第8話サツキ編 ダンの彼女
最近、ダンの入り浸りが激しすぎる。
仕事に行ってる時間と夜寝る時間以外は、ずーっとカタヤの屋敷に居る。
食事もカタヤで食べるし、宿直後も自分の屋敷には帰らずに直接うちに来て、客間のソファーで寝てたりする。
いくらカタヤが居心地いいって言っても、ちょっと遠慮無さすぎじゃない?
そして今も、私とダンは庭でお茶している。
「サツキ、このケーキ食べるか?」
「……いらない」
「サツキ、今日はいい天気だな」
「……そうね」
「サツキ――」
「なに?」
ダンはスッと視線を逸らす。
「……なんでもない」
「…………」
最近、ダンは私に喧嘩を売ってくる。
何も用事が無いのに人の名前を連呼するんだよ。
これはあきらかに、私に対する嫌がらせだよね!
いったい私に何の不満があるの?
三食昼寝におやつ付き、しかもタダ。
こんな親切な隣人、普通いないよ?
いつまでもこんな態度してると有料にするからね!
ちょっぴり怒りながらケーキを食べているダンを見ていたら、ん? なに、どうしたの? ダンがハッとして顔を上げた。
「……サツキ」
ダンは食べかけのケーキが載った皿を右手に持ち、立ち上がる。
「屋敷の中に入りたい」
「え?」
ダンは左手で私の腕を掴んだ。
「早く、サツキ」
「え? え? なに?」
眉を寄せ、ダンは私を急かす。
ちょっと、なによ! なんだって――、あれ? ……何か聞こえる。
ンン……ンンンー! ……ダァァァァ……ンンンンンンー!
え? ダン? 確かに『ダン』って聞こえるよ。
「ダン、誰か呼んでるんじゃないの?」
「……早く中に」
「なによ、ちょっと――痛い!」
ダンに引っ張られた腕に痛みが走る。
「サ、サツキ!!」
ダンは慌てて掴んでいた手とケーキ皿を離し、私の腕を擦った。
「ご、ごめん、サツキ。痛かったか?」
「痛いよ!」
もう! 馬鹿力!
私がダンの手を振り払った時――。
「ダン!! 見付けた!!」
門の所に女の人が現れた! と思ったら、こちらに向かって突進して来た!?
え、嘘、なに? あの超美人!!
うわぁー! ドレスからこぼれそうな爆乳!
細い腰、長い手足、輝く金の髪!!
美人さんはあっという間に目の前迄来て、そしてそのままダンに体当たりした。
なになに? どういうこと!?
美人さんはダンの胸ぐら掴んで揺さ振りながら、早口でまくし立てる。
「こんな所にいた! ダン、この浮気者!」
え……、ええ!?
「ニナ、落ち着け」
「酷いわ! 私よりこんな女がいいって言うの!?」
な、ななな、なにこの修羅場!?
つまり……この美人はダンの彼女で、ダンが浮気!?
嘘ぉ! だって、ダンってば、『太ってる女が好き』って言ってたじゃない……!
それなのに! しかも『浮気』って!
あれ? でも……『こんな女』って誰?
…………。
この場に居るのはダンと美人と……え? もしかして……私?
えぇえー!! 誤解されている!
「ち、違う!! 私はそんな……!!」
私が慌てて叫ぶと美人の動きが止まった。
そして、私を見る。
「まあ! 猫そっくり! この子は!」
え? 猫そっくり? なにそれ?
うーん……。猫……浮気……猫……浮気。え? まさか!?
私はハッと気付いた。
『この泥棒猫!』ってやつ!?
う……そ。なにそれちょっと! この早とちり女!
さすがの私でも、泥棒猫とまで言われちゃ黙ってられないよ!
なによなによ! ちょっと胸がでかいからって偉そうにしないでよね!
だいたいダンもダンだよ! 私がこんな酷い事言われてるのに、なんでその女に何も言ってくれないの!?
「ダン……!!」
私が大きな声で呼ぶと、ダンがビクッとして振り向いた。
……なに? その罪悪感に満ち溢れた瞳。
「ごめん! サツキ!!」
ダンが女性を肩に担ぎ上げる。
そして、脱兎の如く走って門から出て行った。
…………。
なによ、あれ。
信じられない。
なんだったの?
…………。
なによ、あの女。
あんな胸の大きく開いたドレス着て。いやらしい。
ダンも、彼女がいるなんて、今まで一度だって言った事ないじゃない!!
本当にもう、信じられない!
馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿! 知らないんだから!
どうぞ彼女とお幸せに!
さ・よ・う・な・ら!!
私は立ち上がり、椅子を蹴り飛ばして屋敷の中に入った。