続ー3サツキ編 確信
朝、私はとんでもない不快感で目が覚めた。
痛い、苦しい……。
眩しさに顔を顰めつつ状況を確認すると、ダンが両腕で私の体をギリギリと締めている。
何で!? やばいよ、息が止まっちゃう。
唯一動く指先で解放を訴えると少しだけ腕が緩められ、ダンが呑気な声で言ってきた。
「おはよう、サツキ」
「おはようじゃない!」
骨が折れる!
「苦しいよ馬鹿! 痛いからあっちに行って!」
必死に叫ぶと、ダンがやっと離れてくれた。あー苦しかった。
そして憤慨しながら体を起こそうとしたんだけど……。う。無理。痛くて動かない。
もう! 何してくれるのよ、馬鹿力!
「待っていろ、すぐに医者を呼んで来る!」
「へ?」
え? 何? お医者さん?
「ちょっと待って!」
あー、行っちゃったよ。医者なんて大袈裟な。
それにどうすんのよ、一晩一緒に過ごしたことがみんなにバレちゃうじゃない。
……着替えよ。もう、恥ずかしい。
痛む体をゆっくりと動かしていると、バタバタと足音が聞こえて、早くもダンが戻ってきた。
あ、よく見たらダンったら下着姿。
「今、みんなが来てくれる」
「え?」
みんな? 嫌な予感がしてドアのほうに視線を向けると――。
「サツキ!」
「サツキ様!」
「サツキちゃん!」
お母様とマチルダとダンのお母さんが駆け込んできた。
うわ! 恥ずかしい! ダンってばもうちょっと考えてよ。
掛け布を引っぱってベッドの中に潜り込むと、お母様が顔を覗き込んでくる。
「サツキ……」
「えっ……と」
目を逸らす。こんな状況お母様に見られたくなかったのに。
「サツキ様、大丈夫ですか?」
「うん……」
私が曖昧に返事をしたその時、ダンのお母さんが厳しい声でダンを呼んだ。
視線を向けると、ダンのお母さんはダンを手招きして目の前に立たせていた。
そして次の瞬間、信じられないものを私は目にする。
「この……馬鹿息子!!」
ダンのお母さんの拳が、ダンの顎を的確に捉える!
ア、アッパー! 実に見事なアッパーカット!
大きなダンの体がよろめき尻餅をつく。私はもうびっくりしすぎて声も出ないよ。
ダンのお母さんはダンの胸ぐらを掴んで立たせ、お母様の前に引き摺り出した。
「しっかり怒ってください」
お母様が苦笑しながらダンを受け取る。
「そうね。ミラさん、サツキをお願い。ダン、行きましょう」
「サツキ!」
私に手を伸ばしてきたダンの背中を、ダンのお母さんは早く行きなさいと言いながら押した。
スゴスゴと部屋から出ていくダン。
「サツキ、ゆっくりしなさい」
お母様が私の額にキスして、マチルダと共に去って行った。
……うーん、なんか凄いというかなんというか。朝っぱらからドタバタで疲れた。なんなのこれは? ダンの馬鹿。
はぁ……。溜息が出ちゃうよ。
ダンのお母さんが椅子をベッド脇に持ってきて座り、そんな私の頭を撫でる。
「ごめんなさいね、うちの男達は本当に……」
そう言いながら、先程アッパーでダンの巨体をダウンさせた人と同一人物とは思えない優しい眼差しで私を見つめた。
「許してあげて」
「はあ、まあ……」
アッパー効いてたみたいだし、ダンの口から赤い液体出てた気もするし、許してあげてもいいけど。
頷いた私にダンのお母さんは笑う。
「ねえ、サツキちゃんとダンのこと教えて。どうやって恋が始まったの?」
え!? 恋!?
やだ、もうダンのお母さんたら、いきなりそんな。私の気持ちお見通し?
「駄目?」
私は首を横に振った。
「駄目じゃない」
そしてダンのお母さんに、ダンとの出会いから現在に至るまでを話した。
「飛んでいった洗濯物を追いかけて、ダンの屋敷に行ったんです。そしたらダンが私に一目惚れして……。翌日からダンは、毎日屋敷に押し掛けてきて、私に愛していると囁いてきました。ダンは私の前では甘えたで、ケーキを食べさせて欲しいと駄々をこねます。服もひとりで着られないし、顔も洗えません。ダンは将来私と結婚したいと大暴れしました。こんな子供みたいなダンの面倒を見ることができるのは私だけです」
うん。多少脚色した感じはあるけど、上手く伝えられた。
「まあ! そうなの?」
ダンのお母さんは目を丸くしている。
うん、そうそう。だから私以外に嫁のなり手はないよ、お義母様!
「サツキちゃん……」
ダンのお母さんが私の手をギュッと握り締める。
「これからもずっとよろしくね。ダンを頼みます」
「はい。任せてください」
よっしゃー! イチコロ!
まあ私のこの状態を見れば、味方せざるを得ないよね。
これでもうダンが何と言おうと、ダンの彼女の座は私のものだよ! そしていつかは結婚する。うん、完璧なシナリオだ。
心の中でにんまり笑っていると、トントンとノックの音が聞こえてマチルダが部屋に入ってきた。手にはトレーを持っている。
「サツキ様、少しだけでも食べられますか?」
マチルダがトレーの上に載っていた皿を私に見せる。あ、スープだ。
「うん」
頷くと、ダンのお母さんがマチルダから皿を受け取り、スプーンでスープを掬ってフウフウしてくれた。
「はい、あーん」
食べさせてくれるの?
「あーん」
大きな口を開けると、ダンのお母さんがスープをそっと舌の上に垂らした。
うん、美味しい! でも……、欲を言えばこういう疲れた時は、うどんが食べたいなぁ。
あつあつのかけうどんがいいけど、それは無理なんだよね。はぁ……。
「どうしたの? サツキちゃん、これは嫌い?」
首を横に振る。
「美味しいけど……、うどんが食べたい」
「うどん?」
ダンのお母さんが首を傾げる。
「私の国の料理。トーラには醤油がないから食べられないんです」
「ショウユ?」
「豆から出来る調味料です」
そう、豆はあるんだから、もう少し私に知識があれば、もしかしたらトーラで醤油が作れたかもしれないのに……。
「豆……」
ダンのお母さんはスープをサイドテーブルに置いて、顎に手を当てた。
ん? 真剣な顔してどうしたんだろう?
「豆で作る調味料……。聞いたことがあるわ」
え!? 嘘!
「私達が今住んでいる場所から更に山をいくつか越えた場所に、変わった調味料があると……」
「…………!」
ほ、本当に? 醤油がある?
「サツキちゃんが欲しいなら、危険過ぎる場所だけど夫に行ってもらいましょう」
「欲しい!」
絶対欲しい!
即答すると、ダンのお母さんは笑って頷いた。
「そう、分かったわ。任せてちょうだい」
やったー! ありがとう、ダンのお母さん!
もしかしたらかけうどんが食べられる日も近いかも!? いや、きっと食べられるに違いない!
妙に確信して、私は拳を握りしめた