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01.完璧令嬢の初めてのお茶会



 私がライオネル様と初めて出会ったのは、婚約者同士の顔合わせも兼ねたお茶会での事だった。


 

 キャンベル公爵家に娘として生まれた時から、私リーリエはライオネル様の婚約者になる事が決まっていた。

 現在の王家にはライオネル様しか男児が存在しない。

 王妃陛下がライオネル様を授かった時、難産の結果これ以降のご懐妊が難しくなってしまったのだ。

 我が国は基本的に貴族も王族も変わらず基本的に一夫一妻制である。

 万が一、子に恵まれなかった場合は血の存続のため側室を迎えることは認められているが、両陛下は既に王子と王女を一人ずつ設けているので今回は適用されなかったらしい。

 この頃は王女派と王子派で派閥が別れ、水面下で争いが耐えなかったという。我がサンチェス王国では歴代の中に女王も存在し、第一王女殿下が産まれてからは、彼女が次期女王になると期待されていた。

 

 

 しかしそんな中、王妃陛下が男児を懐妊したと発表される。貴族社会では男児が尊ばれる気質があるため、情勢が一気にひっくり返ったのだ。

 ライオネル様を王位につけたいと考えている王家は、彼の地位の向上や命を守るために、確固たる後見人が必要となる。

 そこで長い歴史があり王家の血が近い我がキャンベル公爵家に白羽の矢が立つこととなったのだ。歳が近く婚約者の決まっていない高位貴族がたまたま居なかったのも原因だろう。

 

 

 しかしもっと深い大人の事情の面で言えば、

 私を未来の王妃にしてそれなりの立場を保証し、美味い汁は吸わせてあげるから、低いながらも継承権があるお父様とお兄様、そして私は王位争いに入ってこないでねって事だ。

 これ以上派閥が生まれ王位争いが荒れたら、更に国が荒れることは予想に難しくない。

 こうして我が公爵家を味方につけたライオネル様が王太子となり、王女派閥は静かに抑圧されたのだ。


 

 王太子の婚約者、そして未来の王妃という重厚で立派な肩書きに押しつぶされないよう、お父様とお母様は最高峰の教育を私に施してくれた。

 そうして私は物心ついた時から、朝から晩まで勉強勉強勉強、歴史、マナー、ピアノ、刺繍、護身術、ダンス……と過酷なスケジュールをこなす日々を送っていた。

 しかし私は公爵家という恵まれた地位に生まれた者の務めと、愚痴のひとつも零すことなく淡々とこなしていた、完璧幼女だったのだ。

 

 



 そのため婚約者同士の顔合わせがある年頃には、

『リーリエはどこに出しても恥ずかしくない完璧な淑女』

 と両親や厳しい家庭教師の先生方に太鼓判を押されるほどになっていた。

 完璧な幼女から、完璧な淑女にレベルアップである。




 


 そうして万全の準備で迎えた当日。

 この日のために頭から足の先まで磨きあげられた姿は、リーリエの可愛らしさを活かす愛らしく品のあるドレスで着飾っていた。


 

 大人も聞き惚れるような美しい声で生み成す完璧な挨拶。

 淑女の見本となれると口々に言われた美しいカーテシー。

 貴族として完璧で隙のない優雅な笑顔。

 お茶は音を一切立てずに優雅に見えるように口をつける。


 

 私を見て王妃陛下も満足そうに笑っていたので、安堵する。その日は全てが完璧だったとリーリエは確信していた。

 それをあの王子に、いとも簡単に崩されたのだ。


 



 そうして完璧な挨拶を終えれば、仲を深めるためと二人で庭を歩くことになった。私をエスコートをする訳でもなくただ隣を歩く彼は、ずっと黙ったままだ。しかし隣からは物凄い視線を感じる。

 何か言いたいことがあるのだろうかと私は彼の言葉を待つが、特に何も無いまま進んでいく。

 そう思った時、彼の足が突然止まった。

 

 


「すごい!!!」

 

 

 突然の歓声に目を丸くする。

 何か綺麗な花や虹、それとも好きな虫でも見つけたか? と後ろを振り返っても特に何も無い。そして視線はまだ私を見つけている。



 

「俺、こんな妖精みたいに可愛い子と結婚出来るの!? やったー!!」

 

 

 彼は鼻息荒く、目を輝かせて全身で喜んでいた。

 この時私の頬がつい赤くなってしまったのは、そう、怒っていたからだ。それが王族に相応しい態度かと。


 決して、この私が照れた訳では無い。


 いつもだったら王子相手だろうと、私は変わらずやんわり苦言を呈しただろう。口調も一人称も、初対面の人に対する反応も、言いたい事は山ほどある。

 しかしその時の私は予想外の出来事に、考えていたことが全て飛んでいってしまったのだ。



 

 言っておくが私はこの日話題に困らないよう、

 世界情勢を知るため毎朝新聞を見て、今王都で流行っている舞台を全て見て、王子の年代で読みそうな本を網羅し、商会と連携をとって王子の好きな物を取り寄せる準備だってしていた。

 彼が虫や魚が好きだった場合に備えて図鑑を見て、もし遊びたいと言った時には対応出来るように兄と木登りや模擬剣で格闘などもしていた。

 しかし今の私はただ、ただの少女のように顔を赤くして口をパクパクとさせることしか出来なかった。

 



「ずっと黙っててごめんな! こんな幸せでいいのかって噛み締めてたんだ。あとずっと所作も全部綺麗だなって見てた!」

 


 呆然とする私に彼は言葉を続ける。

 

 

