第7話ダン編 サツキの恋
いつものようにカタヤの屋敷を訪問し、俺は驚いた。
……サツキが少年のような格好で、庭を走り回っている。
「何を……、している?」
「走るしている」
いや、それは分かるが。
「……何故?」
するとサツキは俺を睨み付けた。
「太るから走るしている!」
太るから……?
いや、むしろ痩せたというか、やつれていないか?
走るサツキを追いかけて俺は言った。
「サツキはむしろ、太った方がいいのではないか?」
それだけ華奢で、何故更に痩せようとするのだ?
「サツキ、もっと太った方がいい」
返事が無い。聞こえていないのか?
「太った方が――」
「うるさい!」
「サツキ……!」
サツキが激しく俺を睨む。何故だ?
「太ってる、好き?」
好きというか――。
「その方がいい」
サツキには。
サツキは「ふーん」と唸って立ち止まり、今度はうつ伏せに寝転んだ。
そして掌で地面を押す。
…………!
まさかこれは、腕立て伏せのつもりか?
腕が、体が、プルプル震えているではないか!
「うわぁ! やめてくれ!」
サツキの華奢な骨が、今にも折れそうだ!
「うるさい!」
と思ったら、次は仰向けで息も絶え絶え悶えている。
死ぬんじゃないか!?
「頼む、頼むからやめてくれ!」
俺は思わずサツキを抱き上げた。
「きゃあっ! なにするね! バカバカバカ!!」
「サツキ、駄目だ!」
暴れるサツキをなだめながら、俺は庭の一角にあるテーブルセットに連れて行き、椅子にそっと下ろした。
「ダン!」
「駄目だ!」
立ち上がろうとするサツキの肩に俺は手を置く。
これ以上運動したら、サツキはきっと全身骨折だ。
なおも暴れるサツキをどう説得しようかと困っていると、ワゴンを押しながらマチルダが来た。
「こんにちは。ダン様」
「マチ! ダンが……!」
「はい。ケーキをどうぞ」
マチルダがテーブルにケーキを並べる。
「マチ!」
「はいはい」
マチルダはテーブルにケーキを次々と置き、ニッコリ笑った。
「どうぞ」
うむ。今日も美味しそうだ。
……いや、違う。それより今はサツキだ。
「ダン! 全部食べるがいい」
俺に一人で食べろと?
サツキが俺の手を叩き、ケーキを指差す。
「…………」
嬉しいが……、サツキも食べた方が良いのではないか?
「早く、食べるいい!」
「…………」
今日のサツキはおかしい。
俺はサツキの向かいの椅子に座り、ケーキの載った皿をサツキの前に置いた。
「サツキも一緒に食べよう」
「要らない言うね!」
サツキがバンッとテーブルを叩く。
……本当にどうしたのだ?
サツキがあまりにも怒るので、取り敢えず俺はケーキを口にした。サツキはそんな俺をじっと見ている。
……食べにくい。
実はサツキも食べたいのではないか?
「サツキ……」
俺はケーキをフォークで掬い、サツキの口に近付けた。
「一口だけ」
食べてみないか?
「…………」
サツキが目を泳がせる。
やはり食べたいのか。
「一口」
「…………」
「一口」
しつこく勧めると、サツキは俺をじっと見ながら小さく口を開けた。
その隙間にケーキを入れてやると、「美味しい!」と笑う。
うむ。良い笑顔だ。
もう一度ケーキを口元に運ぶ。
「一口」
するとサツキは大きく口を開け、パクっと食べる。
もう一度ケーキを運ぶ。
「一口」
「…………」
突然――。
サツキは俺からフォークを奪い、猛烈な勢いでケーキを食べ始めた。
な、なんだ? どうなっているのだ?
唖然とする俺の耳に、マチルダがホッと息を吐く音が聞こえた。
「良かった。食べてくれました」
「え……?」
マチルダは苦笑しながら、サツキの食べる姿を見つめる。
「サツキ様、昨日から水以外、口にしていなかったのですよ」
「え!?」
そんな無茶をして……!
サツキ程華奢な体の者からすれば、たった一日とはいえ食べないのは相当キツい筈。
どうして……。
そこでふと、俺は双子の妹であるニナを思い出した。
そういえばニナも今日のサツキと同じように、突然運動したり食事を食べなくなったりしたな。
そして数日後には、狂ったように甘い物を食べていた。
確かそういう時は……そう、いつも恋をした時だった。
好きな人が出来たからといって、何故無理して痩せる必要があるのだと訊く俺にニナは、『ダンには乙女心は分からないわよ!』って言ったな。
…………。
サツキも……、好きな男が出来たのか?
……サツキが、恋?
…………。
まさか、いやでも……ニナの時とそっくりではないか。
…………。
どんな男なのだ?
屋敷からあまり出歩かないようなのに、どこで出逢ったのだ?
……いや、まあ……、もしそうならば応援してあげなければいけないな。友人として。
うむ。そう、友人として。
…………。
「サツキ……」
「うるさい!!」
怒られてしまった……。
マチルダが俺の前にケーキを置いたが食べる気になれない。何故だろう?
視線を上げると、サツキが小さな口に、ケーキを一生懸命運んでいる。
その姿はまるで小動物のようで……。
…………。
俺は目の前のケーキをサツキに差し出した。