プールの蜻蛉と彼女
高校二年生の初夏。プール開き前の清掃時、彼女はホースで水をかけられた。
「もう!やめてってば!」
彼女の怒った顔を見て喜ぶあいつ。分かるよ。彼女が怒った顔可愛いよな。でも水で濡れて風邪をひくかもしれない。あいつはそんな事考えない。自分が楽しければ周りも喜んでいると思ってる。
あいつが彼女を好きなのは、クラス中が知っていること。ただ、彼女は本気にしてなかったけど。
そのやり取りを横目で見ながら、俺はヤゴ採りに夢中になっていた。小学生の時はほとんどが夢中になってたけど、高校生にもなると数名のみ。残ったのは俺以外ガチ勢だから気が抜けない。
何とか数匹を確保した。水を浴びた彼女はジャージの下に水着を着ているから多分心配ない。ヤゴが手に入らない方が問題だ。
放課後、彼女とはプールで待ち合わせた。体育教師に忘れ物をしたと伝えて鍵を借りた。プールサイドに座って足をプールに浸す。流石にまだ冷たい。
しばらくすると水温にも慣れてきた。青空に白い雲が浮かんでいる。そよ風が気持ちいい。
「お待たせ!」
彼女だ。
プールから出て、持っていた袋を渡す。
「例のブツです」
「ありがと」
「ガチ勢と競ってそれだけ確保できたのスゴくない?」
「確かに」
「羽化を撮影するの?」
「うん。一緒に見ようよ」
「ごめん、俺引っ越すことになった」
「いつ?」
「来週。オヤジが転勤」
「そっか。一緒に見たかったな」
「あと、登校も今日で最後。色々間に合わなくて」
「撮影できたら送るね」
「楽しみにしてる。一緒に由衣夏も写してほしい」
「やだよ。それは別で。連絡するし、絶対遊びに行く」
「抱きしめて良い?」
「うん」
俺は由衣夏を腕の中に閉じ込めた。彼女のすすり泣く声が心を抉る。
「好きだよ」
「……私も」
「結婚したい」
「私のこと置いていくのに?」
「俺だけ残ろうと思って頑張ったけど」
不意に涙が浮かんで言葉が途切れた。
「……無力だ」
「大学はどうするの?」
「どうなるかまだ分からない」
由衣夏は俺の頬を両手で包んだ。
「たくさんバイトして会いに行く。勉強も頑張るから、同じ大学に行きたい」
「……俺も頑張る」
「見て、夕焼け。水面に反射してきれい」
「うん。由衣夏もきれいだ」
俺は由衣夏にキスをした。由衣夏は夕焼けに染まった。上目遣いで俺を見る。可愛い。離れたくない。
「パパー!」
庭で息子とプール遊びをしながら思い出に浸っていた俺は、水鉄砲で顔を撃たれた。由衣夏が笑っている。俺も笑った。