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第26話 鉄槌

「こおり」


 雑音に紛れてしまうような、小さな声で呟く。

 ただそれだけでバルトは僕の意図を完全に察してくれた。


『うぉんっ!』


 ビキビキと音を立てながら氷の蔦が地面を這っていく。


「ッ!? 何だ?」

「そこの紙袋ヤローか!?」


 のたうつ蛇のように迫る氷に慌てて飛び退く犯罪者どもだけれど、バルトの生み出した氷蔦はどんどん枝分かれしながらその後を追っていく。

 出鱈目な方向に氷柱が伸び、成長して樹氷(じゅひょう)のようになっていく。

 地面だけでなく壁や天井までもを覆い尽くしていく氷の森林は、一歩踏み入れれば意思を持っているかのように犯罪者の脚を凍り付かせるだろう。


「クソ、攻撃を止めろっ! さもないと傀儡(くぐつ)で女どもの顔をずたずたに――……あっ? どこ行きやがった!?」


 僕を見失ってきょろきょろしているけれど、別にどこにも行ってない。氷の森林に紛れるように張られた蔦が、僕の周りに壁を作って隠しているだけだ。


「――因装(エレメント・アーマー):イクシア」


 被った紙袋を投げ捨てるとメキメキと身体が竜人のものへと変わっていく。視線が高くなる。鱗が身体を(よろ)い、爪が伸びる。力が(みなぎ)ってくるのを感じる。


 大きく息を吸うと、僕は《《樹氷に向かって》》竜吼(ブレス)を吐いた。


 視界を白く埋め尽くしていた樹氷が一瞬で融解し、爆発するように大量の水蒸気が生まれた。


 ――バルトに人間を傷つけさせたくはない。だから、《《やるのは僕》》だ。


 水蒸気の白に埋め尽くされた視界の中で最初に行うのは、はづきさんと千華ちゃんに刃物を突き付けている人形の破壊だ。これさえなければ刹那さんだけでも撃退できただろうし、千華ちゃんやはづきさんだって対応できただろう。


 初見殺しの束縛スキルに、騙し討ち不意打ちで人質を取るような戦いでなければ、Aランクジョブは全てを捻じ伏せるほどの力を持っているのだ。


 鋭くとがったナイフのような爪で、引っ掛けるようにして人形を引き剥がす。視界が閉ざされたせいか、微動だにしないそれを再びの竜吼で焼いていく。


 イクシアの圧倒的な火力は、地面に落ちる前に剃刀ごと人形を焼き尽くした。


「ガァッ!? クソッ、俺の傀儡(くぐつ)がやられたっ!」

「クソッ! どうなってやがる!」

「畜生! 逃げるぞ! 立て直してもっかい――」


 視界の利かない水蒸気の中、逃げようとする犯罪者達。


「残念ながら、お前らを逃がしはしない」


 不意打ちに騙し討ち、人質を取ったりと、こいつらを野放しにしておけばとんでもないことをしでかすだろう。

 逃がすなんてあり得ない。

 

