02.完璧令嬢のストレス発散
結局、ライオネル様との次のお茶会は来月となった。
婚約者同士といえど私は日々の勉強が忙しく、ライオネル様もそう簡単に会える身分ではないので仕方ないだろう。
いつも持ち歩いている手帳の日付に、わざわざ丸をつけているのは日程を忘れないようにするためだ。私がめちゃくちゃ楽しみにしている訳では無い。
お茶会の顔合わせも終えて正式に婚約者となったリーリエは、元々厳しいスケジュールをこなしていた日々の教育に加えて更に王宮での王妃教育が追加された。
生まれてこの方公爵令嬢として日々努力していたため、決して追いつけないほどではなかったが、王家と公爵家では流石に学ぶ内容の質や量の違うため、日々の授業に頭がパンクしそうで悩んでいた。
完璧と謳われる彼女であれど普通の人間なので、王宮でも家でも朝から晩まで勉強漬けな生活をしていれば、ストレスは溜まる。
しかし彼女は溜め込み爆発しても王妃に相応しくないわ、と日々上手くストレスを発散していた。
例えば、ある日のこと。
忘れもしない。家での勉強の合間のわずかな休憩時間に、廊下でお兄様に出会った時のことである。ニコリとすれ違う時に会釈をすれば、兄から声を投げかけられた。
「お前ってホント、人形みたいで可愛さの欠片のない妹だよな。友達の妹とかもっと無邪気で可愛いのにさ」
と、それはもう尊敬する兄にため息混じりに言われたのである。
ピキリ、と怒りで淑女の仮面がひび割れそうになったの押しとどめる。確かに、完璧な淑女として隙のない貼り付けた笑みを浮かべるのが当たり前となっている自覚はある。
そして確かに私ぐらいの年頃であれば、貴族であれど無邪気な笑みを浮かべるのも許されるのだろう。
しかし私は高貴たる公爵令嬢で、王太子の婚約者で、次期王太子妃だ。
そんな簡単なことが公爵家長男のお前が分からないのかと詰め寄りたくなる。将来公爵家を継ぐ御方がそんな認識で少々家の行く先が心配になる。
「お兄様」
あら、思ったより低い声が出てしまいましたわ。
私は兄の言うその人形じみた笑顔のまま、彼を有無も言わさず庭に引き摺り出した。ヒョロヒョロの兄なんて軽い軽い。
「ちょうど良かったですわ。無邪気で可愛い妹の私と遊んでくださる?」
「は?」
そうして私は習ったばかりの護身術の練習台として、不意打ちも使い、兄を投げ飛ばした。対大人を想定して居たため、私より少し大きい程度の兄など楽勝である。
「ぐぇっ」
「おーほっほっ、楽しいですわね!!」
その後はお兄様がいつもご友人方と模擬剣を振り回して遊んでいるように、お兄様が鼻血が出るまで模擬剣でぶっ飛ばし遊んで、ストレスを発散した。
私は勉強勉強勉強で友達と遊んだ事などないというのに、いつも窓の外からお兄様が能天気に遊ぶ声がしていて羨ましかったんですの!
「……リーリエは世界一可愛い妹です」
「ふふふ、私は優しいお兄様の妹で幸せですわ」
可愛い私と一緒に遊んでいてやっと思い直してくれたのか、最後には彼はボロボロになりながらそう言ってくれた。その言葉を聞いて私はようやく無邪気な笑顔をお兄様に向けることが出来たのだ。
もう少し遅かったらご自慢の金髪でも毟ってやろうかと思っていたので、無事で良かったですわね。自慢のお顔も髪がなければ意味をなさないですものね。
妹の可愛い笑顔がやっと見れて嬉しいだろうに、何故か怯えた瞳を向けられていた。これからも勉強の合間にお兄様を追いかけ回して遊んでもらう、可愛い妹なのであった。
また、ある日のこと。
理不尽な授業をして鞭を打ち、年端もいかない少女を泣かせるのが趣味な悪質な家庭教師が混ざりこんでいたことがあった。
なんでそんな者がのうのうと高貴な場所で家庭教師をしているのかと腸が煮えくり返った私は、家庭教師の彼女をも超える知識と磨かれた鋭い言葉で言い負かす。
決して許すつもりは無いと、彼女が泣くまでやめなかった。
そうして逆上し私に鞭を打ちそうになったところで近くにいた騎士に取り押さえてもらい、そのまま紹介状もなしにクビにしたのだ。
あの時の絶望した顔は今思い出してもスカッとする。
きっと子供ごときが逆らわないと思っていたのだろう。馬鹿なことだわ。
高貴な身に理不尽な鞭打ちなど、そのまま捕えてもよかったのだが、あえて放り出すことにした。
もちろんそれだけではただ悪を野放しにするだけなので、私の広い情報網を使い、過去の被害者を懐柔し証拠を大量に集め、しかるべき機関に提出した。
結果、その家庭教師は教師の免許を剥奪されて、被害のあった数多くの家から慰謝料を請求されたと言う。
さらに私は社交の場で、涙ながら真実を話すことにした。
「あの家庭教師はとても酷いのですわ。皆様は気をつけてくださいまし……理不尽な授業で、鞭まで取り出すのよ」
「教えてくれるなんてリーリエ様は優しいのね……私のお友達にも伝えますわ!」
「えぇ、被害に遭う方は少ない方がいいもの」
化粧が落ちないよう涙を調整し、美しく見える角度で訴えれば、ほう……と令嬢方のため息が漏れる。ハンカチで目元を抑えながら、口元に笑みを浮かべないように気をつける。
