第22話ダン編 愛しい妻
屋敷に帰ってきた。
サツキを抱いてチャマから下りる。
さあ中へ……と思いながらふとサツキを見ると、俯いて袖口でそっと涙を拭っていた。
サツキ……! 俺の胸の中で喜びの涙を流していたのか。
可愛いサツキ。
俺はサツキの手を握り、屋敷の中へと入った。
すぐに現れたマチルダが、カタヤ夫妻と両親が待っている居間へと俺達を案内する。
順序が逆ではあるが、これから両親を正式に紹介するのだ。
しかしその途中、サツキが俺の手を引っ張り、上目遣いをして甘えた声で言う。
「もう……寝るね?」
う……。それは反則だサツキ。
動揺を隠すように、大胆な妻を抱き上げる。
そのまま居間まで行き、マチルダが開けたドアから部屋の中へと入った。
ソファーに座っていたカタヤ夫妻と両親、ニナ夫婦が一斉にこちらを見る。
父さんが立ち上がり、俺達の傍に来た。
我が父ながら……、相変わらず無駄に派手だ。
田舎に行ってもまったく変わらないな――と呆れていたら、父さんが突然サツキに抱きついた。
「サツキに触るな!」
この節操なしが!
俺は渾身の力で父さんを殴り飛ばす。
まったく、油断も隙もない。俺の愛する妻に指一本触れるな。
恥ずかしいから知らぬ振りをしていたが、実は知っているんだぞ。
田舎暮らしに憧れて――何て言いながら、本当は若い女にすぐ手を出す父さんに母さんがぶちギレて、ろくに人のいない辺鄙な田舎に強制連行したことを。
まさかそのまま本格的に住み着くとは思わなかったが、今母さんの選択が正しかったと分かった。
騎士としての父さんを俺は尊敬しているが、一人の男としては最低だ。
母さんもニコニコ笑ってはいるが、心の中は煮えくりかえっているに違いない。後で半殺しにされるがいい。
「ダン、強くなったな」
父さんが殴られた頬を押さえながら立ち上がり、俺の肩に手を置く。
にやけ顔が頭にくるが、こんな男でも父親には違いないのでサツキに紹介する。
「サツキ、俺の父さんだ」
サツキは大きく目を見開いて驚いた。
「ええ!?」
まあ父さんはこんなに派手で胡散臭いから、当然の反応だな。
続いて母さんを紹介する。
「母さんだ」
母さんが立ち上がって優雅に頭を下げた。
うむ。さすが母さん。安心して紹介出来る。
ニナはもう知っているから紹介する必要はないな。
ではソファーに座るかと足を踏み出そうとしたら、サツキが母さんを指差した。
ん? 何だ?
「ダン! ダンのおかさまニナ似てるね! 何でか?」
何故ってそれは……。
「そりゃ親子だから……。でも少し似すぎかしら?」
……ニナ、サツキは俺に訊いているのだ、勝手に答えるな。
さて、ソファーに――痛い。
……サツキ、何故ビンタする。
父さんに触られたことを怒っているのか?
「何ね!」
「何……?」
ん? どういう意味だ?
サツキは父さんを指差した。
「おとさま」
続けて母さんを指差す。
「おかさま」
最後にニナを指差し言った。
「ニナ、家族ね!」
家族……、そうか!
俺はサツキを抱きしめる。
「ああそうだ、家族だ」
本当の両親と死別して犯罪に手を染めていたサツキを暗い世界から救ってくれたカタヤ夫妻――暖かい『家族』。
サツキにとってかけがえのない家族という存在に、俺は勿論、俺の両親やニナ夫婦も加わったと言いたいのだな。
優しいサツキ。そうだ、みんなサツキの家族だ。
華奢なサツキの背中を撫でる。
その時、ニナが驚きの発言をした。
「もう一人いるわよ、ここに」
お腹を愛しげに擦るニナ。まさか――。
リックが赤い顔をしてニナの肩を抱く。
一瞬の間の後、ワッと歓声が上がった。
「おめでとう、ニナ!」
「おめでとう」
両親もカタヤ夫妻も笑顔で祝福の言葉を贈る。
そうか……、ニナもとうとう母親になるのか。
そして俺達ももうすぐ……。
サツキに視線を移すと、キラキラと輝く瞳でニナの腹を見つめていた。
俺の腕から飛び下りて、ニナに駆け寄――ん?
「おめでーとねー!」
「サツキ!」
待て! 祝福の言葉を贈るのはいい。だが何故リックの手を握る!
俺は慌ててサツキを抱き上げた。
ドッと笑いが起こる。何故だ?
「さあ! 乾杯しよう」
おじ様が手を叩きながら大きな声で言う。
う、うむ。そうだな。
気を取り直して俺はソファーに座り、横にサツキを座らせた。
マチルダが俺の前にグラスを置き、父さんがそのグラスに酒を並々と注ぐ。
サツキにはやめた方がよいかと思ったが、おば様が『一杯だけ』とサツキのグラスに酒を注ぐ。
それから二時間程飲み、「そろそろ……」と気を利かせた母さんが言って、お開きとなった。
うむ。では……部屋に行こうか。
サツキは酔いが回ったのか、少しだけ赤い顔をして俺を見上げ呟く。
「大丈夫ね……ダン」
どうした? 不安になったのか?
サツキを安心させる為、頬を撫でてやる。
「大丈夫だ! さあ行けダン! 頑張れ!」
父さんが俺の背中をバシバシ叩いて笑う。
サツキに配慮が足りない父さんは母さんに殴られ強制連行された。
カタヤ夫妻が優しくサツキを抱きしめ、俺達は皆と別れて部屋へと向かう。
途中、サツキは俺達の新しい部屋へ、俺は以前の自室へと行こうとしたら、少しでも俺と離れるのが嫌だとサツキがぐずった。
可愛いサツキ。手の甲に口付け、「また後で」と説得をして別れる。
部屋に入り湯浴みと着替えを済ませると、すぐにマチルダが「サツキ様の準備が整いました」と知らせに来てくれたので、俺は急いでサツキの元へと向かった。
トントン。
ノックをすると、サツキが可愛い声で返事をする。
深呼吸をして、俺はドアノブを握った。