第6話サツキ編 味覚音痴男!
「後は、これを伸ばして切って茹でるんだよ」
興味津々の料理人ヤン――。
黒の短髪に緑色の瞳をしたちょっといい男、因みにマチルダの旦那さん。
その前で、私は練って寝かしていた粉を麺棒でのばした。
実は今、私は厨房でうどんを作っているのだ。
この国の食事っていわゆる洋食で、でもってヤンの作ったものはすごく美味しいよ。
でも……、やっぱりたまには日本食が食べたくなるんだよね。
それでヤンと相談して、小麦粉っぽいものでうどんを作ってみる事にしたのだ。
トーラって意外にも食材は日本にあるものと似ているんだよね。
なんとなんと、米っぽいものもあったりする。
こっちではその米っぽいものはサラダとしてたまに出されるんだけど、初めて見た時は驚愕して思わず叫んじゃったよ。『なんでご飯にドレッシングなの!?』ってね。
それで、今日は念願のおにぎりも作る事にした。
ただ残念な事に、トーラには醤油と味噌に似たものが無いんだよね……。
うどんに醤油が無いのは残念無念。
雰囲気だけでも似せるために一応黒色の液体は用意してもらったけど、なんかこれ凄い臭いがする。大丈夫なのかなぁ。
庶民には決して手の届かない超高級調味料らしいんだけど、食べるのがちょっと怖い。
まあとにかく、切って茹でて冷水にさらして、ヤンに手伝ってもらいながらなんとかうどんが完成。
「うん! いい感じ」
見た目は立派なうどんだ。
後は、あの謎の調味料と合うかだけど……。
と思っていると、マチルダが厨房にやって来た。
「ダン様がいらっしゃいましたよ」
ダン? おおー! いいタイミングで試食係が来た。
ダンは丈夫そうだから、多少無茶しても大丈夫だよね!
で、ダンが美味しいって言ったら私も食べよう。
「これ、客間に運んで」
ヤンとマチルダ、それに私も手伝って、うどんとおにぎりを運ぶ。
客間のドアを開けるとダンがソファーに座って寛いでいた。
なんだかもう、自宅みたいになってない?
入り浸り過ぎて違和感なくなっちゃってるよね。
そういえばマチルダも前は『ワーガル様』って呼んでたのに、最近は『ダン様』だもんねぇ。
まあそれはいいとして、私がテーブルに並べたうどんとおにぎりを見て、ダンは目を丸くする。
「サツキ、これは……」
「日本の食べ物だよ」
「……甘いか?」
「甘くないよ」
「……ケーキは?」
「無い」
「…………」
あからさまに肩を落とすダン。
もう! この甘党男め!
「大丈夫、ありますよ。持って来ますから」
見かねたヤンがそう言うと、ダンは途端にパッと顔を上げた。
ヤン、甘やかし過ぎ。
「でもこれ食べてからだからね」
私は小鉢を手に取り、そこにうどんと黒い調味料を入れた。
それをダンに差し出す。
「ダン、これ試してみて」
「…………」
ダンは真剣な表情で小鉢を見て、それから私の目をじっと見つめた。
え? なに? もしかして、無言の拒否?
確かに凄い臭いだけど、超高級調味料っていうんだから味は美味しいかもしれないじゃない。くさやとか納豆みたいに。
「早く食べてよ」
私が催促すると、ダンはやっと小鉢を手に取った。
そしてフォークで一口食べる。
「どう? 美味しい?」
「…………」
ん? どうなの?
ダンが無言でうどんを飲み込む。
んん? やっぱ不味いのかな?
……と思ったら、ダンが勢いよくうどんをかき込み始めた。
あれれ? まさか、意外といける?
「……美味しい?」
私が訊くと、ダンが黙って頷く。
おおー!? 美味しい? そうなんだ。
ダンは汁まで全て飲み、ドンッと小鉢をテーブルに置いた。
なんだかその顔が、満足気に見える。
よしよし、じゃあ私も食べよう。
小鉢にうどんと調味料を入れて……。
「いただきまーす!」
パクっと一口。
……え。
「う、うわぁー!! うぇぇ!」
な、な、なにこれ!?
辛くて酸っぱくて甘くて生臭い……!
「サツキ!!」
激しく咳き込む私の背中をダンが擦る。
ううー! 気持ち悪い。
マチルダがジュースを持って来てくれたので、それを急いで飲んだ。
はあぁ……。
「サツキ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない!!」
馬鹿ダン!
なんの為の実験台だったの!? 意味ないじゃない!
私はダンの体を押し退けて、おにぎりを手に取った。
うん。美味しい。
この発酵させた木の実が梅干しそっくり。
まだ残ってるうどんにヤンが作ったビーフシチューっぽいのをかける。
「美味しー!」
これ、意外に合うじゃない。
「サツキ」
「もう! 知らない!」
ダンの味覚音痴!
甘い物ばっか食べてるから舌がおかしくなったんだよ。
「ケーキ無し!」
「ええ!?」
ダンがなにか喚いているけど、無視。
あー、次はカレーやラーメンに挑戦でもいいな。
私はそんな事を考えながら、うどんを啜った。