第12話ダン編 とんでもない勘違い
サツキ、なかなか来ないな。
いつも俺がこうして客間で待っているとすぐ来るのに、どうしたのか。
少々心配になりマチルダを呼ぼうかと立ち上がろうとした時、ドアが開いてサツキが入って来た。
ん? サツキが何故かフラフラしている。
「サツキ」
声を掛けるとサツキは力なく俺に右手を振りソファーに寝転んだ……と思ったら、すぐに寝息が聞こえる。
眠かったのか。もしかして昼寝中だったのかもしれない。
それにしても……。
サツキ、なんて無防備な寝姿だ。
余程眠かったのか。起こすのは可哀想だな。
サツキの顔は実に幸せそうで、見ていると暖かい気持ちになってくる。
少し開いた口も小さな鼾も、なんて愛らしい――愛らしい!?
な! え! お、おお、おおお俺は何を!?
自分の考えていた事に愕然としてサツキから目を逸らす。
そんな、愛らしいなんて。俺は少し疲れているのどろうか? いや、でも、これは……。
視線を戻すと――幸せそうな寝顔。
やはりこれは……。
トントントン。
突然聞こえたノックに、俺は驚いてビクリとした。
ドアが開いて入って来たのはカタヤ夫妻とマチルダだ。
カタヤの当主は手に筒状に丸めた大きな紙を持っている。
「こんにちは、ダン」
カタヤ夫人がにこやかに挨拶してきたので、おれも軽く頭を下げて挨拶を返した。
「こ、こんにちは、カタヤ夫人」
「あらダン、『カタヤ夫人』だなんて堅苦しい。昔のように『おじ様・おば様』って呼んでくれて構わないのよ。いえ、違うわ『お義父様・お義母』ね。ねえ、あなた」
……お義父様、お義母? どういう意味だ?
「まだ早い。『おじ様』と呼びなさい」
おじ様……、確かに子供の頃はそう呼んでいたが……。
「分かったか、ダン」
「はあ……」
正直よく分からないが、カタヤの当主がそういうのなら、おじ様・おば様と呼ぼう。
「あら、サツキは寝ているの?」
「え? はい」
カタヤ夫人……いや、おば様はサツキに近付き肩を揺さ振る。
「サツキ、起きて」
「う……、まだ眠いねぇ、おかさま」
子供のようにあどけなく、舌足らずな感じでぐずるサツキ。
なんて可愛――違う! いや、違わないが、そうではなくて!
う。落ち着け自分。
「まあ、サツキったら」
おば様がクスクスと笑うと、サツキが大きな欠伸をして目を擦りながら体を起こした。
まだ寝ぼけている様子でボーと部屋の中をみまわして、サツキはもう一度大きな欠伸をした。
「サツキ、ダン、見てくれ」
サツキが起きた事を確認し、おじ様は手に持っていた大きな紙をテーブルに広げた。
これは、図面?
「これが新しい屋敷だ」
ほお、屋敷を建て直すのか。
それにしてもこれは大きすぎないか? 敷地内にこの建物が入るのだろうか?
そう疑問を感じていると、おじ様が衝撃的な言葉を口にした。
「ダンの屋敷とこの屋敷を繋ぎ」
「なに!?」
「え……?」
サツキと俺が同時に声をあげる。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 何故ここで俺の屋敷が出てくるのですか?」
「ダンの両親と、話はついている」
「両親が!?」
どういう事だ! 両親が!?
つまりはカタヤに屋敷を売ったのか!?
あの親、何て勝手な事をしてくれるのだ!
「何よりサツキの出した考えだぞ。嫌なのか?」
「サツキが!?」
な、何故サツキが!?
うちを欲しがったのか、サツキが!
カタヤの屋敷はうちより大きいのに、まだ更に大きな屋敷に住みたいと言うのか!?
「いや、しかしこれは――」
ドンッ!!
おじ様が拳でテーブルを叩く。
「ダンは我々から、夢も希望も奪う気か!」
え……、夢と希望?
俺を睨み付け、肩で息をするおじ様。
な、何故俺が怒られなければならない?
「おとさま、夢?」
「ああそうだ! 大きな屋敷にして一緒に住もう!」
サツキもおじ様も建て直す気満々なのだな。
どうすれば良いのか……。諦めて騎士の宿舎にでも住むか?
いや、冷静になるんだ。
まだ口約束のみで契約を交わしていないかもしれない。そうだ、その可能性はある。
「あの――」
「ダン」
おじ様に確認しようとした時、いつの間に近付いていたのか、俺の前に立ったおば様が困ったような顔で話しかけてきた。
「ダン、私達の気持ちも考えてくれない?」
「気持ち……?」
それならば、いきなり両親に住みかを売り飛ばされた俺の気持ちも考えて欲しい。
「いくら隣とはいえ、可愛い娘がいなくなるのは辛いわ」
…………。
ん? なんの話だ?
「娘がいなくなる?」
娘とはサツキの事だろう? それと今話している事と、どういう繋がりがあるのだ?
しかもサツキがいなくなるとは、どういう意味だ。
「確かに新婚生活をサツキと二人でというあなたの気持ちも分かるけど」
…………。
なんだって? 新婚生活? サツキが、誰と?
「屋敷を一つにして、あなたとサツキが結婚しても一緒に住みたいの」
あなたとサツキ……?
……『あなた』とは……俺だな。
あなた――つまり俺とサツキが?
結婚しても。
俺とサツキが……結婚しても。
俺とサツキが――結婚!?
「えええぇえー!!」
「な、なななななにを!?」
言っているのだ!
冗談か? 冗談なのだな!
しかしおじ様もおば様も真剣な表情だ。
「ダン?」
これはまさか、とんでもない勘違いをされているのではないか!?
「サツキ大変だ、お、俺達がけけけ結婚と!」
「大変だね」
「大変だ!」
誤解をとかねばならない。
そんな焦る俺の肩をおじ様がグッと掴む。
「いいだろう、ダン」
「駄目です!」
「な!?」
俺が即答すると、おじ様は信じられないという表情で後ろによろめいた。
「違います! サツキと俺はそんな関係ではないのです!」
俺達は友人で、それに……それにサツキには好きな人がいるんだ!
「今更なにを! まさかダン、遊びだったのではないだろうな!」
え!? そんな、『遊び』だなんてそんな訳ないだろう!
サツキはこんなに可愛くて優しくて愛らしくて……いやいや俺は何を言っているのだ!
「いや、だから……!」
どう説明すれば良いのか。
俺はサツキを見た。
「…………」
「…………」
怒っている、サツキが。
眉を寄せ、俺を睨み付けている。
それはそうだろう。サツキには好きな人がいるのだから、俺なんかと誤解されたら不機嫌にもなるだろう。
でも……いや、何を考えているのだ俺は!
「すまない! サツキ!」
おじ様の手を引き剥がし、俺は走った。
「ダン、待ってちょうだい!」
おば様の声が聞こえたが、止まる事も振り返る事もできない。
サツキ……俺は……!
乱暴にドアを開け、庭を走り、俺は自分の屋敷に逃げるように戻った。