第9話サツキ編 お馬鹿!
唖然!!
もうもう、とにかく唖然だよ!
あーんな事があった翌日の早朝から平気な顔してうちに来るなんて、ちょっと頭おかしいんじゃない?
私は息をスウッと吸い込みダンに命じた。
「正座!!」
「……せいざ?」
ん? あ、そうか。知らないんだ、正座。
私は床を指差し、首を傾げているダンにもう一度命じた。
「お座り!」
するとダンは一瞬キョトンとして、床の上に胡坐をかいて座った。
「違ーう!!」
そうじゃない!
私はドレスの裾を捲って足を出し、その場に正座して見せた。
「こう! こうやって座るの!」
「…………!」
ダンが目を見開き、横を向く。
なに? その態度!
「ダン、こっち見て!」
「サツキ……、足が……その……」
はあ? 足がどうしたって?
「ダン! こっち見て」
「う……」
ダンがぎこちない動きで振り向き私を見る。
「こうやって座って!」
「う? うむ……」
ダンは頷き、ようやく私を真似て正座をした。
まったくもう! 正座一つで何分掛かってんのよ。
「日本では、悪い事した者は、正座して反省するの!」
「……うむ」
私は正座するダンの正面に椅子を置いて座り、腕を組んだ。
「何考えてるの? 昨日あんな事があったのに」
私がそう言うと、ダンは背中を丸めて眉を下げ、上目遣いをしてきた。
「ごめん」
「『ごめん』じゃない!」
「ごめん」
聞いてるの? 人の話!
「なんなの? あの女は!」
「ごめん」
「ちょっと胸が大きいからって、なによ!」
「ごめん」
ごめんしか言えないの!?
最低。もう本当に最低。馬鹿馬鹿馬鹿!
「……もうここには来ないで」
だいたい甘いお菓子が食べたいなら、彼女に買って来てもらうか作ってもらうかすればいいじゃない。
「ええ!? そんな、サツキ!」
「そんな目をしても駄目!」
捨てられた子犬か!
ダンは両手を床に付き、縋るような目で私を見た。
「ごめん。二度迷惑を掛けない。ニナにはちゃんと言っておく」
ニナ? ああ、彼女の名前か。
「駄目。さよなら」
「サツキ!」
「帰って!」
私はビシッとドアを指差した。
「サツキ……」
だから、その目はやめてってば。
「帰って! 帰って!!」
「…………」
ダンは溜息を吐いて、床から手を離した。
帰る気になったんだ。フンだ! さようなら!
そして、片膝付くような格好から立ち上が……らない?
ダンが戸惑ったように自分の足を見る。
ん? なによ。
「早く帰って」
「う……、うむ」
ダンは頷き、勢いよく立ち上が――。
バターン!!
……こけた。
受け身をとって、綺麗にこけた。
ダンは足を押さえ、眉を顰めている。
そこでようやく私は気付いた。
足が痺れてるんだ……。
あんな僅かな時間正座しただけで痺れて動けなくなるなんて、情けない。
あーあーもう! 仕方ないなあ!
私は立ち上がり、ダンの足を思い切り踏みつけた。
「ああー! サツキ!!」
うわ。大袈裟。
痺れた時は、こうするのが一番なんだよ。痛みで痺れなんて吹き飛ぶからね。
もう一度足を上げて――。
「サツキ!」
「きゃあ!?」
な、なにすんの!?
ダンが私の足首を掴んだ! 私はバランスを崩してダンの上に倒れる。
「ダン! 馬鹿馬鹿馬鹿!!」
ほんっっと、怒ったからね!
身体を起こしてダンに馬乗りになり、制裁を加えようと拳を振り上げた時――。
コンコン、ガチャ。
「サツキさ……」
ドアが開いてマチルダが現れた。
マチルダは私達を見ると目を見開き、そして何故か笑顔になった。
「お客様なのですがお取り込み中のようですし、別室で待っていただきましょうか?」
お客様? 私に?
と訊く前に、マチルダを押し退けて顔を覗かせた人物――。
「ニナ!」
うわ! 彼女だ!
ハッ! しまった。この体勢はマズい。
ダンをボコボコにしようとしてたのがバレてしまう。いや、それよりまた浮気だなんだと騒がれてしまう。
私は慌ててダンの上から退いて、彼女の様子を窺った。だけど――。
彼女は怒るどころか笑顔で私達に近付いてきた。
え? なんで?
「あらまあ! ダン! ウフフフフ」
うわぁ……。
どうしたの……彼女? 気持ち悪い笑い方してますけど。
「昨日はごめんなさい」
え!? 謝られた?
その上、彼女は私をギュッと抱きしめた。
え? え?
「仲良くしましょうね」
……はい!?
ダンが眉を寄せながら立ち上がった。
あ、痺れ治ったんだ。
「ニナ、サツキが苦しい」
ダンは彼女の手を私から引き剥がした。
「あら、ごめんなさい。ウフフフフ」
……ダンの彼女って、ちょっと、いやだいぶ変。
迷惑なので取り敢えずお引き取りいただこうとした時、マチルダが大量のケーキを載せたワゴンを押して部屋に入って来た。
そういえば、マチルダがいつの間にかいなくなってたな。
「まあ、美味しそう」
彼女が目を輝かせる。
まさか、図々しくも食べる気?
「どうぞ。まだまだ沢山ありますから」
「マチ……!」
なんで勧めるの!?
「あら、いいのかしら?」
「ちょ――」
抗議しようとした私を彼女が引っ張る。
なにすんのよ! 乳デカ女!
彼女は無理矢理私を椅子に座らせた。
「はい。サツキ」
更に更に! 馴れ馴れしくも名前を呼び捨てされ、フォークを握らされる。
「サツキは細すぎるわよ、沢山食べてもっと太りましょうね。ウフフフフ」
……はあ!? それは嫌みですか?
「ニナ、帰れ」
ダンが彼女に言う。
二人一緒に帰れ。
「嫌よ」
ダンと彼女は椅子に座り、競い合うように猛烈な勢いでケーキを食べ始めた。
こ、この二人って……!
「ほらほら、サツキも食べて」
呆然とする私に、彼女が笑いながら言う。
「サツキ、一口」
ダンがケーキをフォークで掬い、私の口元に寄せた。
ふ・ざ・け・る・な!
私はダンの手からフォークを叩き落とした。
「ダンったら! ウフフフフ」
……もしかして、馬鹿にされてる?
そして大量のケーキを食べた彼女は、帰りぎわに私を抱きしめて耳元でこう言った。
「私達、もう友達よね? いえ、すぐ家族になるかしら。ウフフフフ」
……なんかよく分かんないんだけど。
友達? 誰が? ってゆーか家族って……。
ああ、そうか。家族ぐるみのお付き合いをしましょうみたいなやつ?
……なにそれ? 意味分かんない。
ダンに背中を押され、彼女が部屋から出て行く。
「ごめん。サツキ」
ドアを閉め、頭を下げるダン。
「――って、ダンも帰って!」
なんで残ってんの!?
私はダンを部屋から追い出し鍵を掛けた。
お馬鹿!!