第20話 初めてのダンジョン(ソロ)
皆でダンジョンに向かうことになってしまった。
その前にできることを整理しなければ、とダンジョンに赴いた。
学校に「風邪を引いたので休みます」と連絡を入れるのは心苦しかったけれど、とにかく時間がないので仕方ない。
僕が憑依で狗狼や魔竜になっていたことを知られてしまえば社会的にも終わりだからね。
ちなみに僕が向かったのは県庁ダンジョン。
土御門市の方は《《どこかの魔竜》》が大暴れしたせいで調査のために人が増えているらしく、むしろ県庁の方が空いているとJDAのホームページにあったためだ。
ちなみに関所破りならぬ出入口破りには魔獣姿になる必要はなくなった。
なにしろ覚醒者登録証があるからね。
こそこそ隠れたり、誰かを騙したりせずに普通に出入りできるって素晴らしい。
「さて、やりますか」
『わうっ』
「今回はバルトは補助ね」
『うぉんっ』
入場口付近から小路に入ってしばらく歩くと、人気のないところで《《準備》》を始める。
素材の換金用に持ってきた覚醒者御用達のバックパックを放り投げると、早速スキルを発動させる。
「――因装:イクシア」
言葉に応じて僕の身体がメキメキと音を立てて変わっていく。
憑依だったら人の形を失って魔獣や魔竜になっていたけれど、因装の場合は一味違う。
身体が二回りは大きくなり、魔力で出来た疑似筋肉がみっしりと僕を補強していく。
体表は強靭な鱗に覆われ、爪が鋭利な刃物のように伸びる。
竜のように長いマズルのある風貌にはぞろりと牙が生え並び、こめかみのあたりからは雄牛を思わせるような尖角が生えた。
人のシルエットを保ったままに、竜の力を顕現した。
「かっこいいでしょ? ……っと、口調も気をつけないとね。かっこいいだろう?」
『わんっ』
渋みのある低い声で訊ねれば、バルトもパタパタと尻尾を振ってくれた。
因装でバルトの因子を纏ってもいいんだけれど、そうすると人狼のような姿になる。
ただでさえ僕は刹月華の三人に目をつけられているんだから、この状態で「幽太が入ったダンジョンには人狼が出る」なんて言われたら流石に言い逃れができなくなってしまうと思ったのだ。
そういう意味でも、魔狼や魔竜の因子を纏えるこの形態――魔人形態は便利だ。
ただの死霊術師としての僕。
人のシルエットを保った魔人。
そして憑依を使った狗狼の姿。
三つの姿を使い分けて正体を隠すのだ。
イクシアから貰ったもう一つのスキルである護魂は、憑依を使っても魂が浸食されにくくなる効果を持っていた。
魂の劣化や崩壊は怖い。おそらく、あらゆる生物が根源的に恐怖する類の事象だ。本能どころか、文字通り魂に刻まれたものである。
狗狼になって激しい戦闘をし続ければわからないけれど、日常生活くらいならばどんなに長い時間送っていても全く問題なし、というのは非常にありがたかった。
もちろん戦闘できる時間も伸びているしね。
ちなみに、イクシアの因子は不完全だったこともあって魔竜の姿にはなれない。眷霊じゃないからなのか、それともイクシアの魂が崩壊してしまったからなのか。
どちらかは分からないけれど、憑依そのものが発動しないのだ。
……仔を弔う、と言っていたイクシアの目的がきちんと果たせたことを祈る他ない。
なにはともあれ、僕は僕のやりたいことをやる。
「いこう……じゃない。行くぞ、バルト」
『おんっ!』
バックパックを拾い直すと、ダンジョンの奥に向けて歩き始めた。
憑依にしろ因装にしろ、着ていた服や持っていた道具を巻き込む。変身中はそれらがどこに行ってるのか気になるところではあるけれど、魔人形態になるとそれに応じて服というか鎧というか、そんなのも一緒に生まれる。
身体の大きさも変わるし、元の服が残ってても破けちゃうと思うのでありがたいとだけ思うことにした。
こうしてバックパックみたいに放り出しておけばちゃんと残っているから困らないし。折角『レベル上げ』をするなら、素材も取ってお金もほしい。
長時間実体化できるようになって、バルトがまたご飯を食べられるようになったら感謝と慰労を込めて良いものを食べさせてあげたいんだけど、生前とまったく同じものが食べられるか分からないし、お金はいくらあっても困らないからね!
