第15話ダン編 可愛い婚約者
朝、目が覚めた俺は、まず時計を見た。
五時か……。起きなければならないな。
ベッドから下りて、勤務に備えて軽く体をほぐす。
しっかり準備をしておかないと、いざという時に動けなかったり怪我をする恐れがあるので、これは騎士になってからの習慣となっていた。
三十分程柔軟体操などをしていると、廊下からパタパタと小さな足音が聞こえてくる。
来たか――。
急いでベッドに戻って掛け布に包まると、足音が部屋の前で止まり、次いでノック無しでガチャッとドアが開いた。
「こらぁ! 起きるね!」
サツキのちょっと怒ったような声がこちらに向かって来る。
「起きるね、朝よ。仕事遅くなるね」
サツキがベッドの上に乗り、俺をバシバシと叩く。
それでもまだ寝た振りをしていると、「起きる言うね!」という言葉と共にドンッと衝撃が走った。
「おはよう、サツキ」
そこでようやく目を開ける。
サツキは俺の腹の上に跨って頬を膨らませていた。
ああ、今日もなんて可愛いのだ……!
この俺を起こす時の子供っぽい行動や表情があまりにも可愛くて、ついつい寝た振りをしてしまう。
俺はサツキの小さな手を取り、その甲に口付けた。
本当は頬や唇に口付けたいのだが、まだ結婚していないのにそこまでするのは早いから我慢だ。
「ほら、着替えるね」
ベッドから下りたサツキが、サイドテーブルの上に準備してあった騎士の制服を俺に渡して後ろを向く。
サツキは俺が着替えている間も部屋を出て行かない。
いや、最初の二日は部屋の外で待っていてくれたのだ。
しかし、着替えが終わらないうちに再び部屋に入って来て更に『遅い』と怒られ、それ以降こうして背を向けるだけになった。
そんな事を思い出しながら俺が着替え終わった直後、サツキが振り向く。
サツキは眉を顰めて手で俺にしゃがむように指示した。
素直にしゃがむと、襟を整えたり裾を引っ張ったりしてくれる。
そして俺の手を握り、洗面所へと導くのだ。
「顔、洗うね」
桶に入っている水で顔を洗うと、もう一度しゃがむように指示され、サツキが俺の顔を拭いて髪を梳かしてくれる。
そんな事くらい自分で出来るのだが、サツキが甲斐甲斐しく面倒をみてくれるので、せっかくなのでやってもらっている。
こんなに優しくて面倒見の良いサツキと結婚出来るなんて、俺はなんて運が良いのだろう。
その後食堂に移動して朝食を食べ、食後のお茶とデザートになった頃、大勢の職人が屋敷にやって来た。
サツキの想いを受け止めたあの日、俺達の報告を聞いたカタヤ夫妻はとても喜んでくれた。
すぐに職人を呼んで工事を開始させ、俺も城に行って頼んでいた宿舎を断り、隊長に婚約の報告をした。
隊長は『そんな相手が居たのか』と非常に驚いていたが、すぐに破顔して祝福してくれた。
新しい屋敷が完成したら、婚約披露をして結婚式の内容を決めて……そうだ、両親にも来てもらわなくてはならないな。
今後の事を考えながらケーキを食べていたが、ふと気付いて時計をみれば、もう出勤時間になっていた。
残っているケーキを食べて立ち上がる俺に合わせ、サツキも立ち上がった。
手を繋いでもう一度洗面所に行くと、サツキが歯ブラシに歯みがき粉を付けて渡してくれる。
歯を磨き終え、サツキが身だしなみの最終確認をして頷いたら、玄関までまた手を繋いで行った。
「いってらっしゃいませ」
サツキが小さく手を振る。
ああ、別れるのは辛いけど、サツキの為にも頑張ってくるよ。
手を取り甲に口付けて、サツキに背を向ける。
振り向きたい気持ちをこらえて俺は城に向かった。