続ー1ダン編 三ヶ月目の贈り物
結婚して早くも二ヶ月目に入った。
サツキは変わることなく可愛く面倒見が良く素敵な女性で、こんな素晴らしいサツキと結婚できて俺は本当に幸せ者だ。だが……。
フゥっと大きな溜息を吐く。
現在、俺は難しい問題に直面している。
サツキは知らないようだが、トーラでは結婚して三ヶ月目を迎える朝に、愛する妻に贈り物をする慣わしがある。その贈り物を何にするか俺は悩んでいるのだ。
宝飾品にしようかとも思ったのだが、高価な宝石を無造作に転がす様子から、どうやらあまり興味がないらしいと分かる。それに宝飾品では平凡すぎる気もする。
迷ったあげく先程サツキにそれとなく訊いてみたら、『愛、欲しいね。結婚する、ずっと一緒約束するか?』と言われた。
ずっと一緒に居たいとはなんとも欲の無いサツキらしい答えではあるが、三ヶ月目の贈り物にはならない。どうするか……。
すやすやとお昼寝中のサツキの頬に口付け、俺はそっと部屋を出る。
カタヤ夫妻に相談してみよう。二人ならサツキの欲しいものが分かるかもしれない。
長い廊下を歩き、カタヤ夫妻が居るであろう部屋へと行く。
ノックをすると返事が返ってきたのでドアを開けた。
部屋にはカタヤ夫妻の他にもマチルダが居て、俺を見たマチルダは微笑んで軽く頭を下げる。おじ様に勧められ、俺はソファーに座った。
「ダン、サツキはどうした?」
「お昼寝中です」
俺がそう答えると、おば様が「あらあら」と口元を抑えて上品に笑う。
「それで? ダンは内緒の相談かしら?」
うむ。何を訊きに来たかおば様は既に分かっているようだな。それならば話は早い。
「三ヶ月目の贈り物が決まらないのです。サツキが欲しがっているものは何かありませんか?」
良い返答を期待して待っていたが、しかしおば様は申し訳なさそうに眉を下げて小さく首を振った。
「あの子は欲の無い子だから……」
うーむ、おば様は心当たりが無いのか。ならばおじ様はと視線を向ければ、こちらも眉を寄せて首を振られてしまった。
困ったな。純粋で無欲なサツキの喜ぶものなどこの世に存在するのだろうか?
「心が籠もっていたら、石ころだって嬉しいものよ」
「それはそうですが……」
だからと言って本当に石ころを贈るわけにもいかないだろう。
どうするべきか、再び思考の泥沼に入り込もうとした時、マチルダが不意に「あ!」と声を上げた。
ん? なんだ?
マチルダに視線が集まる。
「何か知っているの?」
おば様が訊くと、マチルダは俯いて言いにくそうに手をもじもじと動かした。
どうしたのだ? いつもはっきりきっぱりのマチルダがこんなに躊躇うなど、もしかしてとんでもなく高価な品なのだろうか?
だが俺も一応伯爵であるし、はっきり言って金ならそこそこ持っている。国宝が欲しいと言われれば無理だが、それ以外なら大抵のものは手に入る筈だ。
「マチルダ」
おじ様が促すように名前を呼ぶと、マチルダは困った表情で俺を見た。
「今思い出したのですが、以前……ちょうどこの屋敷の完成が間近という頃でしょうか、サツキ様が『芸術的なタマゴ』が欲しいと仰っていました」
「芸術的なタマゴ?」
屋敷の完成が間近な頃といえば、サツキが将来生まれる子供達の教育法について熱心に語っていた頃か。頭の良い多方面で活躍出来る子を育てたいと言っていた。うむ、俺もそう思う。サツキは良き母になるだろうな。
このままサツキの素晴らしさについて語りたい気もするが、だが今はそれよりタマゴのことだ。
芸術的といえば……、考えられるのはアレしかないか。もちろん実物は俺も――というか見たことのある者など現在は存在しないだろうが、あのタマゴの芸術的な色合いは古い文献に残されているから間違いないだろう。
しかし何故サツキがタマゴを欲しがる?
首を傾げていると、おば様が苦笑しながら言った。
「それは無理ね、危険だわ。サツキはきっと冗談で言ったのではないかしら」
うむ、確かに危険だ。だがサツキが冗談でそんなことを言うだろうか? いつも真摯で真っ直ぐで可憐なあのサツキだぞ。
……やはり冗談とは考えにくいだろう。
しかも俺ではなくマチルダにタマゴが欲しいと言ったのも気になる。もし本当に欲しがっているのなら……。
「まさかダン、獲りにいくつもりではないだろうな」
おじ様の声にハッとする。顔を上げると厳しい視線。
「まあ駄目よ! 結婚したばかりだというのにサツキを未亡人にする気なの?」
サツキに悲しい思いをさせるつもりはない。そんなつもりはないが……。
欲しがっているかどうかを抜きにしても、タマゴなら愛するサツキへの贈り物としてこれ以上のものは無いのではないか。
「ダン」
うむ。金では買えない価値があるもの、それを愛の証として贈れば、サツキだってきっと喜ぶ筈だ。
俺はおじ様の目を真っ直ぐ見つめた。
「俺はサツキを愛しています。そのサツキが欲しいというのなら叶えてやりたい」
おば様が慌ててマチルダに訊く。
「ねえ、聞き間違いではないのかしら?」
マチルダが青い顔をして、オロオロと視線を彷徨わせた。
「ダン、タマゴなど獲りに行っては駄目だ。あれはもはや伝説、手に入れた者などもう何百年もいないと言われているではないか」
確かに危険だ。挑戦する者さえ何十年もいない。
「ダン」
だが、それならばなおさら俺は……。
「行きます」
「ダン! 三ヶ月目の贈り物にそこまですることはない!」
そうかもしれない。でも俺は決めたのだ。
「試してみたいのです。俺から溢れるサツキへの愛を」
そう、誰にも負けない愛の力。湧き上がる想い。
大声で叫び、教えたい。あぁ。
俺の愛を――新世界中に轟かせてみたい!
「ダン……!」
大丈夫、俺の愛は何にも負けない。
「必ず生きて帰ります」
その一言でおば様が泣き崩れ、おじ様が怒鳴る。
「馬鹿だお前は!」
そうだ、時に愛は人を馬鹿にする。
サツキ、愛する君に最高の贈り物を用意しよう。
俺は拳を握りしめて立ち上がった。