第10話サツキ編 どうなってんの?
朝っぱらからまた来た。
しかも寝てる。宿直帰りか。
客間のソファーで鼾をかいて寝ているダン。
いや、もう、本当に、ダンの頭の中はどうなっているのかな?
何度追い返しても来るんだから、もう!
「起きて」
「う……」
「『う』じゃない!」
頬をペチペチと叩くと、ダンは薄く目を開いた。
「眠い……」
「じゃあ自分の屋敷に帰って寝なよ」
隣なんだからさあ、って言ってる尻からまた鼾?
「ちょっとダン!」
寝るな!
「駄目だ……、眠い……動けない……」
動けない? なに甘ったれてんの?
「ダン!」
もう一度頬をペチペチってしたら、あ! ダンに右手首を掴まれた。
「ダン! こら、離して」
馬鹿力!
「昨夜は……、大変だった」
ダンは目を瞑ったまま語りだした。
「なによ!?」
知らないよ、そんな事。それより離してよ!
「城の外の見回りをしていたら……、急に周りの火が消え……」
だから何よ!
「暗闇の中……、何かが……俺の背中を……」
だから…………、ん? んん? ちょっと待って。ダンはいったい何の話をしてるの?
急に火が消えた? 背中を、なに?
「俺は大声で仲間に助けを求めた……」
いやいやだから、背中を、なに? 助けを求めた?
…………。
それってそれって、もしかして。
「近くに居る筈なのに……、何故か誰も来ない」
「ダン! まさか!」
それは禁断の――。
『本当にあった怖い話』ってやつ!?
あぁあああー!!
一気に体に寒気が走る!
私、私、駄目なんだよ! 怖い話大嫌い!
夜一人じゃ眠れなくなる! いや、それどころかお風呂もトイレも怖くて行けない。
想像しちゃうの、便器の中から手が出てきたりするところ!
赤い紙いるかって? いらないよー! そんなもの貰うくらいなら拭かずに我慢する!
「必死に……見えない敵と戦っていると……、ぼおっ……と火が浮かび上がり……、驚いて見ると……そこには……」
「やめてよ! ちょっと、ダン!」
ヒィイ! 駄目! ホントに、それ以上言わないで!
左手で服を掴んで必死に揺さ振ると、ダンは眉を寄せて目を開けた。
「……サツキ?」
「ダン! なんでこんな――」
バッターン!!
「きゃああ!!」
な、な、なにこの音!?
思わずダンにしがみ付いて音のした方を見ると……。
「え? お父様?」
全開にされたドアと、床に跪き呆然としているお父様。その後ろにはお母様とマチルダが立っていた。
お父様は私と目が合うと立ち上がり、老人とは思えない見事なフォームで走り去った。
「え? え?」
どうしたの、お父様?
ていうか、みんな揃ってなにしてんの?
唖然としていると、お母様が頬に手を当てて困ったような表情で笑った。
「まあまあ。気持ちは分かるけど、ちょっと早いでしょう? それは」
「お母様?」
「用意しないとね。ああ、忙しくなるわ」
お母様はブツブツと呟きながら立ち去り、マチルダがニッコリ笑ってそっとドアを閉めた。
え……、なに?
なにが――。
「どうなっているのだ?」
聞こえた声に顔を上げると、ダンが眉を寄せて私を見ていた。
「……分かんない」
怖い話も吹き飛んだよ。うん、いやまあ、それは良かったけど。
なにがなんだかさっぱり分からない。
私達は首を傾げ、閉じられたドアを見つめた。