続ー2ダン編 封印されし呪われた大剣
「休職願い……?」
三ヶ月目の贈り物が決まった翌日、俺はさっそく隊長の元へ行き、休職願いを提出した。
「はい。お休みをいただきます」
頷く俺を、隊長が眉を寄せて見つめる。
「何故だ?」
「三ヶ月目の贈り物を調達しに行きます」
隊長の眉間の皺が深くなった。
「休職して調達? 何を贈るつもりなのだ?」
うむ。では発表しよう。
「タマゴです」
「……タマゴ?」
隊長が首を傾げる。
「可愛い妻が『芸術的なタマゴ』が欲しいと言っているので」
「…………」
固まった。
そのまま隊長はじっと中空を見つめ、暫くしてから俺に視線を戻し、ゆっくりと口を開いた。
「……まさかダン」
「はい」
うむ、漸く分かったようだ。隊長が厳しい表情で首を振る。
「やめておけ。確かにお前は結婚してから急激に強くなった。だがしかし――」
「もう決めたのです」
やはり反対されたか。だが愛の為に旅立つという俺の決心は変わらない。
「ダン! 三ヶ月目の贈り物に命を賭けてどうする! そんな馬鹿はどこにもいないぞ!」
「ここにいます」
サツキのためなら馬鹿にもなろう。
「待て。そうだ、まず陛下に許可をいただいてから……」
「陛下方、それにみんなには、隊長から言っておいてください」
まだ隊長は何かわめいていたが、聞いていてはきりがないので無視して、踵を返し歩き出した。
長く通った道を早足で屋敷へと戻る。声を掛けてくる人々に軽く挨拶だけを返し、屋敷に辿り着いた。
玄関のドアを開けて中に入り、ちょうど掃除中だったのか、箒を持って歩いていたマチルダを捕まえる。
「サツキは?」
「ダン様、お帰りなさいませ。サツキ様なら厨房にいらっしゃいます」
厨房か。また何か作っているのだろうか?
サツキは貴族の奥様であるのに厨房に気軽に入り、いろいろと作ってくれる。味はともかく、サツキが俺の為に一生懸命なのが嬉しい。……ただしあの料理だけはもう見たくないが。
「そうか。俺が帰ったことは言わないでくれ」
「ダン様……?」
マチルダは何か言いたげな様子だったが、俺は背を向けて廊下を歩き、かつて俺の屋敷があった場所へと行った。
途中、空き部屋からランプを調達し、目的の部屋の前に辿り着く。
一見、何の変哲もないドア――。
だが屋敷を改築する時、俺はおじ様にここだけは決して触れないようにと頼んでいた。
ポケットから鍵を出し、ドアを開ける。
現れたのは地下への階段。ランプに火をともしてその階段を降りていく。すると更にドアがあるので再び鍵を取り出した。
ゆっくりとドアを開けると、漂ってくるかび臭さ。そして狭い空間にあるのは――無造作に床に置かれた剣のみ。俺はその剣の傍らに立つ。
俺の身の丈程もあるこの大剣は、ワーガル家の初代当主が使用していたものだ。重さはチャマと同じくらい、その上癖が強いので非常に扱いが難しい。だが切れ味は抜群によいのだ。
俺が子供の頃一度、父さんがこの剣を使った事がある。いや、『使ってしまった』と言ったほうが良いか。
当時、剣は家宝として居間に飾ってあった。そして父さんは時々初代当主の武勇伝を語ってくれた。大剣を振り回し、山まで割った初代当主の話を、幼い俺はワクワクして聞いていた。
そんなある日、俺は何気なく『あの剣、父さんには使えないの?』と訊いてしまった。幼い子供の無邪気な質問、だがそれがいけなかった。
闘争心に火がついた父さんは、『勿論扱える。父さんならあの空さえも斬れる』と止める母さんの言葉も聞かずに剣を引き摺るように庭に持っていき、鞘から抜いて根性で持ち上げ……。
一瞬で庭は血の海と化した。
父さんはうっかり自分の首を斬ってしまったのだ。
幸い半分程度しか切れていなかったので、すぐに医者が呼ばれてことなきを得たが、母さんはカンカンに怒って父さんをお仕置きした。
うむ、父さんの首が斬れたことより、その後の母さんのお仕置きの方が子供の俺には余程恐ろしかった。
そして散々お仕置きされた後、真剣な表情で父さんはこう言ったのだ。
『いいか、ダン。今まで黙っていたが、実はこの剣は初代当主の怨念が宿っている呪われた剣なのだ。剣は血を欲し、持ち主の命さえも奪う。決して父さんの腕が悪かったわけではないぞ』
きっぱり言い切って、父さんはこの剣を地下に封印した。
母さんも『呪い云々はともかく、重く扱いにくいこの剣を、子供達が触ると危ないわ』と言い、以来、ワーガル家ではこの地下室には近付いてはならないという決まりが出来た。だが……。
俺は片膝を付く。
タマゴを手に入れる為にはこの剣が必要だ。危険な旅になることは予想がつく。普通の剣では太刀打ち出来ない敵もいるかもしれない。
俺は大きく深呼吸をして手を伸ばした。
長い時を経て、ついに大剣の封印は解かれるのだ――。
ギュッと両手で柄を握る。そのまま持ち上げようとしたが、想像以上に重い。
なるほど、これでは父さんも怪我をするわけだ。だが今の俺なら……。
愛するサツキを思い浮かべれば力が溢れる。
全身から立ち上る金色の炎のような揺らめき。
それは愛する妻と共に俺が新しく手に入れたもの。愛が生んだ奇跡。
そう、あれはサツキと迎えた初めての朝ことだった――。