猫は飼い主を助けるために自分の命を差し出した
貧乏な青年がいた。貧乏であるが故に結婚などはしていなかったが、彼はそこまで寂しがってはいなかった。
なぜなら、一匹の猫を飼っていたのだ。
その艷やかな毛並みを持つ黒猫を見て青年の友人たちはふざけてこう言った。
「ひょっとしてその黒猫がいるせいで幸運が逃げてしまうのではないか?」
しかし青年はそんなことはないと言うと、この猫に僕は何度も助けられているんだ、と続けた。
「この間なんかもそうさ。出かけようとしたらこいつが足に纏わりついて来たのさ。そのせいでなかなか家を出ることが出来ず、乗ろうと思ってたバスを一本遅らせることになってしまったんだよ」
「それのどこが助けられることになるんだ?」
「うん、実はね、その僕が乗ろうとしていたバスが事故を起こしてしまっていたのさ。乗っていたらケガをしていたかもしれない」
そんなことが何度もあったのさ、と言って青年は笑った。
そんな青年があるとき、事故に巻き込まれて意識不明の重体に陥った。命が助かるかも分からないと言われ、青年の友人は例の猫を預かることにした。
猫は暴れることなくおとなしく友人の家に行く。人見知りしたり粗相をするような猫ではないことに安心すると、友人は仕事へと出かけていく。
その友人の背中を見送った黒猫はひょいと身軽に家から出ると、人には知られていない道を通って黄泉の国へと降りていった。そこで命の数を管理している部署に近付いていく。
「おや、どうしました?」
そこの役人が猫の姿に気が付くと猫に尋ねる。猫は一つお願いがあるんだけど、と言った。
「いま私の飼い主が地上で死にかけてるの。私の命をあげるから、彼を助けてくれない?」
役人はしばらく悩むような素振りを見せたが、しかし最終的には命の数さえ合ってればそれで良いか、と猫のその言葉を受け入れた。
猫は礼を言うと、そのまま地上へと戻っていった。
それからしばらくの時が経ち、無事退院した青年は友人に預けていた猫を伴って自分の住居へと戻って来る。
黒猫はいつもと同じ調子で青年の足に体を擦り付け、餌をねだる。
「僕は大変だったのにお前は変わらないなあ」
青年は苦笑いを浮かべながら、いつものように猫に餌を与えた。
そんな様子を黄泉から見ていた役人は呟く。
「そうか、あいつら猫は九つの命があったんだったな。通りで簡単に命を手放すはずだ」
だが命の数はきちんと合っているのだ。役人はそれ以上は特に気にすることなく自分の仕事に戻っていった。
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