54話
突然、カクンと膝が折れる。緊張の糸が切れたのか体に力が入らない。床に手をついて息を吐く、プルプル震えて立ち上がれない。
「少し休むのである。エマ殿も限界である。」
「帰る準備は儂等がやっとく!よう頑張ったな!ダイ坊!」
見ればエマさんも座りこんだ場所から動けないようだった。ルドは動きっぱなし、ダンは頭を打って治療したばかり、ベルも小さな体で精一杯働いてくれた。全員、満身創痍。自分の責任だ、無事に帰ってちゃんと謝ろう。
さくらを寝袋に寝かせて担架に乗せ、自分達も帰り支度を整える。忘れかけていた迷宮核を拾い、防火シャッターが開くと同時に視線を感じた。
崩れた天井の上、地下8階からこちらを見下ろす複数のゴブリン達。いつからいた?いや、そんな事より今はマズい。
「にゃあっ!?いつの間に!」
ルドが目を見開き愕然としている。寝ていても起きるくらい鋭いルドが気付かないなんて、そんな事あるのか?
「刺激しないように、階段に移動するぞ。」
「そりゃ無理みてぇだぞ、ダイ坊。」
別働隊のゴブリン達が階段を下りて来てギィギィと何か言ってる。どうやらこちらを笑っているようだ、勝利を確信しているのかゆっくり歩いてくる。
その後ろにゴーレムもいる、今までにない大量の魔物の群れ。何が起きてるんだ?
「…これは、迷宮の防衛反応?核が魔物を使って自身を奪い返しに来たのかもしれません。」
そんな事もあるのか。…核を返したら帰ってくれるか?あり得ないな、自分なら生かして返さない。
「…どうする?」
思わず漏れた独り言に誰も答えない。無理だが無理とは言えない。
考えろ、今の自分に何ができる?迷宮核を入手した事で成長した確信がある。だがガス欠の状態だ、汗が頬を伝って落ちる。
諦めるな、何かあるはずだ。動けないさくらとエマさんと自分、空元気のルドとダンとベル。大きく息を吸い込んで震える体に活を入れる。
「吾輩が道を切り開くのである。ダイ殿はサクラ殿を頼むのである!」
「だっはっはっ!付き合うぞ!ルド坊!」
今にも飛び出しそうな2人を呼び止め…、ない!それで良い!さくらを横抱きに抱えて、気合で立ち上がり指示を出す。
「ルド!通路の敵を蹴散らせ!ダン!後ろを任せる!」
「任せるのである!」
「おうよ!任しとけい!」
エマさんと目を合わせる。
「エマさんとベルは元の場所に返します。」
「っ!そんな!またっ!」
また?エマさんは今までに見せた事のない悲痛な表情で何か言おうとしたが、それを聞く前に返した。今は時間がない。
「行くぞ!」
自分の合図でルドは一気に駆け出す。余裕ぶって歩いていたゴブリンは慌てて武器を構えるが遅い!言葉通りに蹴散らして進み、通路の中ほどまで辿り着いた。
「吾輩達の邪魔をする者は蹴散らすのみである!」
後ろからは地下8階から飛び降りたゴブリン達が追いかけて来た。だが通路の前に陣取ったダンが通路への乱入を許さない。
「ここ通りたきゃ酒持って来い!だっはっはっ!」
この通路は狭い、大人2人が横に並ぶのがやっとだ。だから良い。だからここを選んだ。
「2人共!そのまま時間を稼いでくれ!」
2人を信じて目を閉じ精神統一。成長した力で亜空間に干渉する、今なら生物だって入れる。迷宮核を目印に、ここから前線基地までを繋げる!
ガス欠を補うために、エマさんとベルの召喚維持を解除して封印を解いた。力が足りないなんて言わせない!
ふと、エマさんの悲痛な表情が頭をよぎる。無事に帰れたら、ちゃんと説明して謝ろう。きっと自分は彼女を傷付けた。
キラキラと輝く迷宮核の半分が、もう片方と共鳴するかのように光を増していき確信に達する。通路の壁にトンネルが開通して向こう側に前線基地が見える。
たまたま居合わせた渡辺さんは、びっくりして声も出ないようだ。
「2人共!ここから出るぞ!すぐに来い!」
「にゃんと!」
「だっはっはっ!帰って祝盃じゃ!」
一息にトンネルを走り抜け、すぐに閉じる。
「何!何!何!どしたの?どしたの?どしたの?」
「今すぐ救急車を!それと、魔物が迷宮核を奪いに来ます!全員、迷宮から脱出して下さい!」
パニック状態の渡辺さんの言葉を遮り、さくらを救急隊員に託して状況を説明していると、建物から大量の魔物が現れた。それから前線基地は蜂の巣を突いたような大騒ぎ。
幸いにも迷宮内を探索していたのは自分達だけ、機材を運び出すだけで脱出できる。魔物が前線基地に辿り着く前に全員が無事に脱出できた。
そして、迷宮核を迷宮の外に持ち出した事で崩壊が始まった。心臓の鼓動を思わせる収縮と共に、徐々に中心に向けて小さくなっていく。
誰もが一言も喋らず固唾を呑んで見守る中、ついに迷宮は異変前の姿に戻る。就職してから何度も通勤した見慣れた工場。
「…終わったのか?」
誰かの声が聞こえた。それは小さな疑問の言葉。
「終わったんだよね?」
「…終わった!迷宮はなくなったんだ!」
やがて大勢の希望になり、いつしか全員が確信と歓喜の声を上げている。
その声を聞きながら意識が遠のいていく、…今日はもう限界だ。




