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守りたいもの

 苦悩や憎悪、負の感情とはどこから生まれたのか。

神が人を創造したのなら、何故それを生み出したのか。

 そもそも神とは何処から来て、何をしに来たのか。

それを知るものは誰ひとりとしていない。

 神々でさえ、自身がどのようにして「現出」したのかを知る者はいない。


「なんでこんな。」

 人とはどうして生まれたのか。

「苦しむんだ?」

 感情とはなぜ生まれたのか。

「ヒトはその苦しみに応えることなんて知らないのに。」

 闇とは何故生まれてしまったのか。

「お前を忌避するだけだっていうのに。」

 己は何故ここにいるのか。

「傷つくだけかもしれないのに。」

 彼は何故そこにいるのか。

「それなのに。」

 何故。

「どうしてお前は戦い続けるんだ。」

 どうして。

「もう休んでも誰も文句は言わないのに。」

 そんなにも傷だらけなのに。

「みんなお前を恨みはしないのに。」

 誰かを守ろうと、立ち上がり続けるんだ。

「……。」

 それはきっと。

「それがお前の全て、だから。だな?」

 そう、それが全てだから……。


「んぅ……。」

「おや、目が覚めたかい?」

「ん……、えっと……。」

「まだ身体を動かさないほうがいい、傷口が開いてしまうよ。」

 目を覚ますとそこは記憶の途切れた場所と同じ、ベッドの上だった。

声をかけてきたのは見知らぬ女性で、ハスキーな声が耳に心地いい。

「えっと、あなたは……?」

「そういえばまだ話をしたことがなかったね。私はアイラ、レイラの姉でキミの叔母、ケシニアの母と言った方がわかりやすいかな?」

「あぁ、ケシニアの……。」

 霞む視界を動かして声の方を向くと、男性のように凛々しい顔立ちのブロンドの短髪の竜神が、背もたれのない椅子に座りこちらを見つめていた。

 その瞳は深い藍色で、確かにケシニアと同じだ、とディンは納得する。

「俺、あれから……。」

「あれから、とはどこからのことになるかな?キミはどこまで覚えている?」

「えっと、部屋に戻ってきて、そのまま寝て……。」

「それからは覚えていないんだね、そうか……。」

 ディンの言葉を聞いて少し考えるように目を瞑るアイラ。

どれくらいの時間がたったのかを思い出そうとしているのか、とディンは考え待つ。

「あれから一週間程経ってね、ここにも王座の継承者に面会をと来る者が後を絶たない。タカ派ばかりで何をしでかすかわからないから誰も入れていないけれどね。」

「そう、なんですか……。」

「今レイラはキミの身体を治すための魔術がないか書庫を探しているよ、呼んでこようか?」

「いえ、大丈夫、です。」

 少しずつ意識がしっかりとしてくるとともにまた痛みも戻ってくる。

しかも傷口どころか下半身全体がピリピリと痛むのが不思議だった。

「あの、アイラさんは……。」

「私に何か質問かい?答えられることは答えよう、ゆっくりと問うんだ、時間はたくさんあるのだからね。」

「はい……。あの、アイラさんは、デインをどんな人だったと、記憶してますか?」

 静かに問うと、アイラは少し悩んだ。

覚えていない訳ではないが、ディンにとってデインがどんな存在かによっては余計な刺激を与えかねないと考えたからだ。

