続ー10サツキ編 歓楽街
「はあ、疲れた」
チゲ鍋パワーで元気になった私は、頑張って文字の勉強をしていた……けどもう無理。
ほんっとうにトーラの文字って難しいなぁ。ちょっと休憩。
ベッドに寝転んで、目を閉じる。
ダン、元気かな? ちゃんとご飯、食べてるかな? でっかい剣を持っていったけど、危ない仕事じゃないといいな。
でもまあ、ダンは強いし逞しいし、大丈夫だよね、きっと。
「……はぁ」
ああ、やっぱりちょっと寂しくなってきちゃった。あの逞しい腕に抱かれてかっこいい顔を思う存分愛でたい……。
素敵な彼氏がいるのに会えないって辛いなあ。ダンも手紙くらい書いてくれればいいのに。忙しくてそれどころじゃないのかな?
うーん、でも一言くらい書けるよね。そうだよ、手紙くらい書けるのに何で一通も届かないの? 私がいなくて、寝る時とか寂しい筈だよね。それとも……。
「…………」
あ、いけない。なんだか変な想像しちゃった。ありえない、ありえない。でも……。いやいや、ダンに限って……。
うん、そうだよ。彼女が傍にいないからって、そんなこと――浮気なんてするような人じゃないよ、ダンは。私ってば何を考えてんだろ。
でも……、もし凄い美女に誘われたりしたら?
「…………」
一緒に出張中の同僚とかに、ちょっと遊びに行こうぜとか言われて歓楽街へ。
そこで出会った巨乳美女に誘われ……。
「あぁあー!!」
そんな! いや、でもあり得る! 出張中ぐらいは羽目を外してやろうとか、そういうのあり得るよね!
ダンはいい男だから、その気になれば浮気し放題だよ! でもってダンの魅力に女たちはメロメロに……。
いや、やっぱ駄目。信じてあげなきゃ! ――そうだ!
私は飛び起きて、お父様の元へ行った。
「お父様―!」
突然ドアを蹴って現れた私に、ソファーに座ってお茶を飲んでいたお父様が驚く。
「どうした、サツキ」
「訊きたいことがあるの!」
「うん? 何かな?」
そこで私は、お父様の前に座っていたお母様の方を見た。お母様の前で訊くのはまずいよね。
「ちょっと来て」
私はお父様を引っ張って廊下に行く。
「あらあら、内緒のお話かしら?」
お母様の笑い声が後ろから聞こえる。うう、ごめんなさいお母様。私はお父様の秘密を暴いてしまうかもしれません。
心の中で謝罪してドアを閉め、私はお父様を真剣に見つめた。
「お父様」
「なんだい、サツキ」
「お母様以外の女の人と仲良くしたことある?」
お父様が首を傾げる。えーと、なんて言えばいいのかな?
「お母様に内緒で女の人が沢山いる場所に行って、お母様以外の女の人を見てドキドキしたり、胸を見ちゃったり、キスしちゃったりしたことある?」
「……え!?」
お父様は大きく目を見開いてじっと私を見て、それから豪快に笑った。
「無いよ。お母様が一番素敵だからね」
「本当に?」
不安げな私に、お父様がウインクする。
「ああ。ダンもお父様と一緒の気持ちだよ」
お、おおおー! つまりダンもお父様も浮気はしない!?
「そうだよね!」
うん、そうだよ。ダンがいい男だから、私考えすぎていた。私っていう素敵な彼女がいるのに浮気したりしないよね。
「ありがとう、お父様!」
私はお父様に飛びついて、頬っぺたにチュッとキスをした。
うん、お父様に相談して正解だった。さ、部屋に戻ろう。
私はお父様と別れて、自分の部屋に向かって廊下を歩く。これから何をしようかなー。
すると、前方からヤンが歩いてきた。そうだ、ついでにヤンにも訊いちゃおう。
「ヤン!」
私が呼ぶと、ヤンが走ってくる。
「何ですか? サツキ様」
「あのね、マチに内緒で女の人が沢山いる場所に行って、マチ以外の女の人を見てドキドキしたり、胸を見ちゃったり、キスしちゃったりしたことある?」
「え!?」
無いよね! だってマチルダとヤンは仲良し夫婦なんだから。
ドキドキしながら返事を待っていると――。
「な、何を突然……、そ、そ、そ、そんなこと、あ、あるわけ……」
ヤンがゆっくりと視線を逸らした。
……え?
「…………」
「…………」
何、この重たい空気。どういうこと?
まさか、まさか……!
「失礼します、サツキ様!」
ヤンは猛スピードで走って行く。ちょ、ちょっと待って!
「どういうことよー!」
私の叫びは廊下に虚しく響いた。