続ー5ダン編 心を込めて
屋敷の地下で大剣の柄を握り締め、俺はサツキの愛らしい姿を思い浮かべた。
愛の騎士となった俺ならば、きっとこの剣を上手く扱える筈だ。
「うぉおー!」
金色の光は手から剣へと伝わり、俺は気合と共に力を込める。すると――剣は、軽く頭上まで持ち上がった。
手に入れた……!
思った以上に簡単に手に入った。金の魔力とは強大なものなのだと改めて実感する。
剣を鞘から抜いて振ってみた。うむ、良い感じだ。
魔力を刀身に集めても、砕け散らない。素晴らしい。金色に輝く姿はまさに魔剣だ。
俺は剣を鞘に収めて、魔力を徐々に弱める。金色の光が消えていき、一見魔力を帯びているとは分からないくらいまでになった。持ち歩くにはこれで十分そうだ。
うむ、我ながら力の制御が上手くなった。このことに関しては魔法師団長に感謝だな。
未熟な俺に、師団長は上手な制御法や魔力を練って濃くする方法を教えてくれた。
ただ、練って濃くするというのはまだ完璧に会得出来ていない。
師団長が言うには、魔力をぐるぐるかき混ぜ徐々に力を込めていく感じ……らしいのだが、その加減が難しくて時々暴発してしまうことがあるのだ。
一応俺なりに考えたのだが、これはジャム作りと似ている。
昔よく母さんが作ってくれた。鍋にチェルルの実と砂糖を入れて火にかけ、そしてかき混ぜながら煮詰めていくのだ。
火加減が強いと焦げて食べられなくなり、ちょうど良いと蕩ける程美味いジャムが出来上がる。うむ、よく似ているな。魔力を練るのもジャムを作るのも。
この魔力を練って濃くする作業に神への祈りの言葉を加えたものが、いわゆる『魔法』というものになる。魔法は祈りの言葉の種類によって、さまざまな現象を引き起こすのだ。
さて、では剣を衣装部屋にでも片付けて、サツキの元に行こう。
出発は――明日。暫く帰って来られないことを伝えなければならない。
地下室から出て衣装部屋に剣を置き、広い屋敷内を歩く。
そして厨房の前まで行くと、サツキの後姿が見えた。
「サツ――う!」
愛する妻に駆け寄ろうとした俺の足が止まる。
サツキが持っているものは……もしや『ウ・ドン』なのか!?
「…………」
嫌な思い出しかないのだが、まさか食べろと言うのではないだろうな。
俺に気付いたサツキが振り向く。
「ダン、おかえりなさいまーせねー」
ああ、なんて可愛い笑顔だ。だが今はそれよりサツキの手の中のものが気になる。
「ちょうどウ・ドン美味しいね、出来がいい。食べるね」
……やはりそうか。根性試しをしなければならないのか。
「美味しーねー」
うーむ……、仕方が無い。腹を括ろう。
それに、これくらいのことで根をあげているようでは、明日からの過酷な旅にも耐えられないだろう。
「はい、あーん」
サツキが俺の口元に、ウ・ドンを持ってくる。
「うむ」
俺は気合を入れて、それを口の中に入れた。
いつものように苦く酸っぱく生臭い味が――ん? おかしい。
「…………」
俺はウ・ドンをじっと見た。
今まで食べたものと見た目は同じだが、味が全然違う。これは……。
「美味い」
そう、美味いのだ。これはいったいどうしたのだ? 何が起こったというのだ?
戸惑う俺に、サツキが抱きつく。
「ダン、美味しい本当ね?」
「ああ、美味い」
「嬉しいね」
満面の笑みを浮かべるサツキを抱きしめる。
どうしてウ・ドンが突然美味くなったかは謎だが、そんな疑問も吹き飛ぶ程とにかく可愛いサツキを抱き上げた。
結婚してからサツキは益々可愛くなっていく。
正直に言えば、離れるのは寂しいし心配だが、三ヶ月目の贈り物を調達するためには致し方ない。
「サツキ、話があるんだ」
「何ね?」
サツキが首を傾げる。
「実は、明日から暫く仕事で遠くに行かなければならない」
「え?」
サツキは大きな目を更に大きく開いて不安な表情をした。
ああ、なんて愛しい。慰めるように頬を撫でる。
「早く帰って来られるよう頑張るから、待っていてくれ」
俺がサツキの目をじっと見つめて言うと、サツキも俺をじっと見つめた。
暫くそうして見つめ合う。そしてサツキは小さく頷いた。
「うん、分かるね」
サツキ! 何て物分かりの良い出来た妻だ。
「ありがとう」
必ず生きて、サツキの元に戻る。
「愛している、サツキ」
俺はサツキに心を込めて口付けた。