「あの子は……、とても勇敢でそれでいて優しい子だった。幼いながらに王が生まれるまでの間世界を守りたいと志願し、旅立っていった。」

「そう、だったんですか……。」

「でもとても哀しい子でもあったよ、臆病と言ってもいい。優しすぎたんだ、あの子は。」

 まずその質問なのかと驚きながら返すアイラの言葉を、ディンは静かに聞き入れる。

  自身の見たデインは闇に堕ちてしまい破壊者となっていた、しかしそれが本質とはとても思えなかったから。

本当の姿のデインを知りたい、それが質問の動機であり疑問だった。

「俺が見た、デインは……。」

「レイラから掻い摘んで聞いたよ、堕ちてしまっていたと。しかしそれも無理はないのだろう、あの時世界の闇に蝕まれ、自ら封印されたのだから。」

「……。」

 うなだれるディン。

 誰に聞いても優しかったと言われるデインが堕ちてしまったのは、それはとても苦しく長い時間を過ごした末のことだったのだろう、と。

自分にそんなことができるかと問われれば、出来ないだろうと。

「哀しい事だ、そして悔やむべきことだとも思っている。私たちがあの子を助けることが出来れば、君がそもそも此処にこんな姿で来る必要もなかったのだからね。」

「……。先代、って。先代竜神王って、どんな方だった、んですか?」

 少し遠い目をしているアイラに、ディンは次の質問をぶつけた。

 自らと同じ名をもつ、自らの祖先。

そして、ディンに王の座を継承させた張本人。

「お父様かい?父はそうだね……。あの人は一言でいうと頑固でね、一度言ったら絶対に考えをかえない人だったよ。それでいて、なぜか母には頭が上がらなくてね……。子供の頃は、いや最後まであの背中は大きすぎて、どこか寂しさをまとっていてね……。」

 クスクスと笑いながら返答するアイラ。

 遠い昔、父が母に怒られている姿でも思い出しているのだろうか、それとも楽しかった何かでも思い出しているのか、そんな声色だ。

「あと、キミによく似ているね、君が父によく似ていると言った方が正しいんだろうか。瞳の底に映る意思、心の奥底にあるであろう願い、言いだしたら聞かない頑固さ。そして何より、キミになら託してもいいと思えるその纏う気配がね。」

「そんな……、俺はそんなに立派じゃ……。」

「いいや、そういう事じゃないんだよ。立派だとかそんなものでは決してない、父だって立派な大人だったかと言われれば違う。ただ、何故だろうね?そう思わせてくれる何かがあるんだよ。」

 アイラは静かに微笑みながら諭す。

確かに世界を守った先代と比べてしまえばディンは失敗した者、と捉えてしまっても仕方がないのだろう。

 しかし、アイラのいう「似ている」は全く違う。

「父の剣の銘は意思でね、何者にも砕くことが出来ぬ鋼の意思、という。一方キミの剣の銘は誇りだったね?」

「意思……。」

「それは何者にも挫くことが出来ない高潔な誇り。きっと、誰かを守りたいという意思を誇っている事を示すんだろう。」

「でも俺は……。」

「実際に出来たかどうかではないんだ、ディン。竜神の剣とはね、その者が持つ魂の底に刻まれた、いわば根源にある最も大切なモノを映す剣なんだよ。デインの剣は想い、父は意思、キミの母のレイラは慈愛、ケシニアは笑み、レヴィストロは勇気、アリステスは知恵、とね。」

