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サツキとダンの新しい世界  作者: 手絞り薬味
続・サツキとダンの新しい世界
62/101

続ー6ダン編      旅立ちの朝

 旅立ちの朝――。


 庭に出た俺は、大剣を背中に背負い、皆に別れの挨拶をした。

「サツキ……」

 愛するサツキを抱きしめる。

「行ってくる」

「うん」

 サツキは小さく頷いた。

 名残惜しいが、俺はサツキから手を離し、おじ様とおば様に視線を移す。

「おじ様、おば様、サツキをお願いします」

 おじ様が無言で頷き、おば様は横を向いてそっと目元を拭った。

 次に俺はマチルダとヤンを見る。

「マチルダ、ヤン」

「分かっております」

「任せてください」

 うむ。この夫婦はカタヤ夫妻同様にサツキを可愛がってくれているから、任せて大丈夫だろう。

 サツキが手に持っていた紙袋を俺に差し出す。

「ダン、これお弁当ね。後で食べるがいい」

「サツキ、ありがとう」

 早朝、ベッドから抜け出して部屋を出て行ったサツキ。いったい何をしていたのかと思っていたのだが、そうか、弁当を作ってくれていたのか。

 健気で可愛くて愛らしいサツキに口付けし、足元に置いてあった鞄に弁当をしまう。その鞄を剣の上に背負い、俺は未練を振り切って歩きだした。

 サツキは何も言わない。きっと声を押し殺して泣いているのだろう。


 愛するサツキ。必ずタマゴを持って帰ってくる。


 心の中で改めて誓いながら俺は門の外に出て、そこで――目を見開いた。

「皆……、どうして……」

 騎士、魔法師、隊長に師団長、第三王子殿下まで居るではないか。

 驚く俺に、騎士と魔法師が口々に言う。


「お前、何考えてるんだ」

「可愛い嫁さん残して死にたいのか?」

「お前がいなくなったら楽しみがなくなるだろう!」

「そうだそうだ!」

「ダン! 行くなよ!」


 ああ……、ありがとう。こんなに心配してくれる仲間がいる俺は幸せ者だ。

 サツキと結婚してから、俺は皆と仲良く出来るようになった。そして愛の騎士となってからは、更に親しまれるようになった。騎士達は俺に、


「愛の騎士、愛の力とやらを見せてくれよ」

「愛の騎士、彼女に会いたいから仕事代わってくれよ」

「愛の騎士、腹減ったから『モゲモゲパン』買って来い。一分以内に買って来れなきゃお仕置きだぞ。いーち、にーい……」


 などと気さくに声を掛け、頼ってくれる。それに魔法師達も、


「愛の騎士、お前は才能があるから、特別に凄い魔法を教えてやる。師団長には内緒だぞ」

「愛の騎士、愛の力で魔力を制御してみせろよ」

「愛の騎士、金貸してくれよ。後で必ず倍にして返すから」


 と、新参者の俺を温かく迎え入れてくれた。

 それどころか今まで話すことのなかった女官や貴族の令嬢からも、


「愛の騎士様、私、好きな人がいるんですけど、この恋は上手くいきますか?」

「愛の騎士様、かっこよくて優しくて背が高くて高収入の彼氏がほしいです」

「愛の騎士様、どうすれば彼の気持ちが私に戻ってきますか?」


 などと話し掛けられ、髪の毛を持っていかれる。

 どうやら俺の髪の毛を御守りとして持っていると、好きな人と両思いになれるという噂が城の女性達の間に流れているようだ。誰だ、変な噂を流したのは。

 それはともかく、俺は集まってくれた皆に感謝を述べた。

「ありがとう。だが愛する妻の為に、俺は行かなくてはならない。必ず戻ってくるから信じてくれ」

「ダン……」

「急に仕事に穴を開けて申し訳ない」

 頭を下げると、皆が俺の体を叩く。

「ダン、馬鹿野郎!」

「死ぬなよ、ダン!」

 痛いほどの力で激励してくれる騎士や魔法師。なんて良い仲間だ。

 感動していると、騎士や魔法師を掻き分けて、師団長が俺の前に立った。


「この馬鹿者が!」


 師団長は、怒りのせいでなのか、プルプルと震えながら俺を怒鳴りつけた。

「まだ制御が六割出来るようになったばかりで、練ることも殆ど出来ないじゃろう! 無謀にも程がある! 行くならせめて魔力が完璧に練れるようになって祈りの言葉も覚えてから行け!」

 うむ。確かに師団長の言うことは一理ある、が。

「それでは三ヶ月目の贈り物に間に合いません」

「贈り物と命、どちらが大事じゃ!」

「一番大切なのは妻です」

「お前は……!」

 カッと目を見開く師団長。

 怒らせてしまったか。しかしこれに関しては俺も譲れない。

 師団長が大きく息を吸い込んで、再び俺を怒鳴りつけようとする。――しかしその肩を、殿下が軽く叩いた

「まあまあ、師団長落ち着いて」

 殿下に言われて師団長が渋々黙り、横にずれる。

 俺の前に立った殿下は、真剣な眼差しで俺を見つめた。

「ダン、必ず生きて帰ってこい。トーラ面白化計画には、お前の存在が不可欠だからな」

「殿下……」

 時期国王である殿下は、トーラをもっと明るく楽しい国にしようと頑張っておられる。うむ。帰ってきたら、殿下のお役に立てるように俺も更に努力しよう。

「あとほら、あれを貸してやろう」

 殿下が指差す先に視線を向けると、そこには結婚式の時にお借りした、色違いのチャマがいた。

 殿下がチャマを呼び、手綱を俺に渡す。

「ありがとうございます、殿下」

 貴重なチャマを貸していただけるとはありがたい。これで、旅が幾分か楽になるだろう。

 横から師団長の溜息が聞こえた。

「よいか、諦めるのも立派な勇気じゃぞ」

「はい」

 諦める気などないが、説教が始まると長いので、素直に頷く。

 隊長が師団長の横に立ち、俺の胸を拳で叩いた。

「待っているぞ」

「隊長……」

 我が儘な部下を許してくれて、ありがとうございます。


「行ってきます」


 俺は敬礼をして踵を返すと、仲間達に見送られ、チャマに乗って旅立った。


※モゲモゲパン……王都で大流行中の、美味さに思わず「モゲー!」と叫んでしまうパン。あまりの美味さに中毒状態になる者が後を絶たず、先日国王が「モゲモゲパンは一日一個まで、叫ぶのは一日五モゲまで」というお触れを出した。

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