続-4ダン編 愛の騎士
「こんな早朝にどうしたのだ、師団長。それにダンと一緒とは珍しい」
執務室に入ると、机に向かって仕事をしていた陛下が顔を上げ、長い銀の顎髭を撫でながら訊いてきた。
さすが陛下、もう仕事をなさっていたのか。百歳を越えてなお、国を良くしようという意欲の衰えない方だ。
そして執務室にはトーラの次期国王、サラサラと美しい銀髪の第三王子殿下もいた。
「実は――」
魔法師団長は身振り手振りを加え、昨夜からのことを掻い摘んで話す。陛下と殿下が驚きに目を見開いた。
「急に魔力が? そんなことがありえるのか?」
「そうなのです! ダン」
魔法師団長が魔力を見せろと俺に命令する。はあ、仕方がない。
俺は大きく息を吸い込んで愛を叫んだ。
「サツキー! 愛している!」
途端に溢れる力。全身が輝き、陛下と殿下が絶句した。
「これだけの力があるというのに、魔法師団に来たくないと言うのです。陛下、勅命をください」
何、勅命? そんな、冗談ではない!
俺は慌てて陛下に訴えた。
「嫌です陛下。俺は騎士が好きなのです。魔法師にはなりません」
「陛下! 貴重な魔法師、しかも金の魔力ですぞ!」
陛下は俺と師団長の顔を交互に見て、眉を寄せて唸った。
「うーむ、まさかダンに魔力とは」
顎鬚を扱きながら一度目を閉じ、すぐに開けて陛下が真っ直ぐ師団長を見る。
「魔法師の存在は貴重だ。が、本人が嫌だというなら無理強いは出来ん」
「何故ですか!」
陛下は重々しく言った。
「それは職業選択の自由があるからだ」
うむ、そうだ。さすが陛下だ。トーラでは職業は自ら選んで良いことになっている。
だからこそ、第一王子殿下はその美貌を生かして女性相手に過剰な奉仕をする店を経営しておられるし、第二王子殿下は建築現場で汗水垂らして働いておられる。ちなみにうちの屋敷の改築現場でも、第二王子は活躍されていた。
「ダンは嫌なのだろう?」
「はい陛下。俺は騎士をやめたくはありません。これを見てください」
俺は剣を鞘から抜いて掲げ、魔力を集める。師団長が「こら、やめるんじゃ!」と言いながら俺の腕を慌てて掴んだ。
「おお、剣が魔力を帯びた」
感心する陛下に、俺は頷く。
「俺はこの力で更に立派な騎士を目指したいのです」
「なるほど。そういえばトーラにも昔は『魔法騎士』と呼ばれる者がいたらしい」
「そうなのですか?」
『魔法騎士』か。うむ、良い。ぴったりではないか。
「なんと勿体無い! 陛下、いけませんぞ! ダンは魔法師になるべきです。そもそも力の制御も出来ない者を野放しにするのは危険ですぞ!」
師団長が俺の腕を握り締めて喚く。
「制御は自分で出来るように鍛練するので大丈夫です」
声が大きすぎて耳がキンキンする。いや、それより本当にそろそろ帰りたい。帰ってサツキを抱きしめ、そして――。
パーン!!
突然の音と衝撃。俺はその発生源である自分の右手を見て驚いた。
剣が……柄だけになっていた。
しまった。少々想像しすぎたか。
周りを見回すと、砕けた刃が壁に突き刺さり、その上――。
「陛下……」
陛下の立派だった顎鬚が、短くなっていた。
飛んだ刃で斬れてしまったのだろう。お怪我はないようだが、申し訳ないことをしてしまった。
「馬鹿者! だから言ったじゃろう!」
師団長に怒鳴られ、俺は陛下に深く頭を下げた。
「すみません、陛下」
陛下は短くなった顎鬚を触り、小さく首を振る。
「いや、良い。これは事故であるからな。しかし力の制御は出来るようにしなければならんな」
なんとお優しい。若干涙目になられているのが気になるが、許されて良かった。
「ではダンは魔法師団で――」
師団長の言葉を陛下が手で制す。
「いや、待ちなさい、ダンは嫌がっている」
「陛下!」
「したがってこうしよう」
陛下が机に肘を付いて指を組み、俺を見上げた。
「ダン、騎士団と魔法師団を掛け持ちしなさい」
掛け持ち? それは両方に所属しろということなのか? そんな中途半端な。
唖然とする俺を尻目に陛下は机の引き出しから紙を取り出し、サラサラと何か書かれた。俺は前に進み出て紙を覗き込む。
『ダン・ワーガルを第三騎士団員及び魔法師団員に任命する』
うーむ、掛け持ち決定か……。だが陛下の顎鬚も斬ってしまったことだし、これぐらいは我慢すべきなのかもしれない。
陛下はもう一枚引き出しから紙を出された。
『ダン・ワーガルを魔法師及び魔法騎士と認定する』
認定書か。うむ、サツキへの愛により俺は――そうだ! 良いことを思いついた!
「畏れながら陛下」
陛下が「ん?」と顔を上げる。
「この力は俺と妻の愛の証、愛の力。どうせなら『愛の騎士』と認定していただきたいのです!」
うむ、素晴らしいひらめきだ。愛の騎士とは良い称号ではないか。
「……は?」
あまりの素晴らしさに陛下も驚いておられる。
そしてその時、ブホッと言う音が聞こえたので視線を移すと、部屋の隅で殿下が口元を押さえて肩を震わせていた。青い瞳からポロポロと涙が流れているが、それほどまでに感動してくださったのか。
大きな咳払いが聞こえ、俺は陛下に視線を戻す。
「正気……いや本気か?」
正気? 言い間違えられたのか?
俺は頷く。勿論本気だ。俺とサツキの愛の深さが良く分かる称号だ。
「そうか……。まあ、好きにするが良い」
陛下はペンを持ち、魔法師と魔法騎士の前に『愛の』と付け足してくださった。そして殿下のほうを振り向く。
「式の準備を」
「はい」
殿下が涙を指で拭って返事をした。
「では後ほど謁見の間で会おう」
式か。帰りが遅くなるが、致し方あるまい。
軽く頭を下げて、俺と魔法師団長と殿下は一緒に執務室から出た。
「やれやれ、魔法師と騎士を兼務とはのう」
師団長が不満げに呟く。不満なのは俺もだが、やっていくしかないだろう。
殿下がおれの肩に手を置いた。
「いやダン、前々から凄い奴だと思っていたけど、お前は本当に素晴らしい。愛の騎士……うぷっ、面白いことになりそうだ。速攻で準備するから魔法師団の棟ででも待っていてくれ」
ポンポンと俺の肩を叩いて殿下は足早に去って行く。
相変わらず気さくな方だ。歳が近いからか、よく俺にも話し掛けてくださる。
そして本当に一時間程で殿下はすべての準備を終え、俺は『愛の魔法師及び愛の魔法騎士』、つまりは『愛の騎士』となった。