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幾多の死を経て

「ディン、起きて頂戴。」

「ん……。」

「ディン、もう時間がないのよ。」

「……。母さん……?」

 レイラの声で目を覚ますディン、体がだるいと思いながら、体を起こす。

「あれから、どれくらい経ったんだ?」

「87年、貴方は眠り続けたのよ。」

「87年……?じゃあ、デインが目覚めるまで、あとちょっとしか……!」

「そうね。貴方の言う通りになるのであれば、デインが目覚めるまで後13年、もう時間は残されていないわ。」

 バッと起き上がり、慌てるディン。

しかし、竜神達との闘いで体力と魔力を消耗しすぎたのか、上手く体を動かせない。

 背中の傷も痛む、これでは戦えないだろう。

「お母様が、何か案があると言うの。私と一緒に、来て頂戴?」

「わかった……。」

 痛む傷口を庇いながら、ディンは洋服を着替えレイラの後をついて行く。


「ここ、知らない所だ……。」

「えぇ。ここはねディン、王族の直系の中でも、基本的には次世代の王を産む者にしか入る事を許されない場所なのよ。」

「次世代の、王……?」

 神殿の様な造りの白い建物、ディンは遠めに見た事はあったが、中に入った事はなかった。

 それもそのはず、普段は結界が張られていて、誰にも入る事は出来ないのだから。

「お母様の意見に、私も賛成なの。それは人間と過ごした貴方にとっては忌避すべき行為かもしれないけれど、私達が世界を護る為には、そうするほかないのよ。」

「それって……?」

「お待ちしておりましたよ、10代目。」

「ライラさん……。それで、案って何なんだ?」

 神殿の中央、神秘に包まれた様な淡い光を放っている空間で、ライラは待っていた。

 ライラは、ディンにとっては酷な話かもしれないが、と一瞬間を置き、口を開いた。

「レイラとの間に子を成すのです、10代目。」

「母さんとの間に、子供を……?」

「貴方はまだ力を取り戻していません、今の状態でデインと戦った所で、敗れるでしょう。レイラとの間に子を成し、デインとの戦いまでに万全を期すのですよ。」

「でも、それは……。」

 自分の子供に、自分と同じ運命を化してしまう事になるんじゃないか。

家族を失い、兄弟を失い、そんな事を追体験させる事になってしまわないだろうか。

 それを、ディンは是と出来ない、そんな思いをするのは自分だけで十分なはずだ、と。

「……。」

「もう、貴方だけの問題ではないのですよ、10代目。世界を守る者がいなければ、貴方が守るべき世界も滅んでしまうのです。貴方はレイラとディランの子だと聞き及んでいます、ならば、貴方とレイラの子であれば、貴方の力が戻るまで、世界を託すに値する存在となるでしょう。」

「でも……。」

「ディン、貴方が嫌だと思う気持ちもよくわかるわ。貴方の過ごしてきた時間は、美しいけれど残酷なものだから。でもね、ディン。貴方が守りたいと願った子達、その子達が死んでしまうかもしれないのよ。」

 その問いに、是非はない。

そうする他無いのだ、もうそうする事でしか、世界を守る術は残されていないのだ。

 ディンは、自分の無力さを呪う、自分が力を失っていなければ、そもそもの話デインに負けていなければ、こうはならなかったのだから。

「さあ、レイラ。後は任せましたよ。」

「はい、お母様。」

 ライラはそれだけ言うと部屋を出て行き、レイラとディンだけになる。

子を成す、という事は性行為をすることになるのだろうか、とディンが考えていると、レイラがふとくすりと笑う。

「ディン、私達竜神の子の成し方を、そう言えば教えてなかったわね。」

「……?人間とは違うのか?」

「えぇ。私のお腹を触って頂戴、子を念じて、育むように。」

「こう、か……?」

 ディンは、レイラの言葉に戸惑いながら、レイラのお腹に手を当てる。

 トクン、と鳴動したかと思うと、確かにそこに子供がいる、とわかる感覚があった。

「私達竜神はね、こうやって子を成すのよ。本当なら、私の子供に女の子がいて、その子がこの役割を果たすはずだったのだけれどね。私は人間と契りを交わした、その結果、デインとディランを産んだ。だから、どちらかと私が契りを結んで、子を成す他竜神王を生み出す術が無くなってしまったのよ。そして、今ディランは眠っている、つまり貴方と契りを交わすことが、世界を守る最後の術となった。そう言う事よ。」

