34話
「実は⋯、前に所属していた事務所に戻って来ないか?って言われてるんです⋯。」
それは初耳だ、さくらが辞めるのは大幅な戦力ダウン。汗が出てきた。
ここ最近、テレビで何度かさくらのファンを見た。帰って来て欲しい。もう一度歌って欲しい。夢を諦めないで!
メジャーデビュー前だったにも関わらず、さくらは路上ライブやSNSで注目されていたらしい。それが異変後に探索者として再び注目を集め、芸能事務所から声がかかったんだろう。
さくらの父親も危険な探索者なんかより歌手の方が安心できるはずだ。どうする?
「ギルドの設立とか探索者活動をサポートする代わりに、私達の芸能活動をマネジメントしたいって。」
「⋯さくらが探索者を辞めて歌手に戻るんじゃなくて、自分達が芸能活動?」
詳しく話を聞くと、あくまでも本業は探索者で副業としてタレントをやってみないか?という事だった。
焦った。さくらも復帰は考えてないみたいだし、助かった。ほっと息を吐いて頭を切り替える。
今も密着取材を受けているし、テレビ出演ではなくSNS配信とかなら負担も少ないはず。⋯探索に支障が出なければ問題ないか?
少ない負担でギルド設立や運営のサポート、それに人材の派遣なんかをしてもらえるならメリットが大きい。
「この件は今日の夜に話し合おうか。」
自分達が食事している間、人が集まり過ぎて店に迷惑をかけている。警備のスタッフも大変そうだ。
会計を済ませて、さくらの家と伊藤さんの家に移動し荷物を全て収納する。あとは自宅に運び込むだけ、異能のおかげで引っ越しは簡単だ。
美咲さんが作った夕飯を食べて、密着スタッフが帰ってから約束通りに役人が来た。
事前に連絡した通り魔石は1つだけだし魔道具も簡単な物ばかりだが、革命が起こる!とかエネルギー資源問題が解決する!とか目を輝かせていた。
気が早いと思うが喜んでくれて何より。ギルド設立もすぐにでも許可が出せると言って帰っていった。
さて、昼間の続きだ。さっきの役人に聞いてみたが、ギルドの設立や運営は他国への配慮や派閥争いの関係で協力できないんだそうだ。自分達には分からない様々な事情があるみたいだな。
「つまりギルドの設立や運営を自分達で頑張るか、誰かの力を借りるか。」
「自分達で。というのは難しいですか?」
「設立だけなら簡単ですが、先の事を考えると専門の人が欲しいですね。」
「となると、誰の手を借りるか?であるな。」
「元の事務所は大手だし、信用できるとは思うんですけど⋯。」
「皆さんは会社を作るんですかー?」
そういえば美咲さんには説明してなかったな。設立や運営に必要な手続きや事務仕事ができる人を探している事を説明すると。
「それなら私できますよー。」
美咲さんは飲食店開業の為に勉強していたんだそうだ。話を聞いてみると相当詳しい。これなら大丈夫なんじゃないか?
誰かに手を借りる事で探索に制限がかかるより、自分達でやってみようという話になった。一歩ずつ前進していく実感が楽しい、明日の探索も捗りそうだ。
朝が弱い自分にしては早く目が覚めた。たまには散歩でもするかと1階に降りると、美咲さんが朝食を作っている。
「おはようございます。」
「おはようございますー。ルド君とさくらちゃんはもっと早いですよー。」
さくらはジョギングに行っているらしい。庭を見るとルドが木刀を振っている。
テレビで見た日本刀を気に入って道場から借りている木刀だ。ヒュンヒュンとリズム良く振り、踊るような足捌きで動いている。
「おはよう、ルド。今日も元気そうだな。」
「おはようである。吾輩は今日も絶好調である。」
今日は探索だから程々にな、と声をかけて外に出る。散歩なんて何年ぶりだろう?新しい空気を吸い込み、犬の散歩をしているご近所さんに挨拶しながら土手を歩いていく。
異変が起きた事を感じさせない景色に懐かしさを覚えながら川の流れを見ていると、なんとなく違和感を感じた。違和感の正体は分からないが、目が離せなくなるような吸い込まれるような感覚。
「どうしました?ダイ君?」
驚いて心臓が飛び出そうになり、変な声が出てしまった。エマさんが近づいても気付かないくらい、ぼーっとしていたらしい。
「うふふっ、ダイ君。「にゅわっ!」ってなんですか。」
エマさんはプルプルしながら、口元を隠して笑っている。ルドの時にもこんな事があったな。
「懐かしいなと思って見ていたんですよ。」
「にゅわっ!」については答えずに、昔この川で良く遊んだ事を話す。それとなんとなく違和感を感じた事も話した。
「それは力を感じ取ったんだと思います。ダイ君は外の力と相性が良いみたいですから。次に教える予定の魔法ですね。」
自分は無意識に魔法を使っていたのか!しかもまだ教わってない魔法を!ワクワクしてくる、今日の探索が楽しみだ。
「ふふっ、そろそろ帰りましょう。ミサキちゃんの朝ご飯ができてますよ。」
早起きして散歩するのも良いものだと思いながら、ジョギング帰りのさくらと合流し3人で家路を急いだ。




