全力ミライ
ミライは全身をはち切らせて前へと飛んだ。後ろなんて見ていない。ただすべての懐かしいものを振り切って、憧れの風景をめがけて飛んだのだ。
ミライが何者かなんてどうでもいい。何歳で、性別は何で、どこの国の人間かなんて、そんなどうでもいいことに拘るからこそ現代人は弱いのだ。
とにかく全力で飛べ。前へと飛ぶんだ。暗いニュースや萎れる昨日を考えている暇はない。
「やっ!」
ミライは丘の地面を蹴ると、空へと飛び出した。飛び降りたと言い換えても間違いではなかった。しかしその足はふわりと風に乗り、手を広げると身体は空に浮いた。
遠く山の向こうに憧れの風景があった。それはけっして幻想などではなく、確かにあるのだと信じた。
「あそこへ………行くんだ」
目を輝かせ、ミライは飛んで行く。少しずつ落ちて行く。遥か眼下の地面は見ていない。いつかそこに触れて、ミライの身体は散乱して、なくなるかもしれない。
その後ろから数え切れないミライが追うように飛んで来た。クラクションのような声をけたたましく響かせながら、空を行き交う横断歩道を横切って行く。誰もの顔が希望に満ちて笑っている。どれかのミライが空を飛びきって、いつかあの山のむこうへ辿り着く。
それまではただ全力で、全力で飛び続けるミライたちに、野を駆けるウサギたちは、何の声援を送ることもなく、バクテリアの上を踏んで、無言で駆け続けた。