表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

奇談 その1 息抜き

作者: 蒼山 夢生

 祟りがあるという言葉は今やあまり聞かれられなくなってしまったが、深層意識の中には全ての物に魂は宿るという想いが、先祖代々から組み込まれて来ている様に思う。

 そんな深層意識の中にある、全ての物に魂が宿ると云う想いの一端を奇談という形で表してみたのが本作品である。

 ある日の事、その男は畑仕事の手を休め、畑の前にある家を眺めた。

 その家は両親が亡くなり、子供達は遺産相続で対立し、皆疎遠となっていた。

 その男の姪から一族の墓守とその畑を管理して欲しいと頼まれ、その男は

休みの日にここにきて、畑づくりに精を出していたのであった。

 その家は近代的な造りなのだが、男にはとても家の感じが物寂しく思える

のであった。


 その日は何かとても疲れた様に感じたので、早々に畑仕事を引き上げ、

まだ明るいうちに家に帰ってきた。

 帰ってくると男は風呂を焚き、風呂に入り、夕食もそこそこに、一杯飲むと

布団にもぐりこんだ。

 その夜、男ははっきりとした夢を見た。

 薄水色の古風な衣装をまとった色白の美しい女性が、物寂し気な顔をして

黙ったまま男を見つめているのである。

 次の夜も、またその次の夜もその男は全く同じ夢を見た。

 その男は流石に気になったので、何か言いたい事でもあるのか尋ねて

みようと思った。


 占い師の所を尋ねると、その占い師は寝る前に夢に出て来た女を思い浮かべ、

尋ねたい事を念じれば良いと教えてくれた。

 その晩、男は床に着くと占い師に言われたように夢に出て来た女を思い浮かべ、

何か言いたい事が有るのかと念じてみた。

 その夜、随分と眠ったと思った頃夢の中にその女が現れた。

女は荒れた庭の真ん中に立つと何も言うことなく頭を下げて消えてしまった。

 翌朝男は目を覚ますと夢の意味についてあれこれと考えてみたが、さっぱり

見当もつかなかった。


 数日が過ぎたある休みの日、いつも通りに男は畑作業に出かけ、畑の前にある

家の庭先を歩いて畑に向うと、何かに躓いて男は転んだ。

 起き上がろうと、上体を起こしその家の庭を見ると、夢の中に出て来た景色が

そこにあった。

 「これだ!」男は呟くと、夢の中に出て来た女が立っていた辺りにやって来て、

何かないかとあちらこちらを探して回ったが何もなかった。

男は疲れて石の上に腰を下ろし一休みをしていた。

 そこへ丁度土地の古老が通りかかり、男と昔の話を始めた。


 その庭には昔葡萄が植えられていて、井戸が有って、夏になると子供達の格好の

遊び場所となっていた事を男に話した。

 男も子供の頃遊びに来るとそこで遊んだことを思い出し、古老との話が弾んだ。

 古老は帰り際に、井戸を埋めた後は、息抜きをしておかんと苦しいでなぁと

言い残して帰って行った。

 男はハタと思った。

 早速井戸の有った場所を見つけ、息抜きを作り、それを祠で囲い、

お祭りをした。

 男は毎年一回、祠のお祭りをし、何時しか数年の月日が流れた。


 ある年、男はいつも通り神主を頼んで祠でお祭りをし終えて片づけをし、

帰り支度をしていると、道に一台の車が止まり、中から一人の女が下りて来た。

 その女はこのようなアパートに行きたいのだが、道が解らないので教えて

欲しいと男に 言った。

 男はその場所が男の住んでいる所の隣の所であったので、自分の車に着いて

くるようにと言い、その女の乗った車をアパートまで導いた。

 その女は丁寧にお礼を言うと、アパートへと消えていった。


 ある日、男が庭で盆栽の手入をしているとその女がやって来て、その盆栽は

根が詰まっているから上手く養分が吸えないと男に言った。

 男は盆栽の元気が無いのはその所為かと合点がいった。

そこで早速時季外れではあるが、根をほぐして植え替えをした。

そうして暫くすると盆栽の葉の色艶が良くなり、元気になった様に感じた。

男はその女にお礼をしたいと思った。


 それから暫く経ったある日のこと、男が庭の手入れをしているとその女が

庭を見せて欲しいとやって来た。

 男は快く受け入れ、庭に案内した。そして、盆栽のお礼をしたいと言った。

 女は車でここまで親切に案内してもらったから、こちらがお礼をしなくては

いけないと言った。

 男はそれでもと、今日は暑いからアイスクリームでもと言った。

 女は笑いながら、それほどいうならかき氷が好いと言った。

 男は家の中からかき氷を持ってくると女に渡した。

 男はアイスクリームを食べながら、世間話をし、ついでに女の家族について

聞いてみた。

