メィイと気の合う仲間達の新しい世界 前編
うーん、暇だなぁ。
地面にごろごろ寝転びながら、下界を見下ろす。
気の合う仲間とこの世界を創造してからどれだけの年月が経ったっけ?
何百年? 何千年? ……しまった、数えてない。
まあ、長~い年月が経ってるのは間違いないよね。
うーん、暇。
創造したばかりの頃は充実した毎日だったのにな。
そう、まだ神様見習いをしていた私達に、主神はおっしゃった。
「もう、好きにすれば良い……」
いつも怒鳴ってばかりの主神が遠い目をして呟くように――。
「我の世界からできるだけ遠いところに新しい世界でも創って好きに遊べ。ただし、『人』を創るのはやめなさい。それと、他の世界の神々に迷惑をかけないように。分かったな、特にメィイ」
……何故私だけ名指し? おかしいなぁ。何か誤解でもされてる?
でも本来ならあと数万年は見習いやってなきゃいけなかったから、私達は大喜びで主神の気が変わらぬうちにと遠くへ旅立った。
そしてたどり着いた場所で世界の元となる種を蒔き、育った世界に名を付ける。が、そこでいきなり大問題が。
新しい世界の名をどうするかで揉める。
いくら話し合っても決まらず、結局最後はみんな疲れて『もうそのまんま新世界にしちゃおうか……』ってぐだぐだ状態で決定した。
その後、世界の基本方針を決めるのは意外と早かった。
豊かで楽しい世界。でもちょっぴり危険なテイストもあり。
中心付近は遊び場として共用。他世界からこっそり拝借したものは遊び場のみに設置可能。
祝福や知恵は与えすぎない。
向上心の高い強者の為にチャレンジ企画(賞品あり)を用意。
などなど。
それから陣地――それぞれの管理エリアを決める為に『陣地争奪戦 無制限一本勝負』を行い、勝った神から順に好きなだけの陣地を獲得した。
ちなみに私は三位。『癒し』の力はあるけど、一撃で気絶させられたら勝ち目無いよね、くやしいけど。
陣地も決まり、あらゆる生命も誕生させ、時々気に入った『人』に祝福を与えたり知恵を与えたりして、長い年月が過ぎた。
人類はそこそこ進化。全体的にいい感じ。
だけど残念なことに最近はあまり神の力に頼る者が少なくなってきた。尊敬されなくなってきたというか……。それも時代の流れだから仕方ないのかな。
もう一つ残念なのは、せっかく作ったチャレンジ企画に最近挑戦する『人』がいないんだよね。
ちょっと難度が高かったかな? 色々と尾ひれも付いて、最早伝説として語られるのみになってるよ。
昔はもうちょっと骨のある者がいたのにな。あーあ。
暇だなあ……。
何か面白いこと――ん?
あ、事故だ。『チャマ車』同士の正面衝突。乗客は無傷みたい。良かったね。
さて、別の場所でも見てみようか――ん? んん? あれ?
私は天界から身を乗り出し下界をよ~く見る。
馬車の中にいる女の子、魂が抜けている。
あらら、たまにあるんだよね、『器』が大丈夫なのに魂が離脱すること。
大抵は自力で器――体に戻るんだけど、ごく稀に彷徨い始めるドジな魂もいる。
そしてこの魂は……ドジっ子ちゃんだ。
「エメローダ!」
「エメローダ!!」
両親らしき者達が叫んでいる。
早く戻してあげないと、魂の抜けた肉体は長く持たない。
あらゆる生命は『魂』と『器』でできていて、そのどちらかが欠けてもいけない。魂さえ残っていれば転生はできるけど、それはもう別人になってしまうし、転生までは長期間天界での待機が必要となる。
とか言ってる間に、あ、あの子どっか行っちゃう。駄目だったら。
生身の人間に姿が見えないようにして、できるだけ力も抑えて私は下界に降りる。
そして魂に声をかけた。
「こら! えーと、エメローダ? 体に戻りなさい」
魂は振り向いた。長い金髪に大きな青い瞳、フリフリのドレスという姿は肉体を無意識に模しているのだろう。
「さあ、送ってあげるから帰るわよ」
手を差し伸べた私に魂は可愛く微笑み――逃走。
…………。え? 何故?
「待ちなさい!」
魂が振り向く。
「やー! あっかんべー!」
…………。
あの子、まだ子供みたいだし、事の重大さに気づいてないんだ。しかも相当悪がき。
もう、仕方ないなあ。強引に捕獲するか。
左手に力を弱く込めて魂を傷つけないようにそっと――。
「メィイ! こんなところで何やってんだ?」
肩をポンと叩かれ、私は飛び上がった。
「ウヒャア!」
予定外の力が左手から発射される。
「あ……」
少女の魂は――消えた。
いない、いない、どこにもいない!
この世界は捜した。周辺の世界も捜した。消滅はしていない筈。おそらくどこかの世界まで吹き飛ばされたんだと思うけど……何で見つからないの?
異世界間の魂の移動は、予想外の影響をその世界に与える可能性があるから原則禁止なのに。
「もっと遠い世界まで捜しに行って!」
私はエイプに命令する。エイプが端整な顔を顰めた。文句あるの?
そう、この男があの時私を驚かさなければ、こんなことにはなっていなかったのに!
エイプは一緒に新世界を創った仲間で陣地もお隣。昔は一緒に下界に降りたりしていたから、人には恋人同士と噂されていたりする。実際は恋人ではないけど、確かに仲はいいかな?