あと僕も1個400円台の高級カップ麺とか食べてみたいし。
そんなことを考えながらも進んでいくと、大きな階段が現れた。
一枚の岩石を掘って作られたような、山奥の神社仏閣に行くときにたま~~~に見かけるような階段だ。
ダンジョンは階層構造になっていて階段があるとは聞いていたけれど、実際に目の当たりにすると不思議だ。
どう考えても《《誰か》》が掘ったものだもんなぁ。
「まぁ考えてても仕方ない、か。いくぞ」
口調の矯正も含めて普段より多めのひとりごとを呟きながら奥に向かった。
県庁ダンジョンの別名は深淵。
大仰な名前ではあるけれど、大型ダンジョンの多くは地獄、煉獄、深海、悲嘆、落魂、楽園などの変わった名前がついている。だいたい漢字二、三文字なんだけれど、カタカナ呼びが存在しているのも共通だ。
ネットの掲示板曰く、命名者が厨二病なんだろうとのことである。
鬼ノ魔窟と違って名前からはモンスターの種類を特定することはできないけれど、それだけモンスターの種類が雑多であるという意味でもあった。
――強さも素材の値段もアタリハズレが大きいから、専業の覚醒者はがっつり狙って潜るもんだぜ。
そんな文言とともに狙い目モンスターのティア表が非公式に存在していたりもするんだけど、
「ギュルルルルラァァァァァァッ!!」
僕の眼前ではティア表で《《ぶっちぎり最下位》》のモンスターが雄たけびを上げていた。
見た目は大きな毛虫。名前は毛虫。
……いや正式名称は何かあった気がするけど、毛虫は誰からも毛虫としか呼ばれないのだ。
「……仔犬くらいのサイズって書いてなかったっけ」
僕の眼前、毛虫は洞窟の側道を塞ぐようにみっちりと《《詰まって》》いた。
控えめに言っても車くらいのサイズはあるだろうそれは動くことができないらしく、もぞもぞ動きながら時折体液を飛ばして来るだけだ。
強酸性で腐食性が高い体液は高確率で武器を駄目にする。その癖して、売れる部位は無し。口元の顎角を持って帰れば討伐料が出るけれど、どう考えても赤字にしかならない生物である。
……ちなみに攻撃すると体液だけでなく毛も飛ぶ。
触るととんでもなく痛痒くなるのも不人気の原因の一つである。
「……迂回するか?」
本当はティア表上位の小妖精を狙う予定だったんだけれど、出会うのは毛虫ばかりである。
動きも遅いので道中の毛虫は無視していたんだけど、さすがに詰まっていると無視もできないよね。ムシだけに。
迂回するのは全然良いんだけど、問題は僕が地図の類をもっていないことだ。
散歩の時と同じく、バルトが行きたい方向に進んでいたのだ。
「バルト、どうす――」
『ウォンッ!』
僕の質問に答えるまでもなく、バルトが一瞬だけ実体化して毛虫を切り裂いた。
――パァァァンッ!
水風船が弾けるような音とともに毛虫が割れ、大量の体液が噴き出してくる。
「あああああああ!?」
津波のように押し寄せるそれを避けるため、僕は咄嗟に《《吼えた》》。
同時、口から放たれた爆炎が体液を沸騰させながら吹き飛ばした。魔竜のものよりも威力はだいぶ落ちるが、それでも竜吼と同じく強力な一撃である。
『わふぅ~!』
「ば、バルト!?」
すごい臭気を放つ側道を、バルトが駆け出した。
待ってよ! バルトは霊体だから良いけど僕は生身なんだよ!?
『うぉんうぉんっ!』
側道の奥でバルトが鳴く声がする。
楽しそうなのでおそらく事故に遭ったとかじゃないんだろうけども、放っておくわけにもいかない。
「ああ、もうっ!」
もう一度竜吼を使って足の踏み場を作り出すと、僕は息を止めて側道を駆け抜けた。