続ー13サツキ編 焼き魚成功
朝、目覚めて窓の外を見ると、空が曇っていた。
雨が降るのかな? 体を半分起こした状態でじっと外を見る。すると――。
「サツキ?」
あ、しまった。
「おはよう、お父様お母様」
二人が起きちゃった。今、私は親子三人仲良く川の字で寝て……あ、違った。
「ニャオン!」
うわ、重い! いきなり圧し掛からないでよ!
虎も一緒に、三人と一頭で大きなベッドで寝ているの。
「じゃあ起きましょうか」
お母様に言われて、ベッドから出る。そのままお母様と虎と一緒に隣の衣裳部屋に行き、着替えを始めた。
「お母様、雨が降りそうだよ」
ネグリジェを脱いで、お母様に手伝ってもらってドレスに着替えながら、私は窓の外を見つめる。
「そうね」
お母様が頷いた時、あ、パラパラと雨が降り出した。今日は庭を散歩することが出来ない……ん? そういえば……。
ふと思い出し、私は壁際まで行くと、窓を開けて庭を見下ろした。そして目を見開く。
あ! 虎達が濡れてる!
しまった! 足下でじゃれ付いているこの子以外は、庭で放し飼いだったんだ。私は慌てて虎の背に乗った。
「庭に行って!」
命令すると、虎が走りだす。うーん、賢いなぁ。
「サツキ!」
お母様の声が後ろから聞こえ、衣裳部屋から飛び出してきた私にお父様も驚いていたけど、ごめんなさい、後でね。
振り落とされないようにギュッと虎の毛を掴む。虎は器用にドアを蹴り開けて階段を駆け下り、玄関ホールまで私を連れて行ってくれた。
そこで私は虎から降り、大きな玄関ドアを開ける。
「おいで、虎!」
大きな声で呼ぶと、虎達が一斉に私目がけて走り出した。
良かった、まだあまり濡れてないみたい――なんてホッとしていたら、ああ! 雨がいきなりどしゃ降りに!
「早くおいで!」
虎達を屋敷の中に入れると、ちょうどマチルダとお母様が慌てて駆けてきた。
「サツキ、そんな姿で……」
お母様の言葉に気付く。あ、着替えの途中だった。ドレスがはだけて、これはちょっと恥ずかしい状況だ。
マチルダが私の背後に立ち、背中の紐を結んでくれる。
紐って不便。ファスナーがあれば便利なのに……ってそれどころじゃなかった。
「虎が濡れてるの、布を持ってきて」
振り向いてそう言うと、マチルダが微笑んで足早に立ち去った。
「可哀想に、こんなに濡れて。風邪なんてひかないでね」
「ニャオン」
返事をした虎の頭を撫でる。優秀なメイドのマチルダが早くも布を持ってきてくれたので、それで虎をゴシゴシ拭いた。
「ニャアオ」
「よしよし」
マチルダとお母様も手伝ってくれて、濡れた虎の体を拭く。うん、後は自然乾燥で大丈夫かな?
布をマチルダに渡し、私はホッと息を吐いた。
「サツキ様、朝食になさいますか?」
「うん」
あ、その前に顔を洗わなくちゃ。
「お前達もおいで」
私は虎達を引き連れて洗面所に向かい、洗顔を済ませてから食堂へと行った。
そういえば今日の朝食は、私がリクエストした日本食の筈。うーん、楽しみ。
お父様とお母様と椅子に座ってワクワクしながら待ってたら――来た! 炊きたてご飯! 味噌汁! 沢庵もどき! そして……そして?
私は皿の上に上品に盛られたものを見て眉を寄せる。
……なにこれ? ムニエル? ムニエルだよね。
「…………」
いや、確かに朝食には『焼き魚』を付けてって注文してたけどさあ、これは違うでしょ?
私は思わず立ち上がって叫んだ。
「ヤン! 違ーう!」
緑茶っぽいお茶をカップに注いでいたヤンが、手を止めて首を傾げる。
「……はい?」
「これこれ、違う。焼き魚が違う」
ムニエルを指差して言う私に、ヤンは益々首を傾げた。
分かんないの? 焼き魚といえば……ん?
私はふと、あることに気付いた。そういえば、こっちの世界で塩焼きの魚を食べた記憶がない。もしかしてそういう調理法を知らないとか?
「ヤン、来て」
私はヤンを促して厨房へと向かう。そして私はヤンと、それから何故か付いてきた虎達と共に厨房に立った。
「魚、出して」
「魚ですか? はい」
ヤンが魚を数匹、冷蔵庫から取り出す。
「この、えーと……中のやつ取って」
内臓って何て言うのかなぁ? あ、通じたみたい。ヤンが魚の内臓取り出した。
「塩をパッパ」
「はい」
「えーとそれから……」
棚の中を探すと……あったあった、網! これをコンロに置いてその上に魚を置く。
「火」
「はい」
コンロの下にある薪にヤンが火をつける。
「このまま焼くのですか?」
「うん。これが日本の焼き魚だよ」
ヤンは感心したように唸りながら頷いた。
「そうですか。では出来上がったら食堂に持っていきます」
「うん、お願いね」
私は後をヤンに任せて、虎達を引き連れて食堂に戻る。
あ、お父様もお母様も食べないで待っててくれたんだ。ごめんなさい。
改めていただきますをして魚を待ちつつご飯を食べ、何だかんだいいながらムニエルも食べ、食事も終わりかけぐらいになった時に、やっと焼き魚がやってきた。
うーんいい匂い! これだよこれ! 焼きたて熱々で美味しそう。よし、じゃあ――。
「いただきまー……う!」
背後から漂う妙な気配と息遣いに、焼き魚を食べようとしていた私の動きが止まる。
なんなの、これは?
恐る恐る振り向いてみれば――期待に満ちた、つぶらな十二の瞳!
なんと虎達が、お行儀良くお座りをして涎を垂らしていた。
「まさか……欲しいの?」
私が若干口元を引きつらせて訊くと、虎達が一斉に答えた。
「ニャオン!」
「ニャ!」
「ニャアオ!」
「ニャオー!」
うわ、うるさい!
「分かった分かった、ちょっとだけね」
仕方なく、皿にほぐした身を載せて床に置く。
「待て、お手」
虎達が私に向かって前足を上げた。
「よし、食べていいよ」
許可した途端、小さな皿に群がる虎六頭。あっという間に魚は無くなった。
へー、虎って魚が好きなんだ。あ、あまり食べられなかった虎が、悲しい瞳で私を見つめる。う……仕方ないなぁ。
少しだけ食べて……うん、美味しい! 焼き魚大成功! だけど後は虎にあげた。
私の様子を見ていたお父様とお母様も、自分達の分の焼き魚を虎に与えてくれる。本当に優しいよね、お父様とお母様は。でもそれでも虎達には足りなかったみたい。
上目遣いをしてくる虎達の頭を私は撫でる。もっと大量の魚がないと、虎には足りないよね。
あ、そうだ、いいこと思いついた! 今度外でバーベキューをやろう。沢山の肉と魚を用意してもらって、みんなで食べるの。うん、いいね!
「また今度ね」
お腹いっぱい食べさせてあげるからね、虎達!