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サツキとダンの新しい世界  作者: 手絞り薬味
続・サツキとダンの新しい世界
72/101

続ー11ダン編      何でも屋の男

 部屋は狭いが、意外にも清潔だった。

 荷物を置いて、宿屋の主人が用意してくれた湯で体を拭く。そしてチャマを連れてもう一度一階に行くと、客はカウンター席にたった一人しかいなかった。

 タアズのことを色々訊こうと思っていたのに、あのならず者達は帰ってしまったのか。仕方ない、カウンターに居る男に訊くか。

 フード付きのマントに短い茶色の髪、使い込まれた長剣。俺より少し年上だろうか?

 そう思いながら近付こうとしたら、男の方から親しげな笑顔を見せ、片手を上げて挨拶をしてきた。


「よう、噂の新人さん」


 噂……?

 俺は男の二つ横の席に座った。

「見てたぜ、たいしたもんだ」

 何のことなのか。

「新人ってのは、まずあの女の見た目に騙され、ノコノコ付いて行って身ぐるみ剥がされるんだが、よく断ったな」

「あの女とは?」

「ヒッジ人の女だよ」

 ああ、あの女のことか。

「まあ美女ではあったが、妻の足下にも及ばないな」

 男が片眉を上げる。

「へえ、あんたの奥さんは、そんなに美人なのか?」

「美人というか、可愛い。可愛くて優しくて気が利く、世界一の女だ。それからケーキをあーんと食べさせてくれ、時に大胆で華奢な体が抱きしめると折れそうで、出来ればもう少し太った方がよいのではないかと思うのだが、たくさん食べるわりにはまったく贅肉がつく気配がない。胸が小さいとよく嘆いているが、俺としては、あれはあれで良いのではないかと思っている。最近少し伸びてきた髪を鬱陶しいと言ってまた切ってしまい、おば様は勿体ないとブツブツ言っていた。まあでも、肩までの髪がサツキには似合っていると俺は思う。本当に可愛くて魅力的な女だ。――ん? どうした?」

 男が何故かポカンとしている。

 どうかしたのかと俺が眉を寄せると、男は首を横に振った。

「……いや、すまない。それより強いんだな。ここに居た奴らを一瞬で片付けてしまうとは驚きだ。あいつら骨が砕けていたかもしれないな」

 何……? 骨が砕けていたかもしれない? いや、ちゃんと手加減したからそんな筈はない。……と思うが、もしかしてほんの少し、魔力が強かったか。

「なかなか手荒い歓迎だったから、少し力が入ったかもしれない」

 男が頷く。

「それがタアズだ。その珍しいチャマも、獣小屋に置いていたら一瞬で盗まれただろう」

 そうなのか。獣小屋に置いてこないで良かった。

 ホッとしつつ、俺は主人に声を掛けた。

「あぁ、主人」

 主人が飛び上がって振り向く。

「はい!? お食事ですか?」

「何か甘い物をくれ」

「あ、甘い物……?」

 俺は頷いて、男に視線を戻した。

「ところで、タアズのことを色々教えてほしいのだが。俺はダン、トーラの騎士だ」

「あ? 騎士なのか。犯罪者には見えないが、騎士とはな。俺はユイセル。まあ、言わば何でも屋だ。で、騎士様が何故わざわざタアズに来た?」

「タマゴを獲りに来た」

 男――ユイセルが目を瞬く。

「……タマゴ?」

「うむ。タマゴだ」

 ユイセルは両手を挙げて、首を横に振った。

「おいおい、力試しでもしたいのか? やめておけ」

「そうはいかない。妻への三ヶ月の目の贈り物なのだからな」

「三ヶ月目の贈り物? あはは、何だそれは」

 ……何故笑う?

 俺が軽く睨むと、ユイセルは笑うのをやめて、俺の顔をじっと見つめた。

「まさか本当なのか?」

「うむ」

「……お前、馬鹿か?」

 馬鹿とはなんだ。初対面だというのに、失礼な奴だ。

「どれだけ危険か分かっているのか? タアズに長く住んでいる者達でさえ、タマゴがあるとされる中心には決して近寄らない。生活していくなら、この辺りで邪獣を狩るだけで十分、いや、それさえ危ないのだぞ。それを証拠に、つい二日前にもこの街のすぐ側で、邪獣に襲われ重症を負った者がいた」

 そうか。俺が簡単にこの街に着けたのは、運がよかっただけなのかもしれないな。しかし――。

「それより、何か注意点やお得情報はないか?」

 ユイセルが眉を寄せる。

「……お前、まったく分かっていないな? たまにいるんだ、お前みたいな奴が。ちょっとくらい強くても、ここでは通用――」


「主人、甘い物はまだだろうか」

「は、はい! 今すぐ」


「――聞いているか?」

 聞いている。だが俺は今、甘い物に飢えている。だからつい、主人になかなか出てこない甘い物を催促してしまった。

 サツキと結婚してから俺は、外でも堂々と甘い菓子を食べるようになった。今考えると、どうしてこんな小さい事で恥ずかしがっていたのか分からない。うむ、サツキと結婚して、俺は一回り大きな人間になったようだ。

 心の中でサツキに感謝していると、目の前に親指ほどの大きさのチョコレートが置かれた。

「……うーむ、他には何か無いか?」

 主人がチョコレートの横に飴を一粒置く。

「……こんなものしかないのか」

「す、すみません」

 仕方ない。贅沢は言っていられないからな。

 俺はチョコレートを口に入れ、ユイセルに再び言う。

「何か情報をくれ」

 ユイセルが鼻を鳴らし、肩を竦めた。

「タダじゃ、な」

「後払いで頼む」

「駄目だ」

 厳しいな。

「そこを何とか頼む」

「無理だ」

「必ず払うから頼む」

「しつこいな」

 顎に手を当ててユイセルは唸る。俺はそんなユイセルを見つめ続けた。

「…………」

 フッと息を吐き、ユイセルはやれやれという感じで首を振った。

「……仕方ないな。じゃあ、途中まで一緒に行くか? 俺もそろそろ邪獣を狩りに行くつもりだったし」

「一緒に行ってくれるのか?」

 それはありがたい。

「ただし、一緒にいる間に手に入った獣石はすべて俺のものだ」

「分かった」

 ユイセルが口角を上げる。

「交渉成立だな。出発は明朝、雨天の場合は中止だ」

「雨天中止? 雨が苦手なのか?」

 俺が首を傾げると、ユイセルが目を見開いた。

「……そんなことも知らずにタアズに来たのか」

 そして大袈裟に溜息を吐く。

 うーむ、少々嫌味なところはあるが、タアズ初心者の俺にはこの男の存在はありがたい。

「宜しく頼む」

 俺はユイセルにそう言って、飴を口に入れた。


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