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サツキとダンの新しい世界  作者: 手絞り薬味
続・サツキとダンの新しい世界
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続ー8ダン編      シュークリームとの戦い

 昼間はひたすら走り、夜になれば宿屋に泊まる。それを繰り返して三日目の朝――。

 タアズとの境に程近い村の宿屋で朝食を摂っていると、その宿屋の主人が俺の前に座った。


「なあ、悪い事は言わねえから行くのはやめな」


 ……またか。

 昨夜、行き先を訊かれたので『タアズ』と答えたのだが、それから主人はやたら行くのはやめろと俺に言うのだ。

 主人は日に焼けた腕をテーブルに乗せる。

「オレぁな、あんたみたいに自分の力を過信してタアズに旅立った者を山ほど見ているんだ。いいか、その誰もが二度と戻って来なかった。あそこが何故『絶望の地』と呼ばれているか分かっているのか? あんたの目指す中心に向かうに従い、邪獣は強さを増す。今まで見たこともない強い邪獣がわんさか出てくるんだぞ。それに恐ろしいのは邪獣だけじゃねぇ」

 うーむ、何度同じことを言うのだ。もう返事をする気も起こらない。

「タアズは無法者の集まる地。分かっているのか、兄ちゃん」

 分かっている。タアズは何らかの事情で追われる者が逃げ込む地でもある。なぜなら犯罪者がタアズに逃げた場合は、危険なので追わないという決まりがあるからだ。

 タアズに逃げた彼等、あるいは彼女達はタアズの中の所々に街を作り、死と隣り合わせの毎日を送っている。

 危険だが情報の集まる場所でもあるので、俺も行くつもりだ。それより――。


「甘い物は何かないのか?」


 この宿の料理はどれもこれも塩辛い。少しも砂糖の気配がしないのだ。

 すると主人があからさまに嫌な顔をする。

「ああ!? 昨日から何度同じことを訊くんだ。男なら塩だろ!」

「そんなことはない。男が甘い菓子を食べてもおかしくはない」

「そんな甘っちょろい奴がタアズに言っても命を落とすだけだ。帰れ!」

 甘い物が好きだから甘っちょろいなんておかしな理屈だ。

 理不尽極まりないことを言った主人に反論しようとしたその時、客が入ってきた。


「コウ! 飯だ」


 椅子に座りながら言う常連客らしき男達に、主人――コウという名らしい――は怒鳴る。

「うるせえ! 今大事な話の途中だ。そこら辺のもんでも勝手に食ってろ!」

 なんと乱暴な男だ。しかし客たちは慣れているのか、厨房に入ると本当に勝手にいろいろ持ってきて食べ始めた。

 主人が再びこちらを向いて、俺の肩を掴む。

「なぁ、考え直せ。お前はまだ若い。失ってから後悔しても遅いんだ」

 主人の目は真剣で、俺のことを心配してくれているのは分かる、が。

「しかし――」


 ドカァン!!


 ん? なんだ?

 突然聞こえた大きな音と地響きに、俺の言葉は止まった。

 どうも外で何かあったようだ。宿屋の裏の『獣舎』にいるチャマも、激しく咆哮している。

 見に行こうかと思った矢先、ドアが勢いよく開く。


「邪獣だあ!」


 叫び声と共に宿屋に入ってくる人々。

 邪獣が出たのか。それは危険だ。休職中とはいえ騎士として、退治しなくてはならないな。

「あ! おい待て!」

 引き止める主人の言葉は無視して、足下に置いてあった剣を掴んで外へと走る。すると――。

「あれか……!」

 もうもうと上がる砂煙の中、俺の三倍はあろうかという大きな邪獣が宿屋の少し先にいた。


 茶色く丸い甲羅に覆われた体と、そこから出ている短い首と手足、尻尾――まるで巨大なシュークリームのようだ。


 邪獣は咆哮し、素早く回転しながらその鋭い爪で周りのものを切り裂いていく。この地に派遣されている騎士と兵士が剣と槍で立ち向かっているが、硬い甲羅に阻まれて倒せず、それどころか薙ぎ倒されていた。

 こんなに大きくて強そうで美味しそうな邪獣は初めて見た。さすがタアズに近いだけあるな。


「下がって!」


 俺は大きな声で騎士と兵士に言い、邪獣に向かって走りながらサツキを思い浮かべる。

 溢れる力。鞘から抜いた剣に、それを込める。俺に気付いた騎士と兵士が、驚きながらも後ろに下がった。

「ハァア!」

 気合いと共に俺は地を蹴り飛び上がり、そのまま勢いよく邪獣に剣を振り下ろす。


 サクッと斬れる感触。


 思った以上にあっさりと邪獣は真っ二つになり、砂埃を上げて転がった。

 うむ、いい感じだ。剣も、思っていたより手に馴染んでいるな。これならばタアズでも通じるだろう。

 刀身の汚れを払って鞘に収め、俺は二つになった邪獣を見つめる。うーむ、美味しそうだな。だがこれはシュークリームではない。残念だ。

 いつかこれくらい大きなシュークリームを食べてみたいものだと思いながら踵を返すと、目の前に宿屋の主人が唖然とした顔で立っていた。

 ん? と思い周りを見回すと、騎士や兵士、その他大勢も唖然としている。

 主人がゆっくりと俺を指差した。


「あ、あんた……まさか、金の魔法師なのか?」


 ああ、そうか。金の魔力が珍しいから驚いているのか。

 うむ、確かに俺は金の魔法師でもあるが、それだけではない。


「俺は愛の騎士だ」

「……あい?」

「愛」

「愛……」

「愛」

「…………」


 何故無言になる? 俺が眉を寄せると、主人がハッとした。

「愛……は、よく分からんが、とにかく凄い。初めて見た」

 分からない? そうか、まあ仕方ない。俺もサツキと出会うまでは『愛』とは何か知らなかったからな。主人もいつか俺のように愛を見つけることが出来るだろう。それより――。

 俺は近くに居た兵士に話しかける。


「何か、甘い菓子を持っていないか?」


「……は?」

 邪獣をチラリと見て、中途半端な返事をした兵士に視線を戻す。

「出来ればシュークリームが良いのだが」

 ヤンが作ったトロトロのクリームの味を思い出し、思わず垂れてしまった涎を俺は手の甲で拭った。


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