何故タマゴを欲しがっているのかは分からない。だが俺はサツキを愛しているし、サツキが何者でもかまわない。
そうだ、犯罪者であるサツキを俺は受け入れた。それならば――もし仮にサツキが神に愛されし一族の生き残りだとして、受け入れられないなどおかしい。
うむ、そうだ。
頷く俺の目の前に邪獣が現れた。俺が両腕で抱えられるくらいの大きさの丸い体に、無数のトゲが生えている邪獣だ。
いつも思うのだが、邪獣は突然現れる。まるで湧いて出てくるように。
転がってくるそれを斬り、トゲを削ぎ落として薄切りにして、紐で結んで鞄にぶら下げる。そこまで素早くこなすと、俺は急いでその場から立ち去った。
砂埃を上げながら走り、ある程度離れた場所で立ち止まって肩で息をする。額から流れた汗が地面に落ちて染みを作り、一瞬で乾くのを見つめる。喉が渇いたな。いや、それより――。
あぁ、甘い物が食べたいな。
クリームたっぷりのチェルルのケーキが食べたい。
ケーキケーキケーキ……と呟きながら歩き始めて暫くすると――ん? 幻なのだろうか、遠くにケーキが見える。
まさか、このような場所にケーキなどあるわけがない。頭の中ではそう思いながらも、俺の足はケーキに向かって走っていた。
近くまで行ってみたが、間違いない。俺の腰くらいの高さの大きな丸い、しかもチェルルの実とクリームがたっぷりのケーキだ。
どうなっているのだ? こんなところにケーキがあるなど……。俺はケーキに手を触れ――。
「うぉお!」
驚きの声と共に、後ろに跳び退る。
なんと、突如ケーキが横半分に割れ、中から現れた赤く鋭い牙が俺に襲いかかってきた。突然のことに避けきれず、牙が腕をかすめて血が流れる。
ケーキは震えながら背伸びをするように動き、地中からドロドロとした赤いゼリーのようなものが現れた。
くそ! 邪獣だったのか!
ケーキに見えたのは邪獣の顔部分のようだ。おそらく、ケーキと間違え寄ってきた馬鹿な旅人を襲って食べる邪獣なのだろう。俺はまんまと罠にはまったのだ。
腕の痛みを堪えて剣を抜く。両腕で構え、ゼリー――邪獣の体部分へ振り下ろす。
ボヨヨン。
何!? 弾かれた……いや、衝撃が吸収されたのか。ならば、ケーキの部分を斬る。
魔力をしっかり込めて、ケーキ部分に剣を刺す。うむ、こちらは斬れるようだ。まるでケーキをナイフで切るように、剣で半分、さらに半分、更にもう一度斬って六等分した。ゼリーがダラッとやわらかくなる。
邪獣が弱ったのだな。ゼリーに剣を突き立てると、今度はズブリと刺さった。溶けるようにゼリーが地面に広がり、大地の上に残されたのは、六等分されたケーキだけになる。
……ケーキ。
俺はごくりと唾を飲む。
ケーキなど何日ぶりだろう。見た目は完璧だ。ケーキを手で掬ってみる。触感も同じだ。では味は……?
柔らかなそれを、そっと口に入れる。
「…………」
まさかの無味。
俺はガクリと膝を付いて項垂れた。
何故だケーキ! 砂糖を入れ忘れているぞ、ケーキ!
期待が大きかった分、落胆も激しい。俺は今、タアズが絶望の地と呼ばれる真の意味が分かった。
右腕からダラダラと血が流れ、俺の目からは不覚にも涙が流れる。
ケーキを目の前に、どれくらいそうしていたか――遠くから聞こえる怪鳥の鳴き声に俺はハッと顔を上げた。
まだだ。まだ俺は頑張れる。何故なら……サツキが待っているから。
行こう。ケーキは帰れば食べられる。そしてサツキにあーんをしてもらうのだ。
鞄から布を出して傷口を縛り、俺は立ち上がる。
サツキ、待っていてくれ。
重い足を引き摺り、俺は歩き始めた。