続ー12サツキ編 沢山お食べ
ゴキ○リが作中に出ますので、苦手な方はご注意ください。
虎が一頭、虎が二頭、虎が三頭……って、どっから連れて来たのお父様!
ダンパパの一件から、カタヤ家には厳戒態勢がしかれていた。
庭に放し飼いにされた虎が五頭、居間のソファーに座る私の足下にも一頭。コスプレ祭りの時と違って、みんな普通の毛色の虎だけどね。
うーん、トーラでは猫と同じ感覚で虎を飼うのかな? いや、この場合は番犬ならぬ番猫? う、混乱してきた。
「ニャアオ」
甘えた声を出す虎。
「はいはい」
頭を撫でると戯れてくる。こら、甘咬みするな! 痛い!
虎の鳴き声って猫と同じなんだねー、低音だけど。
「あらあら、とても懐いているわね」
向かいに座っているお母様とマチルダが笑う。うーん、喜んでいいのかな、この状況。
テーブルの上には、ティーセットと共に置かれた剣とか弓とか槍とか――。
どんだけ警戒されてんの、ダンパパ!
溜息を吐きながら菓子を一つ手に取る。
「ニャオニャオ!」
ん? 欲しいの? 仕方ないなぁ。
「お座り、座れ」
私が命じると、虎は素直にお座りをした。お? 言うこと聞くじゃない。じゃあこれは?
私は右手を差し出した。
「お手、手」
虎はキョトンとした後、じっと私の手を見て左前足を持ち上げた。
「おお!」
『お手』が出来た! うわ! なんかちょっと可愛く見える。
お菓子を掌の上に載せると、舌で掬ってペロッと食べた。
「よしよし」
虎って頭がいいんだね。色々芸を覚えさせたら面白いかも。……ん? 芸?
芸といえば、なんか忘れている気が……あ、思い出した。
芸術家支援計画!
でも以前、芸術家のタマゴを探すようにマチルダにお願いしたら、『無理です』って言われたんだよね。いい考えだと思ったんだけどな。残念。
なんか他に、いい感じの活動はないかな?
私はうーんと考えながら窓の外を眺める。庭では虎たちが、寝転んだりじゃれあったりして過ごしていた。
凄い光景だなあ。日本じゃありえない……あ、思いついた。私ってば冴えてる。
動物の保護とか自然保護とか、そんなのはどうかな?
将来生まれる子供達(予定)の情操教育にもいいはずだし。うん、いいね。
自然豊かな動物園を作るのもいいかも。虎とその他の動物を放し飼いにする、サファリパーク的なやつね。
「ニャアオ」
ん? なあに?
鳴き声が聞こえたので足下の虎に視線を移すと、左手を持ち上げていた。
これは、もしかしてお手? あ、まだお菓子が欲しいのかな? でも、もうテーブルの上にお菓子は無いよ。
「ニャアオ」
欲しいの? 仕方ないなぁ。じゃあヤンに作ってもらおうか。
私は立ち上がった。
「サツキ、何処へ行くの?」
するとすぐ、お母様が訊いてくる。
「厨房に行ってくる」
私が答えると、マチルダが立ち上がり、短剣を手に取った。
「では一緒に行きます」
ちょっと部屋から出るだけなのに大袈裟だなぁ。
私は虎とマチルダを連れて居間から出て、厨房へと向かった。マチルダは短剣を握りしめて辺りを警戒しながら歩く。なんかその目、怖いよマチルダ。
厨房に着くと、ヤンは夕食の下ごしらえをしていた。
「おや、サツキ様とマチルダ」
にっこり笑うヤンの腰には、長い包丁が下げられている。夫婦揃って物騒だね。
「この子のおやつを作って」
私が言うと、ヤンが首を傾げる。
「この虎の、ですか? サツキ様の分は?」
「虎のだけでいいよ」
「分かりました」
そういえば、コスプレ祭り以降、私の脳内辞書は書き換えられた。以前はチャマ=猫だったのが、今はチャマ=虎になったのだ。日々賢くなってるよ、私!
さっそくヤンが戸棚から小麦粉っぽい粉を取り出す。
私は厨房の隅で、椅子に座って菓子が出来るのを待った。
「楽しみだねー」
「ニャオン!」
よしよし、いい子。頭を撫でてやると、虎はお座りして目を閉じた。気持ちいいのかな?
うっとりしてちょっと口元が緩んでいる虎の姿はなんだか滑稽で――。
「ニャ!?」
「え!?」
うわ! ビックリした。虎が急に目を開けて立ち上がる。
「どうしたの?」
何か気になることでもあったのかなー、と虎の視線を追っていくと……。
カサカサカサ!
「……え?」
カサカサカサカサカサ!
「……はい?」
私は己の目を疑った。視線の先で動くアレは……。
いやいや、異世界まで来てまさか! でも黒光りするあの姿はやっぱり――ゴ、嫌! 恐ろしくてとても言えない!
私は勢いよく立ち上がった。
「嘘でしょ!?」
なんでこっちの世界にもいるの!? しかもでかい! 信じられない、う、気持ち悪い。
私と虎の反応で、ヤンとマチルダもアレの存在に気付く。
ヤンは慌てて戸棚から霧吹きを取り出して、中の液体――たぶん殺虫剤的なものだと思う――を、アレに向かってシュッシュした。
あ、外れた!
マチルダが短剣で斬りかかる……けど外れる。ていうか、短剣で仕留めるなんて無理があるでしょ?
アレは益々スピードを上げ、ああ! こっちに向かってくる!
やだ、なんでこっちに来るの? 逃げろ、私! だけど足が動かない。
そしてアレはなんと、翅を広げて私の顔目がけて飛び上がった。
「う、うぎゃあ!」
嫌ぁ! やめて! ヤン、マチルダ助けて――……え!?
目の前に茶色い影。そして次の瞬間、私は驚きの声を上げた。
「ヒイ!」
ア、アレが仰向け状態で真っ二つになって、床でピクピク動いている。退治したのってもしかして……。
ヤンが駆け寄って、さっきの液体をアレに掛けまくり、虎を褒めた。
「よくやった!」
虎の頭を撫でてから、ヤンは動かなくなったアレを紙で包んで、勝手口から外に持って行く。
「…………」
やっぱ虎がやったの? ……凄い。虎ってアレの退治が出来るんだ。爪で切り裂いたのかな?
虎は『褒めて』って感じで私に頭を擦り付ける。うん、偉い偉い。
私は虎を思い切り撫でてマチルダに命じた。
「マチ、虎の手を綺麗に拭いてあげて」
「はい」
マチルダは濡れた布と石鹸を持ってきて、虎の手をごしごし磨く。
ヤンが戻って来て、上機嫌でお菓子の続きを作り始めた。やっぱ何処の世界でも、アレは嫌われているんだね。
それから暫く待って出来たのは、クッキー。
「ニャオン! ニャオニャオ」
「ちょっと待ってね」
まだ熱いクッキーを、フーフーしてあげてから虎にあげる。
「美味しい?」
「ニャオ!」
「沢山食べていいからね」
「ニャオン!」
いやぁ、ホントにいい子じゃない。私、虎を好きになっちゃったよ。
クッキーを夢中で食べる虎の頭を私は撫でた。