時々私の元に遊びに来るんだけど、あの時はタイミングが悪すぎた。
「分かったよ」
エイプが翼をバサバサいわせながら去っていく。私ももう一度探しに――行こうとしたら、不意に現れた大きな体の髭もじゃ男、酒の神『シュラーン』が千鳥足でやってきて私に訊いた。
「おいメィイ! 魂は見つかったか?」
「うるさい!」
酒臭い。顔を近づけないでよ。
「俺は『年内に見つかる』に陣地の半分賭けてるんだ。頼むぞ」
「…………」
私がこれだけ苦労しているのに、それを賭けの対象にするなんて。
く……! 覚えていなさい!
私はシュラーンを無視して魂を探しに出掛けた。
そして月日は流れ――。
「メィイ、見つかった」
エイプの言葉に私は驚いた。まさか消滅してしまったのかと焦っていた矢先の出来事だった。
ちなみにシュラーンは陣地の半分以上を失っていた。
「え!? どこで!?」
エイプの服を掴み、私は訊く。
「あ~……。俺達の故郷の世界」
「……え?」
故郷? それは……あそこですか? 何故よりによって?
主神の怒鳴り声を思い出し、私はぞっとした。
「ほら、あれだろ?」
「ホントだ。でも……転生してるね」
「転生しているな」
「…………」
「…………」
絶句。転生――とは本当は少し違う。
うーん、言うなれば『融合』、というか……。
「取り込んだのか?」
それは……言わないでほしかったな。
おそらく、何らかの事情でほぼ消滅していた魂と一つになり転生した。
一見この世界の魂みたいにカモフラージュしているけど、よーく見ると新世界の魂が主だと分かる。魂には創った神の癖みたいなものが出るからね。
「と、とにかく、このことに主神はまだ気づいていないみたいだし、あの子連れてとっとと帰りましょう」
ほんの少し別の魂が混ざっていても、この子は新世界に連れ戻した方がたぶん良い。
私はできるだけ力を抑えて黒髪の少女の前に降り立った。
「見付けた――っていきなり逃げるな離れるな。エメローダ、いえ、もうエメローダでは無いのね。まあいいわ、とにかく一緒に来なさい。その体……は、いいわ、もう『器』ごとで。エメローダ、一緒に行きましょう」
元々のエメローダの肉体はもう無いし、器ごと持って帰っちゃいましょう。
腕を引っ張る。しかし、エメローダはギャーギャー叫んで大暴れした。
そっか、転生時にエメローダの記憶を無くしたのね。嫌って言われてもしょうがないでしょ? 誰が幽霊よ!
「駄目よ。ほら、みんな待っているわ」
泣き落としでもしてみようかと、元両親の声を聞かせてみる。
「エメローダ」
「あぁ、エメローダ」
「あなたの世界はこの世界じゃなくて、ここから遠くにある世界なのよ。今なら特別にその器――体ごと元両親のところに帰してあげるから行きましょう」
早く行くわよ!
「嫌ぁ! やめてやめて! 助けてー! お母さん、お父さん! 嫌だ! 絶対いかない!!」
もう! 仕方ない。力ずくで――。
「おい、見つかった」
「は!? 何!?」
「主神がこっちに来る」
「……何ですって!?」
やばい――怒られる!
私はエメローダから手を離した。
「困ったわ……。どうしましょう」
「とりあえずその子を置いて逃げる」
「そうね」
今はそれしかなさそうだ。
私はエメローダに言った。
「いい? この世界はあなたの世界と違うのよ。あなたはあっちの世界に戻らなくてはならないの」
エメローダはギャーギャー叫ぶ。全然聞いてない……。
「もう、どうしましょう」
「まだ小さいから理解できないんだろ?」
そうか、はあ。
「……仕方ない。また迎えに来るわ。その時は必ず連れて行く。覚えていて、いつかまた、私はあなたを――エメローダを迎えに来るから」
それだけ伝えたら、全力逃走!
暫く必死に走って――うまく撒いた?
はぁ、危機一髪。良かった良かった。
「こらメィイ!」
「ひゃあ!」
嘘! 飛び上がって後ろを振り向くと、う、主神の姿。懐かしき怒り顔。あの子のことバレちゃったかな?
ビクビクする私に、主神は掌を見せた。何?
「盗ったものを返しなさい」
盗ったもの……?
「この世界から何か持って行って遊ぶつもりなのだろう?」
「…………」
あ、誤解してる。そりゃまあ、昔はとても言えないような色々なことをやってたし、そう思われても仕方ないかな?
「メィイ」
「何も持っていませんよ」
「うそは重罪だぞ」
主神、疑い深い。そんなに睨まれても……。
そこでエイプが私と主神の間に割って入った。
「主神、実はメィイは主神に会いに来たのですよ」
え。何それ。
「長い間離れていたら主神の怒鳴り声が恋しくなったって、なあ?」
エイプが振り向いて片目を瞑る。うーん。そういうことにしておくか。
「主神、会いたかったです」
「では何故逃げた?」
「昔の再現です」
「…………」
「会いたかった!」
ギュッと抱きつき主神の胸に頬ずりする。
どうかなぁ、誤魔化せた?
フゥ……っと主神が溜息を吐いて私の頭を撫でた。よし、やった!
「まったくお前は仕方のない子だ。元気にやっていたか?」
「はい。主神は痩せましたね」
忙しいのかな?
「他の世界の迷惑になるようなことはしてないか?」
「はい!」
「まさかと思うが……『人』は創っていないだろうな?」
「……はい?」
主神が私の目を覗き込む。
あれ? そういえば『人』って創っちゃいけないんだったっけ?
なんかそんなことを言われていたような気もする。
「そうだな、いずれお前達が神として成長したと我が認めた暁には、人を創ることも許可してやろう」
…………。
「はい! 嬉しいです!」
し、知―らない。
私は主神に満面の笑みを見せた。