続ー15サツキ編 救助すべき?
う……お昼ご飯食べ過ぎちゃった。お腹いっぱいで眠い。
「ふぁあぁ……」
私があくびをすると、周りにいる虎達もあくびする。あらら、うつっちゃった?
虎達もお昼食べてお腹いっぱいだから眠いよね。そうだ、お庭で虎達とお昼寝しようかな。
「おいで」
虎達を引きつれて庭に出る。うん、あそこの木陰で寝よう。
そう決めて、庭に生えてる大きな木の側まで行くと――。
「ガルルルルル……!」
ん? 虎達が一斉に、木の上を見て唸り始めた。
「どうしたの?」
なんか居るの?
虎達の視線を追って上を見上げた私は――。
「え!?」
驚いた。
「ああ、見つかっちゃったか」
悪戯が見つかった子供のように楽しげに笑う男が一人。
「ダ、ダンパパ!?」
私は叫んだ。ダンパパが木の上にいる!
ダンパパはニッコリ笑って、木から華麗に飛び下りた。
「会いたかったよ、サツキちゃん」
「ウウー! ガルルル!」
一歩踏み出したダンパパに、虎達がメチャメチャ虎らしく唸る。私を守るように取り囲み、警戒しまくってるよ。
「ガアウウウ!」
「ガオオオーン!」
虎達が遠吠えをした。あれ? 虎って遠吠えするんだ。へー知らなかった。
「サツキ様!」
「サツキ!」
あ、屋敷から完全武装軍団が出てきた。
「サツキ様、しゃがんで!」
そう言いながらヤンが包丁を投げる。だから危ないってば!
慌てて伏せた私の上を包丁が飛んで行く。あ、ダンパパ避けた。
すかさずお父様が矢を放つ。ダンパパは腰に差していた剣を抜き、矢を叩き落とした。
「ガルルルル!」
虎達がダンパパに向かって行く。
「あ、ちょっと待ちなさい!」
相手は剣を持ってるんだよ! 危険だよ!
慌てて命じたけど、虎達は止まらなかった。ダンパパに一斉に飛びかかる。
「おっと危ない!」
ダンパパはおどけた調子で言い、バク宙をした。ああ、虎同士がぶつかっちゃった! 何すんのよダンパパ!
「残念、今日も駄目か。またね、サツキちゃん」
ダンパパは投げキッスをして、広い庭を走って塀をヒラリと駆け上がり、いなくなった。
「サツキ!」
お母様が私を抱きしめる。うーん、いい匂い……ってそうじゃなくて虎! 私の可愛い猛獣達がダンパパにやられたんだった。
「虎! 大丈夫!?」
お母様の腕の中から叫ぶと、虎達が一斉に駆け寄ってきた。良かった、大丈夫だったみたい。
「よしよし、頑張ったね」
頭を撫でてやると、ゴロゴロのど鳴らす。可愛いなぁ。
ガシガシと虎の頭を撫でていると、お父様がまだ辺りを警戒しながら、厳しい声で言った。
「外は危ないから中へ」
あぁ、せっかくお昼寝しようと思ってたのに、仕方ないなぁ。
渋々立ち上がり、みんなに守られて屋敷へと戻ろうとした、が――。
「ぎゃああぁあー!!」
……へ? 今の何? 断末魔?
背後から聞こえた悲鳴に、私は驚き振り返る。
ちょっと、ヤバいんじゃない、今の! 聞いたこともないような悲鳴だったよ!
「お、お母様……」
私は思わずお母様にしがみつく。事件じゃないの、これは。と、その時――。
ジャララ……ズズ……、ジャラララ……ズズズ……。
静かな住宅街に響く不気味な音。金属音と……何か重いものを引き摺っている?
ヒイイ! やっぱり事件だよ! 危険な香りだよ!
私はお母様の服を引っ張って、必死に訴える。ところが、お母様はそんな私の背中を優しく撫でて呑気に言った。
「あら、やっと来てくれたのね」
来てくれた? 殺人鬼が?
お父様が構えていたボウガンを下ろして笑う。
「そのようだな。これで安心だ」
マチルダとヤンが頷いて、お父様に同意した。
「本当に、安心ですわ」
「安心ですね」
え? なになに、どういうこと?
何が何だか分からずにポカンと口を開ける私に、お父様が門を指差して言う。
「ほら」
ん?
振り向いた私は目を見開いた。
え? あれは――。
「ダンママ……?」
うん、ダンママだ。ダンママだけど……。私はごくりと唾を飲み込む。
ねえ、ダンママ。その左手に持っている、鎖で巻かれた赤い塊はなんですか? 右手から滴り落ちているものはなんですか?
ダンママは私達の前まで来ると、微笑んで優雅にお辞儀した。
「遅くなってすみません。ご迷惑おかけしました」
ダンママが左手の鎖をビッと引く。赤い塊が掠れた声を出した。
「申し訳……ございませんでした……」
「…………!」
私はようやく気付いた。
ダンパパだ……! ダンパパがお中元・お歳暮シーズンに大活躍の、紐でぐるぐる巻きにされた高級ハムみたいになってる!
どうしてダンパパがハムに!? トーラにも、お中元やお歳暮の習慣があるの!?
少々パニックになりながらそう考えていると、ダンママが私に視線を移した。
「サツキちゃん」
「はひ!?」
「ごめんなさい」
申し訳なさそうに謝るダンママの頬には赤い液体が……。お願い、ケチャップだと言って。
「怖かったでしょう?」
ダンママが私の頬を右手で撫でる。
ええ。その右手のメリケンサック、メチャメチャ怖いです。
「ミラさん、お茶にしましょう」
「はい、ありがとうございます」
お母様に言われて、ダンママが頷く。
え? ちょっと皆さん、なんで普通な態度? ダンパパがハムになってるんだよ! メリケンサックだよ!
「さ、中へ」
お母様に促されながら、チラッとダンパパを見ると――ダンパパは、死んだ魚の目をしていた。
た、助けてあげるべき?
「サツキちゃん」
ダンママの声に、私の背筋がピーンと伸びる。
「はひ!?」
「どうしたの? 行きましょう」
ダンママが右手を差し出す。
……う。繋ぐのは怖いけど、繋がないのはもっと怖い。
そっとダンママの右手に左手を乗せ、私は心の中でダンパパに謝罪した。
ごめんなさい。怖くて助けられません。
ダンママに手を引かれて私は歩き出す。
さよならダンパパ。安らかに眠ってね……。