「ッ!? だ、誰だッ!」


 答える代わりに、爪を膝に突き立てた。


「ガァァァァッ!?」

「おい、どうし――ギャッ!?」


 殺しはしない。でも、回復系のスキルをもった覚醒者なしでは早々復帰できないくらいには大怪我をしてもらうとしよう。

 本当はこのままぶっ飛ばしてやりたい。そう考えてしまうほど、下劣な言動に、はらわたが煮えそうだった。


 意識のどこかでイクシアが囁くのが聞こえた。


・――スキル:護魂(ソウル・シールド)が発動しました。


 スキルの発動を宣言する声とともに、意識が明瞭になる。


 ……どうやら護魂(ソウル・シールド)は魔獣形態じゃなくても僕の魂をきっちり守ってくれているらしい。

 怒りそのものは残っているし、イクシアの残滓らしき破壊衝動もある。


 でも、それを客観的に知覚できるくらいには冷静だった。


「命までは取らない。大人しく裁かれろ……さもなくば、今度こそ殺す」


 地面に倒れ伏す犯罪者たちにそう宣言すると、男たちはぶくぶくと泡を吹いて気絶した。


 これもまたイクシアの力なのか、僕の放った殺気が衝撃波のように男たちを襲ったのだ。


 本当は僕の手で裁いてやりたいけれど、そこまでしてしまったら法を無視して好き勝手するこいつらと本質的には何も変わらなくなってしまう。


 だから何があっても皆に危険が及ばないように無力化するまでに留め、裁くのは所長に任せるつもりだ。


「――暴風雨(テンペスト)!」


 僕と男たちから離れたところで、はづきさんが魔法を使った。渦巻く魔力が雨風となって吹き荒れ、僕が作った水蒸気を退かしていく。


 このままだと姿を見られてしまう。


「バルト」

『ウォンッ!』


 再び竜吼との合わせ技で水蒸気を追加すると、急いで変身を解いて紙袋を被り直した。


 すっかり蒸気が消えた頃には、気絶した犯罪者たちと、状況が呑み込めずに身構える皆だけが残っていた。


「何があったのかしらぁ」

「一瞬だけですが、人のシルエットが見えた気がしました……でも、角が生えていたような……」

「ん~、またロアくんが私を助けにきてくれたかと思ったんだけどな~」

「私の配信映像見返してみますか? もしかしたら何か映ってるかも」

 

 倒れたままの犯罪者たちに警戒の視線を向けながら事態を把握しようとする皆。


 ……そういや配信中だったわ。


 カメラそのものは返信する前に適当に放り出したけれど、配信スイッチは切っていなかった。

 地面に転がるカメラに視線を向けると、配信中を示すインジケータは赤く光ったままだった。


 ヤバいかも、と思いながらもできることがないのでみんなと頭を突き合わせてねねこが操作するスマホを覗き込む。

 ねねこはザザッとコメントを読みながら、現在進行形で続いている配信を巻き戻して問題の場面を見ているところだった。


「……竜、にみえるわねぇ~」

「いえ、でも人の形をしています……って、今喋りましたよ!?」

「人の言葉を理解するモンスター……?」

「どーせならモフモフ系がよかったなー。そしたら仲良くなってモフモフさせてもらうのにー」

「千華、そんなこと言ってる場合じゃないわ。この映像に映っているのがモンスターなら、ロアビースト以上の大問題よ?」

「じゃあおねーちゃん達に任せるよ。ロアくんは私が面倒見るから安心して!」

「千華ちゃん、駄目です。あの仔は私が責任をもって面倒を見るって決めたんです。ですから――」


 ……いきなり脱線しすぎでは……?


 なんでまた魔獣(ぼく)を飼う話になってるんですかね?


 いやまぁさっきまで犯罪行為の被害者になりかけてたわけだし、皆で意識して話題を変えてるのかもしれないけれど。


 無理してないかな、と様子を窺っていると、皆は首輪の色で揉め始めた。

 あっ、これナチュラルに話題転換してるだけだ……ガチ雑談のノリである。


「ぜ~ったいシックな黒! そしたら私もチョーカーでお揃いにするんだー♪」

「やっぱり、ヌメ革が一番落ち着くと思うのよ~。ほら、《《私に飼われる》》までは野生だったじゃない~」

「勝手にはづきさんが飼うような言い方をしないでください! あと私は水色が良いです」

「デカわんこちゃんか……存在が撮れ高になるから首輪は何色でも良いなぁ」

「あっ、セツ姉ズルい! 自分のイメージカラーにする気でしょ!?」

「刹那ちゃん、意外と独占欲あるわよねぇ~」

「違います、これは誰が飼い主なのか一目で分かるようにするための措置です。やはり動物を飼うとなると責任が伴いますからね。万が一にでもモノや人を傷つけてしまった時には飼い主がすべての責任を負うんです。そういう意味でも、誰が飼い主か分かるようにしておけば――」