「ディランって、父さんの事か……。デインは叔父さんだって言うのは知ってたけど、父さんの事は知らなかった。今も眠っているって、何処かにいるのか?」

「私の魂の中に、眠っているわ。ディランは世界を見て、世界中を回って、そして次世代の王を産む為に眠りについた。それは話をしなかったのかしらね、私は。」

「……。じゃあ、母さんの中に父さんは眠ってて、今もそうしてる、って事か。」

「えぇ。これで後は、一年待てば子が生まれるわ。そうしたら、貴方にしたのと同じように、人間の器に入って貰う事になるわ。」

「そっか……。」

 それは、悠介の代替の魂だろう。

悠介はもう生まれないという確証めいたものがあった、だから悠介ではない誰かに、この子供の魂を預ける事になるだろう。

「そうだ、名前を付けて頂戴?この子は次世代の王になる事はないわ、だからディンという名を付ける事は出来ないの。」

「なんでだ……?」

「お父様が、教えてくれたのよ。貴方がお父様の力を得た頃かしらね。私の夢の中に現れて、竜神王は10代目に、と。貴方がその10代目竜神王なのだから、この子は11代目の竜神王にはなりえない、という事だと私は解釈したわ。きっと、予言に記されていたのでしょうね。」

「予言……。って確か、初代竜神王がしたんだっけ?」

「そうね。私達の遠い祖先、初代竜神王。その方が、歴代の王の成す偉業と、世界の行く末に関する予言をしていた、とお父様から聞いた事があるわ。」

 その竜神王の予言には、ディンが別の時間軸へと向かう事も書かれていたのだろうか。

少なくとも、この世界軸ではディンがいるのは当然、恐らく別の世界軸からやってきた事も理解されているのだろう。

 でなければ、予言にそれを遺す事は不可能だ。

「ディン、貴方は今は休みなさい。また、一年後に起こすわ。」

「……。わかった。」

 神殿で一年を過ごさなければならないレイラと、神殿にはいられないディン。

 ディンは一人神殿を後にし、部屋に戻ろうと歩き出した。


「おばちゃんの代わり、私が務められたら良かったのにな。」

「私達はこの世界の守護を担う者、ケシニア、君には私の死後、この世界を守ってもらわないといけないんだよ。」

「わかってるわよ、ママ。」

 ケシニアとアイラは、子を成す儀式が終わった事を感じ取り、ディンの部屋に向かっていた。

 37年前、ほとんどの竜神が死に絶え、この世界もだいぶん静かになってしまった。

竜神達の拠点でもあり、故郷でもあるこの世界、もう守る価値はないのではないだろうか、とケシニアは一瞬考えてしまう程、寂しい世界になってしまった。

 そもそもが広い世界に竜神が千何百かいただけと言えばいただけなのだが、活気がなくなってしまった、誰かの声を聞く事も無くなってきてしまった。

アリステスとレヴィストロは、各世界の竜神の闇から生み出された魔物達の対処に専念していて、アイラとケシニアはこの世界の秩序を守っている。

 たまに二人が帰ってくる事もあるが、昔、人間殲滅という話が上がってくる前は、それぞれの世界の話を聞くのが好きだった、人間や世界の発展の仕方を聞くのが好きだったケシニアからすると、退屈だと言えてしまう程にはこの世界は寂しくなった。