心優しい令嬢や口が軽い方を集めたため、みんな心配と同情をしてくれた。そして周りにも吹聴してくれるだろう。
その結果その女の悪い噂が回り、彼女は未だまともな勤め先もないようだと聞いた。慰謝料を払うために闇金に手を出し、今では借金取りに追われるようになったらしい。消息を断つのも時間の問題かもしれない。
ある意味捕まるより辛い生き地獄である。
そのため被害者達から涙ながらに感謝され、彼女たちに恩も売れて私の交流も広がってと大満足である。
未来の王妃である私の信者は多ければ多いほど良いのだ。
教えが厳しい者を排除するのではなく、教えどころか人間性が間違っている者だけを排除するのが大事なのだ。
そうすることで優秀なものだけが残る。
彼女の代わりに、新人の家庭教師……リアナという可愛らしい少女が来た時は知識も経験も足りておらず、逆に私が教える立場になることもあった。
しかし、人に教えるということは自分にとっても勉強になると知れたのでいい経験であった。
リアナは努力家で学問に対する熱意もあったのですぐに吸収し、今では優秀な家庭教師となっている。
またまたある時は女主人の練習もかねて、使用人たちの管理をするようになった。
装飾品を横領するメイドはクビにしてお金を請求して、生活ができないようにする。
酷い虐めをしている侍女には、そっくりそのまま内容をそのままお返ししておく。虐めをするなら、やり返される覚悟がなくてはね。
高位貴族に下位貴族が奉公に出てメイドとして働くこともあるのだが、大抵は花嫁修業と旦那探し期間でもある。
そのため性格の終わってる者は私がパーティやお茶会で素性を口にすればたちまち噂になり、まともな嫁入り先も見つからないようである。
賢い令息達は、公爵令嬢であり未来の王妃である私に嫌われている令嬢を隣に置くのは、社交においてリスクが高いと分かるものね。
性根の曲がった者をクビにしていき、まともな人材を補充していけば大分過ごしやすくなった。
自分の身の回りが綺麗になっていくのって素敵よね!
私が上の立場にいるという事を分からせてやるのも、侍女達の高い鼻をへし折るのも楽しいのである。
そんな風に自由気ままに過ごしていれば、どこからか私の苛烈なストレス解消……いや武勇伝が漏れたのか、ある日午後の授業をキャンセルにされて両親に呼び出されてしまった。
「お前のためと思ったが、今まで厳しくしすぎてごめんな」
「私達が色々間違えてしまったのね。ごめんなさい」
と、お父様とお母様に抱きしめられながら泣かれてしまった。てっきりやり過ぎだと怒られるかと思って来たのだが、そんなことはなかったようだ。
そういえば、二人に抱きしめられたのはいつぶりだろうか。私もそっと抱きしめ返そうと思ったが、ギュウギュウと両側から抱きしめられていたので腕が動かなかった。
「いいえ、お父様とお母様には感謝していますわ。
王太子殿下の正式な婚約者となっても、重圧に押し潰されずに立ち続けていられるのは知識がある故の自信おかげですから」
「そう言ってくれてありがとう。でも、もう貴方は十分に頑張ったわ」
「そうだな、もうリーリエには王宮での王妃教育で充分だろう。家での授業は減らして、家族団欒の機会を増やさせてくれないか」
「えっ」
その言葉に私は目を丸くする。なにせ生まれてこの方、息をするように勉強をするのが当たり前だったのだ。
そんな私に優しい瞳が向けられているのがくすぐったい。
跡取りであるお兄様と違って、王家に嫁に行くことが産まれた時から決まっていた私は、勉強をすることしか両親に認められる方法は無いと思っていたのである。
「家族団欒の時間は欲しいけれど、授業は無くさなくていいわ。楽しいもの」
私がそう言えば、今度は両親が目を丸くする番だった。
「勉強が好きになってくれたのね」
「じゃあ、リーリエが学びたい授業と時間を選ぶといい。もちろん身体は壊さない程度にな」
「ありがとうお父様、お母様」
そうして腕を脱出させることに成功した私は、両親をそっと抱き締め返した。
それからは私が学びたいものを好きな時に学べるようになったのだ。嬉しくて好きな授業を詰め込んだら、両親に心配されてしまったが。
それでもたまに休みたい時は休めるようになって、積読の解消もできそうだ。
それから、朝はなるべく家族全員でご飯を食べるようになったのだ。今まで家族全員が揃うなんて中々なかったというのに、何だかむず痒い。
私が家族でピクニックをしてみたいと言えば、父の仕事の調整や私の王妃教育スケジュールがあるため時間はかかってしまったが、ちゃんと願いを叶えてくれた。
絶賛反抗期のお兄様はぶつくさ文句を言っていたが、何だかんだ参加してくれた。
決して長い時間では無かったのだが、それでも思い出に残る家族の記憶となったのだ。以前の私はこんな思い出が出来るなんて夢にも思っていなかっただろう。
私は日々の忙しさに目が回りそうになりながらも、そんな満ち足りた毎日を送っていた。
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