「リーリエって名前まで綺麗なんだな」

「……ありがとうございます。王太子殿下に褒められる名誉、お父様とお母様に感謝しなくては」


「それ嫌だ!」

「え?」

「おうたいしでんか、ってやつ! 俺はライオネルってかっこいい名前なんだ!」

 

 

 私を指さした後、そう言って彼は胸を張る。人を指さしてはいけませんって最初に習わないのか。

 

 

「お名前はもちろん存じておりますわ。ええと、ではライオネル殿下とお呼びすればよろしいでしょうか」

「殿下も禁止だ!」

「……ら、ライオネル様」

「様もいらないぞ」

「これ以上は流石に譲れませんわ」

 

「俺の命令だぞ!!!」

 

 

 私は困って口を噤む。流石に出会って数刻で王族を呼び捨てにするのは私としてハードルが高すぎる。

 しかし、不満を露わにして口を尖らせている彼は本当に子どもらしい。ここは私が大人にならないと、と気を引き締めて柔らかな笑みを浮かべる。

 

 

「それならばこれから仲を深めていって、呼び方も変化させていきましょう? 先の楽しみがあるのも良きものですよ」

「じゃあ、俺はリリィって呼ぶな! 他のやつに呼ばせたら駄目だぞ!」

「私の話聞いてました?」

「俺も愛称で呼ぶのを許可してやる!」


 

 うん、会話のラリーが続かない。段々と頭が痛くなってきて、思わず額に手を当てる。もう好きに呼んでくれればいい。

 

 

「……何とお呼びするか、家で考えてきますわ」

「あぁ、次に会う時は呼んでくれ」

「……二人の時だけですからね」

「二人だけの秘密ってことか?分かった!」

 


 思わず完璧な笑みが剥がれてジト目になってしまったのは許してほしい。そんな私のことなどつゆ知らず、彼は楽しそうにリリィ、リリィ、と何度も私の愛称を呼んでいた。私は優しいので逐一返事をしてあげていた。

 もちろん彼は私の名前を呼ぶだけで会話の内容など考えておらず、嬉しそうな彼の笑みを見るだけで終わってしまった。まぁでも終始彼の機嫌が良かったのでこれはこれで良かったのかもしれない。



 ふと、日が暮れ始めているのに気がつく。時間が過ぎるのはあっという間だ。

 


「あら、そろそろ戻らなくてはいけない時間ですわ」

「嫌だ! もっとリリィと一緒にいたい!」



 そう言って彼は元来た道を両手を広げて塞ぎ通せんぼをしている。こんなに感情表現やわがままを言う人を身近で見たことがなかった私は、また淑女の仮面が剥がれ目を丸くしてしまう。

 私はギュッと唇を結ぶ。いけない、彼にペースを乱されすぎている。完璧な淑女として不覚である。

 この失敗の結果のまま終わるわけにはいかないと、私はすぐに次のお茶会の約束を取り付けなければ。

 


 

「では、次はいつ会えますの?」

「俺は明日でもいいぞ!!」

「流石にいきなり過ぎて無理だと思いますわ。

 どちらにせよ、王妃様とお母様に聞かないとダメですわね。戻りましょうか」


 

 私の言葉に渋々といった態度で頷いたのでホッとする。さすがに彼を引きずりながら戻る訳には行かないのだから。そのまま歩き出そうとするライオネル様に、私は袖をひいて引き止める。

 

 

「ライオネル様。こういう場では普通、男性が女性をエスコートするものですわよ」

 

 

 淑女に恥をかかせないでくださいまし、と私は手を差し伸べる。本当は男性からするものだが仕方ない。

 彼は私の手を見て目を丸くしていた。早くして欲しいものだとジト目で見つめれば、ライオネル様は恥ずかしそうに頬をかいた。


 

「そうなのか、知らなかった!リリィは手まで綺麗だな」

「常識ですわよ。ありがとうございます、侍女の手入れの賜物ですわ」

「こんな綺麗な手に触っていいものなのか……?」

「手に触れずどうエスコートするのですか?」



 彼はおずおずと私の手に触れた。

 そうしてようやくエスコートされ……いや、ライオネル様のエスコートがお粗末なため、ただ手を繋いでいるように見えてしまうだろう。その手はあたたかいを通り越して手汗が酷かったが、心優しい私は振りほどくことはしなかった。

 

 



「あら、おかえりなさい」

 そうして元の場所に帰ればお母様に微笑ましそうに見られてムッとする。


 

「なぁ次のリリィとのお茶会はいつなんだ!? 明日か?」

「あらあら」

「明日な訳ないでしょう」

「そんな!!」


 ライオネル様の言葉にお母様は更に目尻を下げていて、王妃陛下は呆れたように扇子で口元を隠していた。

 そうして私たちは次のお茶会の日程を決めて、無事帰ることになる。


 

 

 帰りの馬車で母に、二人きりになった時の彼の常識のなさや愚痴を漏らせば「良かったわね」と言われてしまい首を傾げる。


 

「何がですか?」

「だって、リーリエが嬉しそうな顔をしていたから」

「……していません」



 そう言って私は馬車の窓に目を向けた。夕日のせいか、窓に反射する私の顔は少し赤いような気がした。

 家に帰ってから父や兄に報告すれば、

「仲良くなれそうで良かったね」と微笑まれたり、「惚気話かよ」と呆れられた。何故だ。



 

 

 その日の夜、ベッドの中で私は今日の反省会を行う。

 次のお茶会ではもっとスラスラ話せるように話題のおさらいをして、もっと余裕を持って接しなくては。

 


 それに持ち帰り課題についても頭を悩ませていた。

 ライオネル様の愛称ってなんだろう。不敬にならない程度に、でもライオネル様が納得するような……


 

 そんなことを沢山考えているうちに、私は深い眠りについてしまった。



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