「なんで、こうなっちゃったのかな、ママ。皆、世界を守ろうとしてたはずだったのに。」

「……。誰が悪いという事ではないんだよ。すべては相容れなかった、それだけなんだ。」

「そっか……。」

 寂しい、その感情は長く残るだろう。

いつか、母であるアイラやレイラがいなくなってしまったら、残る竜神はディンとアリステス、レヴィストロと生まれてくる子だけになってしまう。

 そんな世界を守るよりも、自由になりたい。

年齢は重ねていたとしても、まだ少女であるケシニアがそう思ってしまうのも、悪ではないのだろう。


「ディン、起きて頂戴。わが子を、送り出す日が来たわよ。」

「んぅ……。もう、一年経ったのか?」

「えぇ、そうよディン。さぁ、この子に名を授けてあげて頂戴。」

 ディンが目を覚ますと、レイラが部屋にいた。

 レイラは手のひらに小さなドラゴンを抱えていて、そのドラゴンが自分の子供なのだ、と自然とディンは理解した。

 旅立ちの日、我が子と出会って、経った一日で。

哀しいのだな、とディンは心の中で呟く。

「……。リュート。」

「え……?」

「リュート、なんでかはわからないけど、そんな名前の子だと思うんだ。」

 リュート、と聞いて、レイラは心底驚いた顔をしている。

リュートとは、ディンの祖父である、リュート・ウィル・アストレフの名だ。

リュートの事は話したことはない、ならば何故その名を思いついたのか、と。

「誰かの名前と一緒だった?」

「い、いいえ、そんな事はないわ。でも、どうしてその名を選んだの?」

「わかんない。でも、眠っている間に、思いついたんだと思う。今目を覚まして、一番最初に思いついた名前なんだ。」

 わが子、小さな竜のリュートを見ていると、悲しくなってくる。

自分と同じ運命を背負わせ、きっと力に覚醒する為の条件も一緒なのだろう、と。

 家族との別れ、それを経験させることに、今でも納得したわけではない。

「……、わかったわ。じゃあ、リュートが目覚めるときに必要な、手紙を書いて頂戴。貴方は先代竜神王、お父様から手紙を受け取っているでしょう?陰陽師の方に、送る手紙を。」

