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サツキとダンの新しい世界  作者: 手絞り薬味
続・サツキとダンの新しい世界
73/101

続ー11サツキ編     何でも有りの男

 はぁ……。気分が沈む。

 私はベッドにうつ伏せに寝て、顔を枕に押し付けた。日はとっくに高くまで昇っているんだから、そろそろ起きなくちゃいけないのに……。

 やっぱりダンは、今頃歓楽街で巨乳美女と……ううん、そんなわけないよ!

 私は頭に浮かぶ光景を、首を振って払った。

 真面目な男だもん、そんなことないよ。そんなこと……う、いやいや駄目!ああもう、私ってば昨日からずっと同じこと繰り返してる!

 手足に力を入れ、「えいや!」という掛け声と共に、無理矢理重い体を起こす。

 さ! 元気出していこう! 気持ちを切り替えるんだ、私!

 そうだ、今日は何をしようかな? 最近食べ過ぎだし、ちょっと運動するのもいいかも。うん、そうしよう。

 私は立ち上がると、隣にある衣裳部屋から、以前ダイエットしてた時の服を引っ張りだした。

 よし、今日の目標は庭を五周! 気合入れていこう。

 ネグリジェを勢いよく脱ぎ捨て……ん? あれ? 両肩を出した状態で、私の手が止まる。

 んん? 視界の端に何か映ったような気がする。ベランダに何かいる?

 いやいや、まさか。だってここ二階だよ? あれ? また……。


「…………」


 あ、そうか。鳥、鳥だよね。でも――。

 背中にゾクッと寒気が走る。まさか幽霊とか? 

 そんな馬鹿な。だって今は昼間じゃない。幽霊の活動は夜からと決まってるんだから! 違う違う!


 コンコンコン。


「ヒッ!」

 な、何の音!? 思わず悲鳴が口から飛び出す。


 コンコンコン。


 ま、また音がした! ど、どうしよう、無視していいのかな? でも下手に無視したら逆に呪われたりするかもしれない。

 迷った末に、恐る恐る振り向く。するとそこに――。

「ええ!?」

 な、なんで!? どうして?


 ダンのお父さんが居るの!?


 ど、どうやって二階のベランダまで上がってきたの? 相変わらずチャラチャラとした派手な服装で、しかもめちゃくちゃ笑顔!

 あまりの出来事に唖然としていると、ダンのお父さん――えーと、ダンパパって呼ぼうかな? そのダンパパが窓の鍵の部分を指でトントンと示す。

 え、ええと、『開けて』って言ってるんだよね?

 私は脱ぎかけのネグリジェをもう一度着ると、急いで窓まで行って鍵を開けた。ダンパパが部屋に入ってくる。


「サツキちゃん!」


 うわ! な、何!? いきなり抱擁、ってなんで!?

 ダンパパは苦しいほどの力で私を抱きしめる。

「会いたかったよ」

「は、はあ?」

 力、ちょっと力弱めてよ。

「調味料は役に立ったか? サツキちゃんの為に、俺は危険過ぎる場所を頑張った。もう少しで死んだ」

 え? 死んだ?

「何そ――う!」

 え? ええ? えええ? こ、この感触はもしかして……。


 お尻を撫でられてる!?


 さわさわ、撫で撫で、揉み揉み。

 ……えーと、こういう時、どんなリアクションをすればいいの?

 ただのコミュニケーションにしては生々しい手つきに、驚きすぎてどうしたらいいのか――。


 バターン!!


「きゃあ!」

 え? 今度は何!?

 音がしたドアの方を見ると、そこにはマチルダが箒を持って、鬼のような形相で立っていた。

「マ、マチ!?」

 怖いんですけど、その表情。

「サツキ様! 今助けます!」

 マチルダが箒を振り上げて向かってくる。えええ!? ちょっと、待って! ほ、箒が当たる! その時――。

「おっと、危ない」

 ダンパパが私から離れ、振り下ろされた箒を蹴りで弾き飛ばし、マチルダの手首を掴んだ。

「マチルダ、怒った顔も綺麗だ」

 ダンパパは笑顔でそう言って、マチルダに顔を寄せる。


「…………!」


 え? い、今、何やったの? もしかして……キス!?

