15話
「作業終了しました。」
「素晴らしい手際なのである!」
伊藤さんから声がかかり、作業していた6人を口々に労う。
6人にはエメラルドさんが用意してくれた疲労回復を早めるお茶を飲みながら休んでもらい、自分達は引き続き交代で周囲の警戒だ。
エメラルドさんと一緒に休憩している時に、自分が寝ていて聞き逃してしまった話を聞かせてもらった。
宝珠とは技術や知識、時には才能や異能を授ける。文字通りの宝であり、簡単には手に入らない。また、他人の宝珠を盗む事もできない。
一般的に宝珠は一生に一度現れるかどうかくらいの確率でしか出会えないが、迷宮内では何故か頻繁に現れる。
傾向として迷宮を攻略しようとする意思が強く、実際に行動する無力な者の前に現れやすい。等、様々な特徴があるようだ。
なるほど、だからあの2人は宝珠から力を授かれなかったし、ゴールドがいくら魔物を倒しても宝珠が現れなかったのか。
そして自分にはチャンスがある。攻略に前向きで、実際に行動し、無力だ。
「ご馳走様でした、そろそろ移動再開しましょう。」
伊藤さんの声で先行チームが立ち上がり、隊列を組んで進む。疲れを感じさせない頼もしい歩みだ。
ゴールド、消防士3人、自分の順で進んで行く。すっかり日が暮れて、辺りは薄暗い中で魔物はあまり出て来ない。
後続チームから移動再開するという連絡があった。視界の端に、遠くの火を見ながら順調だなと思う。周囲の警戒は怠らないように、聞いた話を思い出す。
迷宮が作り出した環境は停滞しやすい。エメラルドさんはそう言っていた。定期的に変動が起こり姿形が変わるが、停滞する法則は変わらないらしい。
例えば迷宮が作り出した火は、延焼しにくく消火しにくい。たとえ消火できても時間経過で元に戻る。つまり、その場所で燃え続ける。
迷宮が作り出した壁や瓦礫も同じで、壁は崩れにくく崩しても元に戻る。瓦礫も重ければ動かすのは困難だが動かせる。だが、いつの間にか元通り。
⋯瓦礫と言っても鉄の塊だ。もしも迷宮が作り出した瓦礫を外に持ち出して売れば、半永久的に儲かるんじゃないか?
瓦礫は無理でも、油なんかは簡単に持ち出せそうだ。例えば川のように流れているあの油。どこから湧き出ているか分からないが、枯れる様子がない。
この工場が迷宮化したせいで、会社の経済的損失は計り知れない。遺族に対する保証の事もある。救助活動を続けるにしても金は必要だろう。
⋯迷宮探索の口実になるな、帰ったら相談してみるか。
何度か休憩をしながら進んで行く、魔物の襲撃も増えて来た。幸い簡単に倒せる相手なので問題はない。
この薄暗さにも目が慣れてきたし、感覚が鋭くなってきたようだ。
迷宮とは実に不思議な存在で、攻略しようと強い意思を持って行動する探索者はマナを吸収して成長するらしい。思い込みや錯覚などではなく、明確に成長する。
まず体が成長のピークに近づく。つまり自分のような中年なら若返る、思い込みや錯覚などではなく明確に若返る。
同時に迷宮に対して最適化していく。この工場のような迷宮なら夜目が効くようになるし、気配を感じ取れるようになる。
次の段階では、種族の限界を越えて強くなっていく。力が強くなり動きが早くなり、傷付きにくくなる。怪我や疲労が回復しやすく、賢くなり五感も鋭くなる。
すなわち超人になっていく。迷宮攻略へと近づいていく。まるで攻略されたがっているように感じる。
攻略されたら、崩壊するにもかかわらずだ。
しかし一方で、迷宮は攻略を阻むかのように、時間をかけて少しずつ成長する。周辺を侵食して範囲を広げ、迷路は複雑に、罠は凶悪に、魔物も手強くなる。
侵食を放置して迷宮に飲まれた森や、あふれ出た魔物の群れに滅ぼされた町もあるらしい。
何も解明されてない不思議な異空間、迷宮。
⋯小学生くらいの頃。自分は特別な人間で、不思議な力が眠っている。そんな根拠のない期待をしていた。
世界に危機が訪れて、仲間と共に困難を乗り越え、世界を救う英雄になる。そんな夢物語を妄想していた。
背が伸びる程に現実と限界を知り、伸びなくなってからは時間に追われる日々。
変化が乏しい日常に、焦っているのか安心しているのかも分からず、ただ同じ毎日を生きている。
いつの間にか、何かを諦めた事を忘れたような、そんな生活を送ってきた。
今、世界中で異変が起きていて、自分は特別な力を持ってその渦中にいる。考える程に胸が高鳴ってしまう。
「佐藤さん、どうしました?」
「っ!はいっ!なんでもありません!」
びっくりした、夢中になり過ぎたようだ。変な汗が出る。
「すいません。考え事をしていました。」
「疲れたのかも知れませんね、長めに休憩しましょう。」
ここは鈴木達と合流した場所、この先に娘さんがいるはずだ。一刻も早く助けに行きたい筈なのに、申し訳ない気持ちになる。
「通常よりも休憩を増やすのは想定内です。むしろ二重遭難を避ける為にも、しっかり休憩しましょう。」
自分が謝ると、伊藤さんは笑顔でそう言ってくれた。他の3人も励ましてくれる。
罪悪感が胸に広がる。だが、迷宮に対する期待は消えなかった。




