続ー15ダン編 救助すべきか
昼頃、そろそろ腹が減ったし菓子を食べようかと思っていた俺に、ユイセルが言った。
「ここでお別れだ」
……ん? お別れ?
訝しげな俺に、ユイセルが口角を上げる。
「正直、こんなところまで来るつもりはなかった。この先は、俺の腕では命を落とす」
そうか、そういうことか。俺はチャマをチュウチュに寄せて、手を差し出した。
「残念だ」
心の底からそう思う。ユイセルとの旅は、非常に有意義なものだった。
ユイセルも手を伸ばし、俺達はがっちりと握手をした。
「いいか、ダン。命は二つ無い。絶対に無茶はするな」
「あぁ、また会おう」
「……ああ」
ユイセルの手が離れ、手綱を握る。そして俺に背中を向け、軽く手を挙げて去って行った。
遠ざかる後ろ姿を、俺は見つめる。たった数日とはいえ、仲間だった者との別れは寂しい気分になる。だが、俺には俺の目的があるのだ、タマゴをサツキに贈るという目的が。
踵を返し、チャマの手綱をしっかりと握る。
さらば、ユイセル。俺はチャマを――。
「ウゴアァアアーン!」
――走らせようとして、やめた。
ん? なんだこの音は? 地響きまでする。
「ウゴアァアアーン!」
後ろからか。眉を寄せて振り向いた俺は……驚いた。
あれは、まさに。
「ウ・ドンだ……」
思わず呟く。少し先に見えるあれは、そう、サツキの故郷の食べ物ウ・ドンだ。
違いといえば、うちの屋敷程の大きさがあるという点と、先っぽにギザギザの歯が並んだ口があるという点か。そしてその巨大ウ・ドンの側には、ユイセルの姿があった。
咆哮しながら巨大ウ・ドンは、ユイセルに向かって大きく口を開ける。ユイセルは逃げようと、チュウチュを全力で走らせていた。
これはマズいな。どうやらかなり危険な邪獣のようだ。
「うーむ……」
俺は唸った。襲われても助ける必要はないというユイセルの言葉に従うなら、ここは見なかった振りをして立ち去らなくてはならない。だが……。
ウ・ドンの巨体がユイセルにのしかかる。
「ユイセル!」
やはり助けるべきだ。
俺は剣を抜き、巨大ウ・ドンに向かっていく。全力で挑めば、おそらく何とかなる。
「ユイセル!」
俺の声に気付いたユイセルが、振り向いて叫んだ。
「馬鹿、来るな! 早く逃げろ!」
「待っていろ、ユイセル。今助け――」
バフッと音がする。俺は目を見開いた。
ユイセルは食べられた。チュウチュごと。
「…………」
しまった、一歩遅かったか。
「ウゴアァアアーン!」
俺は咆哮する邪獣を見上げる。……どうすべきか。
邪獣は強そうで、このままチャマに乗って逃げれば俺は無傷ですむかもしれない。
……いや、駄目だ。俺は騎士なのだ。亡くなったユイセルの弔いをしなくてはならない。
サツキの愛らしい笑顔を思い浮かべ、魔力を剣に込める。ユイセル、仇を討ってやるからな。
チャマに乗って走る俺に気付いたウ・ドンが、鎌首をもたげてこちらを見る。その口元に付いた赤い液体に、怒りと悲しみが溢れる。
「はぁあっ!」
気合と共に、ウ・ドンに剣を振り下ろした。しかし、思ったよりも硬い体に剣が弾かれる。
薄い傷をつけただけか。
俺は舌打ちし、のしかかってくるウ・ドンを、寸でのところで転がり避けた。
大きな体をしているくせに素早い。魔法を使うために魔力を練るが、攻撃されて祈りの言葉が途切れる。剣で攻撃するしかないか。
「サツキ、サツキ、サツキ……」
愛する妻の名を繰り返し呟き、剣に宿す魔力を高める。
「はあっ!」
「グギャア!」
ウ・ドンが吠えた。振り下ろした剣は、先程より深い傷を与えたようだ。同じ箇所を集中して狙えば、いけるかもしれない。
俺はウ・ドンの攻撃を避け、魔力を込めた剣を何度も同じ箇所に振り下りした。そして――。
「サツキー!」
「グギャアアア!」
ウ・ドンは激しい断末魔の声と共に、地面に倒れる。俺は、まだビクビクと動くウ・ドンをもう数回斬ってとどめをさした。
「ユイセル……」
ウ・ドンの体液に塗れ、俺は唇を噛みしめて立ち尽くした。後悔が押し寄せる。
俺が躊躇しなければ助かっていたかもしれない。
「すまない……」
俺は目を閉じる。
さらば友よ。安らかに眠れ――。