 マ、マチルダは人妻なんですけど。実はトーラでは、キスは挨拶とか? と、そこに――。


「マチルダ!」


 あ! ヤンだ! ヤンがやってきた……けど。私の頬が引きつる。

 ヤン、なんで両手に包丁持ってるの?


「離せ!」


 ヤンが叫びながら包丁を投げる。ヒイイ! ちょっ、待っ!

 マチルダがダンパパの手を振り払って私を押し倒し、包丁は私とマチルダのギリギリ上を通ってダンパパの元へ飛んでいく。

 あ、危ない! 当たる!

 しかしダンパパはひらりと包丁を躱して、私にウインクをした。


「またね、サツキちゃん」


 うわ、今かなりやばかったけど、なんでそんなに余裕なの?

 ダンパパがベランダへと軽やかに移動する。するとそこに、今度はバタバタという足音と共に、お父様とお母様がやってきた。


「サツキ!」


 お父様は手にボウガンのようなもの、お母様は槍を持っている。

 ちょっと物騒すぎるよ! なんでみんな、武器なんか持ってくるの!?


「キエー!」


 奇声を発しながら、お母様がダンパパに向かって突進する。ダンパパはそれを躱してベランダの手摺の上に猫のように乗り、お母様に投げキッスをした。


「愛しているよ」


 え? お母様を愛してるの? ダンパパっていったい……。

 ダンパパが「わーははは!」と笑いながら庭へと飛び降りる。お父様がベランダから下に向けて何本も矢を射った。笑い声が遠ざかる――。

 

「……逃げられた」


 悔しそうなお父様の声。

 お、お父様、逃げられた云々よりも、ダンパパは二階から飛び降りたのに大丈夫だったの? 人に向けて矢を放つってオッケーなの?

 お母様とマチルダが呆然とする私を起こし、ヤンが包丁を拾う。

 お母様が私を抱きしめた。


「サツキ! 可哀想に、あの×××!」

 ヤンが包丁を握りしめる。

「くそ! あの×××!」

「サツキにまで手を出すとは、×××め!」

「本当に、×××!」


 ……『×××』ってどういう意味? 絶対いい意味じゃないよね。

 マチルダが唇の端をゴシゴシと手の甲で拭き、ヤンに抱きつく。ヤンがマチルダを強く抱きしめて吐き捨てるように叫んだ。

「奥様とマチルダだけではなく、今度はサツキ様にまで!」

 包丁! ヤン、包丁振り回しちゃ駄目!

 マチルダがお父様に訊いた。

「ミラ様は?」

 あ、『ミラ』ってダンママだよね。

「今こちらに向かっている。彼女が来るまで、女達は一人にならないように」

 お母様が溜息を吐く。

「油断していたわ。サツキは可愛いから……。それにしても、ダンの居ない時に来るなんて!」

「ダン様と本当に親子なのでしょうか、あの×××!」

 お父様が傍に来て、私の頭を撫でた。


「気を付けなさい、サツキ。あの男は危険だ。女はみんな好きな男なんだ。分かったね」


 ……えーと。危険なのは、みんなが手に持っている武器のような気もするけど。

 私は怒涛のごとく起こった出来事と、お父様達の言葉を頭の中で整理する。

 うーん、どういうこと? ダンパパは私のお尻を撫でて、マチルダにキスして、お母様を愛していて、女はみんな好き……ってとんでもない男じゃない!

 ダンパパってもしかして、女なら何でも有りなの? それじゃあ見た目も中身もチャラすぎじゃないの。

 だいたいよく考えたら、息子の彼女の尻撫でる、普通? ありえないんですけど。ううーん、今頃になって、なんだか腹がたってきた。

 あ、そういえば、『またね』って言ってたけど、本当にまた来るのかな? てゆうか、二階から平気で飛び降りるダンパパって……いったい何者?

 お母様に強く抱きしめられながら、私はダンパパが消えたベランダを見つめた。


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