続ー11ダン編 何でも屋の男
部屋は狭いが、意外にも清潔だった。
荷物を置いて、宿屋の主人が用意してくれた湯で体を拭く。そしてチャマを連れてもう一度一階に行くと、客はカウンター席にたった一人しかいなかった。
タアズのことを色々訊こうと思っていたのに、あのならず者達は帰ってしまったのか。仕方ない、カウンターに居る男に訊くか。
フード付きのマントに短い茶色の髪、使い込まれた長剣。俺より少し年上だろうか?
そう思いながら近付こうとしたら、男の方から親しげな笑顔を見せ、片手を上げて挨拶をしてきた。
「よう、噂の新人さん」
噂……?
俺は男の二つ横の席に座った。
「見てたぜ、たいしたもんだ」
何のことなのか。
「新人ってのは、まずあの女の見た目に騙され、ノコノコ付いて行って身ぐるみ剥がされるんだが、よく断ったな」
「あの女とは?」
「ヒッジ人の女だよ」
ああ、あの女のことか。
「まあ美女ではあったが、妻の足下にも及ばないな」
男が片眉を上げる。
「へえ、あんたの奥さんは、そんなに美人なのか?」
「美人というか、可愛い。可愛くて優しくて気が利く、世界一の女だ。それからケーキをあーんと食べさせてくれ、時に大胆で華奢な体が抱きしめると折れそうで、出来ればもう少し太った方がよいのではないかと思うのだが、たくさん食べるわりにはまったく贅肉がつく気配がない。胸が小さいとよく嘆いているが、俺としては、あれはあれで良いのではないかと思っている。最近少し伸びてきた髪を鬱陶しいと言ってまた切ってしまい、おば様は勿体ないとブツブツ言っていた。まあでも、肩までの髪がサツキには似合っていると俺は思う。本当に可愛くて魅力的な女だ。――ん? どうした?」
男が何故かポカンとしている。
どうかしたのかと俺が眉を寄せると、男は首を横に振った。
「……いや、すまない。それより強いんだな。ここに居た奴らを一瞬で片付けてしまうとは驚きだ。あいつら骨が砕けていたかもしれないな」
何……? 骨が砕けていたかもしれない? いや、ちゃんと手加減したからそんな筈はない。……と思うが、もしかしてほんの少し、魔力が強かったか。
「なかなか手荒い歓迎だったから、少し力が入ったかもしれない」
男が頷く。
「それがタアズだ。その珍しいチャマも、獣小屋に置いていたら一瞬で盗まれただろう」
そうなのか。獣小屋に置いてこないで良かった。
ホッとしつつ、俺は主人に声を掛けた。
「あぁ、主人」
主人が飛び上がって振り向く。
「はい!? お食事ですか?」
「何か甘い物をくれ」
「あ、甘い物……?」
俺は頷いて、男に視線を戻した。
「ところで、タアズのことを色々教えてほしいのだが。俺はダン、トーラの騎士だ」
「あ? 騎士なのか。犯罪者には見えないが、騎士とはな。俺はユイセル。まあ、言わば何でも屋だ。で、騎士様が何故わざわざタアズに来た?」
「タマゴを獲りに来た」
男――ユイセルが目を瞬く。
「……タマゴ?」
「うむ。タマゴだ」
ユイセルは両手を挙げて、首を横に振った。
「おいおい、力試しでもしたいのか? やめておけ」
「そうはいかない。妻への三ヶ月の目の贈り物なのだからな」
「三ヶ月目の贈り物? あはは、何だそれは」
……何故笑う?
俺が軽く睨むと、ユイセルは笑うのをやめて、俺の顔をじっと見つめた。
「まさか本当なのか?」
「うむ」
「……お前、馬鹿か?」
馬鹿とはなんだ。初対面だというのに、失礼な奴だ。
「どれだけ危険か分かっているのか? タアズに長く住んでいる者達でさえ、タマゴがあるとされる中心には決して近寄らない。生活していくなら、この辺りで邪獣を狩るだけで十分、いや、それさえ危ないのだぞ。それを証拠に、つい二日前にもこの街のすぐ側で、邪獣に襲われ重症を負った者がいた」
そうか。俺が簡単にこの街に着けたのは、運がよかっただけなのかもしれないな。しかし――。
「それより、何か注意点やお得情報はないか?」
ユイセルが眉を寄せる。
「……お前、まったく分かっていないな? たまにいるんだ、お前みたいな奴が。ちょっとくらい強くても、ここでは通用――」
「主人、甘い物はまだだろうか」
「は、はい! 今すぐ」
「――聞いているか?」
聞いている。だが俺は今、甘い物に飢えている。だからつい、主人になかなか出てこない甘い物を催促してしまった。
サツキと結婚してから俺は、外でも堂々と甘い菓子を食べるようになった。今考えると、どうしてこんな小さい事で恥ずかしがっていたのか分からない。うむ、サツキと結婚して、俺は一回り大きな人間になったようだ。
心の中でサツキに感謝していると、目の前に親指ほどの大きさのチョコレートが置かれた。
「……うーむ、他には何か無いか?」
主人がチョコレートの横に飴を一粒置く。
「……こんなものしかないのか」
「す、すみません」
仕方ない。贅沢は言っていられないからな。
俺はチョコレートを口に入れ、ユイセルに再び言う。
「何か情報をくれ」
ユイセルが鼻を鳴らし、肩を竦めた。
「タダじゃ、な」
「後払いで頼む」
「駄目だ」
厳しいな。
「そこを何とか頼む」
「無理だ」
「必ず払うから頼む」
「しつこいな」
顎に手を当ててユイセルは唸る。俺はそんなユイセルを見つめ続けた。
「…………」
フッと息を吐き、ユイセルはやれやれという感じで首を振った。
「……仕方ないな。じゃあ、途中まで一緒に行くか? 俺もそろそろ邪獣を狩りに行くつもりだったし」
「一緒に行ってくれるのか?」
それはありがたい。
「ただし、一緒にいる間に手に入った獣石はすべて俺のものだ」
「分かった」
ユイセルが口角を上げる。
「交渉成立だな。出発は明朝、雨天の場合は中止だ」
「雨天中止? 雨が苦手なのか?」
俺が首を傾げると、ユイセルが目を見開いた。
「……そんなことも知らずにタアズに来たのか」
そして大袈裟に溜息を吐く。
うーむ、少々嫌味なところはあるが、タアズ初心者の俺にはこの男の存在はありがたい。
「宜しく頼む」
俺はユイセルにそう言って、飴を口に入れた。