 とんでもない早口でもっともらしいことを言っている刹那さんだけれど、目線は明後日の方向を向いていた。嘘ついたり誤魔化したりするの苦手なんだろうな……。

 絶対に自分でも苦しいって思ってるよね。


:襲われそうになったのにみんな元気だな……

:落ち込まれたりトラウマになられるよりずっといい

:いや、やっぱりこれを機に刹月華は男と距離とってもらおう

:↑ガチ勢乙

:インタビュー記事でも言ってたけどマジで動物好きなんだな~

:はー アニマルカフェでデートしたい……

:はー アニマルコスを着ていただきたい……

:はー アニマルな俺をなでなでモフモフしてほしい

:欲望丸出しで草


「視聴者の皆も心配かけてごめんね。よく分からない事態になっちゃったけどこの通り、全員無事です。わんこの話になってるのは……アニマルテラピー?」


:イマジナリーアニマルテラピーは草

:はー 犬になりたい

:刹那たんprprしたい

:【1000JPY】これチュール代です 僕に食べさせてください

:ちょっと待てお前人間だろwww

:犬って呼んでほしいです

:願望は聞いてねぇよwww

:【10000JPY】とにかく皆無事で良かった


「結局あの竜人? は何だったんだんだろうねぇ」


 不鮮明な映像に映った竜人をあーでもないこーでもないと考察する皆に引っ張られ、コメント欄もそっち方面の話題に切り替わっていく。

 まぁ犬になりたいとか、手ずからご飯食べさせてほしいとかすごいコメントで溢れていたので、まともな話題になって何よりだ。


「おーい! 無事かぁぁぁっ!」


 しばらくして橘所長が合流したところで配信はお開きとなった。

 身の丈ほどもある大剣を肩にかけた所長はブーツに踏み潰した毛虫の一部がついていたり汗だくだったりと、ものすごく急いできたのが一目で分かる見た目になっていた。

 そもそもこの短時間で地上から四層まで来れた時点でとんでもない速度で走ってきたんだろうけれども。


「……覚醒者同士の諍いはなかなか立件されづらいのを悪用して、アレコレやってた奴らだ」


 証拠に残らないよう悪辣なこともたくさんやっていただろうが、今回の映像は良い証拠になりそうだとのこと。


「おそらくは泣き寝入りしている被害者がそこかしこにいるだろうから、相談窓口をつくるよう本部に掛け合ってみる」


 所長は持ってきた縄で犯罪者たちをぐるぐる巻きにしながらそう説明していた。


「しかしこいつらは一体何があったんだ……? 四肢には鋭利な刃物で切られた痕跡があるし、《《股間だけが完全に凍り付いてる》》が」


 ……バルト?

 変身を解く直前、水蒸気を追加する時にやったね?


『わふっ』


 褒めてとばかりの僕の前に座るバルト。

 本当は人に魔法を使ったりしたら叱るべきなんだろうけれど、今回ばかりはそんな気にはならなかった。


「こりゃもう治療しても《《使い物》》にならないだろうな……あっ、折れた……まぁ良いか」


 女性陣には聞かせたくない所長の小さな呟きを聞きながら、こっそりバルトに耳打ちした。


「本当に悪い奴にしかやっちゃ駄目だよ」

『わんっ』

「……よくやった。えらかったぞ」



※スキンヘッドとロン毛オールバック

 Cランクジョブ「影法師」とCランクジョブ「傀儡回し」。

 影法師は自他の影を使ってアレコレする能力。基本的に光源を生み出すスキルが生えてこないのと、覚えるスキルの多くが確率系なのでそれほど強くない。

 傀儡回しは人形を遠隔操作できる能力。ただし遠隔の範囲が狭いのと、人形のサイズや重量に比例して魔力を使うのでそれほど出来ることはない。また、操っている人形を攻撃されると、本人にダメージのフィードバックがある(減衰はされる)。


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