第21話ダン編 誓い
ドアが開かれた途端、ワッと上がった歓声。
素敵な衣装に身を包んだ親族や友人知人が祝いの言葉を一斉に贈ってくれる。
王子殿下も来てくださったようだ。顔面いっぱいに施された化粧が美しい。
マチルダとヤンにニナ夫婦、カタヤ夫妻、隊長とその隣には両親の姿もある。
よかった、さすがに両親も式には来てくれたのだな。
父さんが俺に向かって片目を瞑る。
頑張れと言っているのだな。うむ。了解だ。
サツキの手を引き一歩踏み出すと、人々がサッと左右に分かれて祭壇へと続く道が現れた。
その先で待っているのは大神官。
そして大神官の後ろにある台座の上には、女神『メィイ』の像だ。
癒し手と呼ばれる右手はどんな病も怪我も治す力があると言われていて、医療大国であるトーラでは一番愛されている神だ。
周りには、メィイと共に我々が生きるこの『新世界』を創造した神々の像がある。
さすが最古の神殿、実に精巧な像だ。
像はたくさんあり、俺には名の分からぬ神もたくさんいる。昔サツキが教えてくれた『ゲイニン』という神の像もきっとあるのだろう。
トーラでは創造記念日には神々の姿を真似る風習があるので、サツキにはメィイの衣装、俺にはメィイと恋仲だと噂されるエイプの衣装をカタヤ夫妻は用意してくれた。何から何までありがたい。
さあ、大神官の元へ。
ところが、歩きだそうとしたらサツキが俺を呼び止めた。
「ダン……!」
見上げてくるサツキの瞳がキラキラと輝く。
そうか、気付いたのだな。
これが俺達の結婚式だと――。
サツキの頬を愛しい気持ちを込めて撫でる。
「幸せになろう」
はにかみ俯くサツキを連れて大神官の前へ。
大神官はすべてを包み込むような笑顔で、誓いの歌を歌い始めた。
あなたは一生この者を愛しますか?
やがて命が燃え尽きるその日まで、支えあいながら心楽しく生きて行けますか?
式に来てくれた人々も歌い、祝福の踊りを始める。
さあ! その愛を示せ!
俺は大きな声で誓った。
「はい、一生愛します」
次はサツキが誓う番だ。
しかし、サツキは黙ったまま周りをキョロキョロと見ている。
どうしたというのだ? まさか結婚が嫌になったとでも……。
そこで俺はハッと気付いた。
トーラ人でないサツキは結婚式のしきたりを知らないのだ。
これは迂濶だった。
俺は小声でサツキに教えた。
「サツキ、誓いを」
サツキが俺を見上げて首を傾げる。 通じてないのか?
「サツキ――」
もう一度言おうとした時、サツキが大神官に向かって力強く誓いを述べた。
「はい!」
この瞬間、俺とサツキは夫婦となった。
ああ! 愛しい妻よ!
周りの人々が歓声を上げる。
そして――そうだ、のんびり感動していてはいけない。
「サツキ!」
俺はサツキを抱き上げて走りだす。
皆は逃げる俺達に向かい花の種を投げ付けた。
あらゆる困難を二人は乗り越え進み、通り過ぎた後にはやがて花が咲き実がなる――。
夫婦となった者達への祝福と教訓が籠められた儀式だ。
神殿から出て、待っていたチャマに乗る。
走りだすチャマ。
少し走って誰も追い掛けて来ないことを確認し、俺は速度を落とした。
「サツキ、大丈夫か?」
驚いているサツキの背中を撫でる。
「う、うん。これでも――」
サツキが何か言い掛けた時、体にまたもや種が当たる感触。
まさかまだ誰か追い掛けて来ているのかと顔を上げると――父さん……。
ウー国の国獣であるラビに乗った父さんは、満面の笑みで俺達に種を投げ付ける。
少々はしゃぎ過ぎで恥ずかしい。
俺は速度を上げた。
「ぎゃあー!」
悲鳴を上げるサツキをしっかりと抱きしめる。
父さんを引き離してどんどん走り繁華街に近付くと、あぁ、始まっているな、賑やかな音楽が聞こえ始めた。
速度を落として止まり、チャマから下りる。
通りにいた人々が俺達をワッと取り囲み手を引く。そして……。
新世界の誕生日と俺達の結婚を祝う踊りが始まる。
あちこちから聞こえる「おめでとう」の声。
こんなに沢山の人に祝ってもらって、俺達はなんて幸せ者なのだ。
見てくれ! こんなに可愛いサツキが俺の妻だ。
感動と誇らしい気持ちで胸がいっぱいになる。
神殿にいた人々もやって来て、皆で踊る。
そして踊りの後は大宴会だ。
華奢なサツキを心配した人々が、料理を次々運んでくる。
若い女の子達は幸運を分けてもらおうと、俺やサツキを触る。
俺が羽根やサツキの身に着けている装飾品をあげると、大喜びで感謝の踊りを踊った。
トーラでは、式を終えた夫婦が身に着けている物を貰うと、幸せな結婚が出来ると言い伝えられている。
特にコケコの羽根は珍しいので皆嬉しそうだ。
そうして夜になるまで大騒ぎして、祭りはお開きとなった。
城が鐘を鳴らしながら殿下を迎えに来る。
殿下は俺の耳元で「頑張れよ」と囁き城に帰った。……うむ。
さて、俺達も帰るか。
チャマに乗り、屋敷に向かう。
すぐに甘えて凭れてくるサツキ。
なんて可愛い……!
この華奢で可愛いサツキを俺は一生愛し、守っていく。
サツキを後ろから抱きしめ、俺は喜びを噛みしめた。