 女は一人だけだと答え、男の家族に着いて聞き返した。

 男は、子供達は遠くに居て、女房とは別れ、今は一人でいると答えた。

すると女は、こうして時々遊びに来て良いかと尋ねた。

 男は喜んで答えた。


 それからは女にはよく遊びに来るようになった。

 暫くしたある日の夕暮れ時に女が訪ねて来た。

 女は美味しいお酒を頂いたから一緒に飲みたいと言った。

男は大層喜び自宅へと上げ、酒の肴を作った。

 酒は香りと云い、味と云い、咽喉越しと云いとても良いものだった。

男と女は卓を囲んで夜遅くまで楽しい一時を過ごした。


 それからは度々女は酒を持って訪ねてくるようになり、男はその都度

酒の肴を作り、楽しい一時を過ごすようになった。

 ある晩の事、いつもの様に楽しい一時を過ごした後、女が泊っても

良いかと尋ねた。

 男は驚いたが、酒が入っていた事もあり快諾をした。

 一夜明けると、女はお礼を言って帰って行った。

 そんな事が数回続いたある晩の事、女はここにずっと泊めてもらいたい

と男に言った。

 男は驚いた。無腰を抜かすほど驚いた。

 男は女の熱心な様子に感じて、それほどまでに言うならと応じた。


 一緒に暮らすようになって数ヶ月経ったある日、男は今日は井戸のお祭り

をする日だから一緒に行かないかと女を誘った。

 女はただ微笑むだけだった。そして私の代わりにと、胸元から白い絹の布を

取り出すと、袂から絹の小さな袋を取り出してその中に畳んで入れた。

 男には布地に黄金色の龍が左手に薄い水色の玉を持っている絵が描かれている

のが見えた。

 女はこれを祠の中の竹筒に結わえてくれるよう頼んだ。

 男は女が祠の事や、ましてや祠の中の竹筒の事を知っている事を怪訝に

思ったが、女の頼みを聞く事にした。


 神事が始まり、男は女から頼まれたように祠の扉を開け、中の竹筒に女から

渡された小さな袋を結び付け、扉を閉めた。

 神事が終わり家に帰ってくると、女は一層の笑顔で迎えてくれ、

深くお礼の言葉を男に言った。

 その夜、女は今宵は床を一緒にして寝たいと男に言った。

 男は一瞬躊躇したが、女の熱心な頼みでもあるので、一緒に寝る事にした。

 布団に入ると、女の体からは、真夏に手を入れた沢の水の様な、

少しひんやりとした心地の良い感じが伝わって来た。

 男は何かを言おうと思ったが、そのまま深い眠りに入ってしまた。

 そしてその夜、男は久し振りに夢を見た。

 女が枕元に現れ、苦しんでいた私を助けてもらい、お祭りまでしてもらい、

本当にありがとうと深々と頭を下げた。

そして男の心根の優しさが嬉しかったお礼にと何かを男に渡すと、

すうっと消えていった。

 翌朝、男は目を覚ますと隣に居るはずの女は居なかった。

 彼方此方探しても女は居なかった。


 それから暫くして男の所に嫁様が来てくれることになった。

 少し小太りの温かい感じのするおなごであった。

 次の年に、二人は玉の様な女の子を授かった。

男 も嫁様も大層喜んだが、何故か赤子の左手は固く握ったままであった。

医者に連れて行ってもとんと原因は解らなかった。

 その年の井戸のお祭りには男だけでなく、嫁様とその赤子も連れて行った。

 神事が始まり、三人が祠の前に行くと、その赤子はじぃっと祠を見つめ、

急に声を上げ、全身で笑い出した。

 男と嫁様は顔を見合わせ、その赤子の様子に祠の何が面白いんだろうかと

不思議がった。

 男と嫁様と嫁様に抱かれたその赤子が、玉串奉奠の為に祠の前に来ると、

その赤子の今まで決して開く事の無かった左手が開き、中から薄い水色をした

丸い玉が、まるで祭壇に供えるかのように手からこぼれ落ちた。

 祭壇の上にこぼれたその玉は徐々に大人の握り拳ほどまでに大きくなり、

祭壇の中央に納まった。

 男と嫁様はその様子に腰を抜かすほど驚いた。

 それを見ていた神主が、これは言い伝えでは聞いたl龍神様の玉に違いない

と言った。

 男は女が胸元から取り出した絹の布に書かれていた龍の絵柄を思い出した。

そして、男はやっと女が何者なのか、そして夢の中で渡されたものが

なんであるかを解った気がした。


「息抜き」とは昔、井戸を終う際に、呼吸が出来るよう一か所井戸に通じる穴をあけたその穴の事を「息抜き」というのである。現代人は忘れがちなのであるが、命を繋だ物に対する畏敬の念を、その役目を終えた後も持ち続けるといった所作として伝えられているのではないだろうか。

 本作品に目を通して頂けた読者には感謝を申し上げたい。

 尚、最初に投稿した作品を読んだ友人が、原作の方が良いと言うので、原作で投稿しなおしました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