「わかった、直ぐに書く。」

 レイラはそういうと、羽ペンと羊皮紙の便せんを渡してきた。

「少しだけ、一人になってもいい?」

「えぇ。手紙を書き終えた頃に、また来るわ。」

「ありがとう、母さん。」

 レイラは一旦部屋を出て行き、ディンは一人になる。

「……。」

 椅子に座り、テーブルに向かって、手紙に何と書くべきかを悩む。

先代竜神王がそうした様に、しかし自分とは同じ過ちを繰り返さない様に。


「書けたかしら?」

「あぁ、書いた。それで母さん、一つ提案って言うか、お願いがあるんだけど、良いか?」

「何かしら?」

「この子と、依り代になる子の魂を、一つにして欲しいんだ。もしも、何かあった時に、いつでも力を使える様に。俺みたいに、入れ替わらなきゃならないって事が無い様に。」

 それは賭けだ。

 悠介の様に命を狙われる事があっても、力を発現出来る状態であれば、対処出来るかもしれない。

悠介を失った自分と違って、守れるかもしれない、と。

「わかったわ、そうしましょう。」

「それと……。依り代になる子は、なんて名前なんだ?」

「坂崎竜太という子よ、覚えはある?」

「いや、ない……。やっぱり、悠介じゃないんだな……。」

 それを聞いて、ディンは最後の一文を書き終えた。

 悠介は二度と生まれてこない、それを改めて理解して。

「じゃあ、送るわよ。」

「……。リュート、俺がいくまで、健やかに育ってくれ。きっと、皆は受け入れてくれる。きっと、皆は傍にいてくれる、だから……。」

 ディンがリュートを撫でながらそう言うと、レイラは術式を発動し、リュートの魂をセスティアに送る。

 ディンの目には、最後にリュートが小さく微笑んだように見えた。

「さぁ、後何年かしたら、デインの封印が解けるわ。それまでに、貴方は力を取り戻さないと。」

「……。」

 レイラの言葉を聞いているうちに、また眠くなってくるディン。

レイラはそれに気づくと、ディンをベッドへと誘い、寝かせた。


「ディン、起きなさい、ディン。」

「ん……。」

「もうすぐ、デインの封印が解けてしまうわ。起きて頂戴、ディン。」

「もう、そんな時間なのか!?」

 目覚めると、レイラがそこにいて、時がまた過ぎた事を知らされる。

ディンは飛び起きて、次元転移という世界を超える魔法を使おうとするが、しかし。

「使えない……。」

「そうね。貴方はまだ、力を取り戻しきってはいない。だから、こっちへ来て頂戴。」

「……?」

 レイラは、何か策があるかのような口ぶりで、ディンを誘う。


「お待ちしておりましたよ、10代目。」

「ライラさん……?」

「さて、私達の最期の役目を果たさなければね。」

「最期って……?」

 かつて竜神達と戦った広場に行くと、一同集まっていた。

皆、ディンの選択と、レイラ達の最期の役目を見届けに来たのだろう。

「10代目、私とレイラ、ディランの魂を、貴方に与えましょう。その力を以て、デインを止めるのです。」

「魂って……、それじゃ……!」

「良いのよ。私達の役目はここで終わりを告げる、お母様が眠りから醒めたのは、きっとこの為。だから、きっと約束して頂戴。デインを救い出すと、愛しい我が子を掬って見せると。」

「でも……、それじゃ、母さん達は……!」

 魂を、という事は、先代がディンとそうした様に、ディンがレイラ達を斬るという事になる。

 先代はまだ、魂だけが鳴動している状態だったが、レイラ達は今、生きているのだ。

それなのに、それなのに。

「他に方法はなくてよ、10代目。私も、あの方の元に行ける、レイラとディランはその役目を果たす、そして貴方は力を取り戻す。何を躊躇う事がありますか。」

「でも……。」

「良いのよ、ディン。私達は、役目を果たせる事を、喜んでいるの。わが子の為に、最期までこの命を振るえる事に、誇りを持っているの。だからお願い、貴方の力で、デインを助けてあげて頂戴。」

「皆は、納得してるのか……?」

 四人に話を振って、何とか他の手段はないのかと考えるディン。

「私はね、レイラやお母様がそう言うのなら、それが良いと思っているよ。君にしか託せない、君にしか世界は守れない。ならば、その為に全力を尽くす、それは当たり前の事だろう?」

「私はさ、おばちゃんの事大好きだから……。でも、おばちゃんが決めたのなら、私はそれを応援したいんだ。」

「僕も、皆と離れ離れになるのは寂しいけどさ。悔しいけど、ディンにすべてを託すしか方法は残ってないんだ。」

「……。王よ、君は何の為にこの世界に来た?それを果たさず、世界を滅ぼす事を是とするのか?」

 四人は、覚悟を決めている。

 ディンが目覚める前に、とっくのとうに話を済ませていたのだ。

「……。竜神剣、竜の誇りよ……。」

「それで良いのよ、ディン。後の事は、任せたわ。リュートには、お母さんは貴方を愛している、と伝えて頂戴?」

「……。ごめん、俺の我儘で……。」

「それで良いのです、10代目。貴方は、貴方の意思で、世界を守りなさい。あの方が遺した、この美しくも歪んだ、世界群を。」

 涙が流れる。

 もう泣くまいと決めていたのに、もう二度と涙を流すまいと決めていたのに。

「ありがとう、母さん……。出会えて、良かった。」

「私もよ、ディン。貴方のお母さんでいられて、良かったわ。」

 剣が、二人の体を素通りする。

 剣が、三つの魂に、その切っ先を触れさせる。

「……。」

 力が戻って来る、それは完全な状態ではないが、しかし世界を渡るだけの力だ。

「皆、後は任せてくれ……。絶対、守って見せるから……。」

「頼んだよ、ディン。きっと、君が世界を守ってくれると、皆信じているからね。」

「次元転移。」

 ディンが消える、セスティアへと向かった。

「これで良かったのよね、ママ。」

「あぁ、これで良かったんだ。世界を、任せたよ、ディン。」

 四人は、それを見送ると、それぞれが成すべき事をする為に、広場を去って行った。


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