 話を聞くつもりが勉学のようになってしまったね、とアイラはクスクス笑い、しかしそれも一興と言葉を続けた。

「じゃあ、アイラさんの剣はなんというん、ですか?」

「私かい?私の剣はね、エニシと言うんだよ。私の根源には他人との縁を大切にしたいという気持ちがあるようでね。」

「縁……。戦う為の武器なのに、何故竜神はそんな戦いと縁遠い剣を持つんでしょうか……。」

 ふと疑問に思う。

誇りや意思はまだわかる、戦う為に必要なものだ。

 しかし慈愛や縁、笑みなど戦いとは真反対の穏やかな生活に欠かせないものではないのか、と。

「竜神の剣は戦い血を流す為の剣にあらず、世界の闇を癒し、光を守る為に存在しているからだよ。本来ならば、戦いに用いるものではないんだ。」

「……?」

「中々わからないかな?キミは答えを知っているじゃないか。」

「答え?俺が?」

 わけがわからないという顔のディンを見て、可笑しそうに笑うアイラ。

見た目の凛々しさや声の落ち着きからは想像ができないが、どうやら笑いやすい性格のようだ。

「この剣は闇のみを切り裂く剣、光の存在ならば斬ることはない。」

「えっと、えーっと。」

「それは少し違ってね。竜神の剣は闇を切り裂くのではなくて、癒して元あった場所に還元しているんだ。人の闇を斬れば人に、竜神の闇を斬れば竜神にね。」

「どういうことなんです?」

「つまりだね、闇を抱えきれないから生き物は外に放出してしまう。しかし闇なくして光なしとは言い得て妙でね、全ての生物はすべからく両方を持っていないと存在出来ないんだ。だから私たち竜神は、溢れてしまった闇を本人の心が抱えられるように癒しているんだよ。」

 この話をするのも何年ぶりだろうかと、少し懐かしみながら講義をするアイラ。

遥か昔に父に教わったものだ、と思い出すと少し寂しいとも。

「闇を癒す……。」

「魔物という存在自体が哀しいものだからね。それを屠ってしまうのは簡単だけれど、それをしてしまえばそこに確かに存在したココロまで失ってしまう。だから私達竜神の剣は闇を癒し、心を癒すんだよ。」

「……。」

「と、ついつい講義が過ぎてしまったね。詳しいことはいずれレイラかアリステスがわかりやすく話してくれるだろう。他に聞いておきたいことはあるかい?」

 話を止め、静かに待つアイラ。

ディンは口を閉じ、しばらく考える。


「……、あの……。」

「なんだい?」

「アイラさんから、見た。俺って……。王の器が、あると思いますか……?」

「……。正直に答えればいいかな?」

「はい……。」

 唐突な質問に驚きつつ、アイラはしっかりとディンの瞳を見つめた。

 興味、怯え、恐れ。

色々な感情が綯交ぜになった、不安げな少年のその瞳を。

「君は……。」

「……。」

「君は王になるべきだと思う、器ではなく。私はね、器がどうとかそういった物は必要ではないと思うんだ。」

「え……?」

 驚きを隠せないディン。

王の器、というのはとても大切なものだと考えていたのだから、先代の娘であるアイラから飛び出してきた言葉が信じられないようだ。

「大切なのはねディン、誰かの為に戦うその意思なんだよ。世界の為だとかそんな大それたものなんかじゃない、己が愛する者だけを守り続けたいと思うことだと私は思うんだ。」

「愛するものを……、でも俺は……。」

「守れなかった、確かにそうだ。でも君はここにいる、それはなんでだい?もう一度やり直してでも、自分自身の事を忘れられてでも大切な子等を守りたいからだろう?世界なんかよりも大切で、愛おしくてたまらない子供達の為だけにここにいるんだろう?」

「それは……。」

「まだ高く見積もっても百歳、精神はまだ12歳の少年がそんな事をしようと行動し、しかも時空超越という王にしか扱えない魔術を使用した、それは立派な王の証だよ。なあディン、時空超越が何故王にしか使えないと言われているか知っているかい?」

「い、いいえ……。」

 不完全と言われつつ、なぜか使えたその魔術。

それは王の系譜だから使えたのではないのだろうか?ディンと名乗る者だけが使えるという制約でもあるのだろうか?と戸惑う。

「その魔術はね、何の混じりけもない純粋な意思によってのみ発動できる魔術だからだよ。王の証とはね、その混じりけのない守る為の意思を示すんだ。けれど何故だろうね?王といえど混じりけのない意思を持つ、そしてそれは産声をあげた瞬間から何故か決定づけられている。正確には予言されているわけなんだよ。」

「予言……?一体誰が……?」

「初代の竜神王ディン、私達の根源に存在した王が未来を見通す力を持っていたという。それにはそれぞれの時代の王と、その王が成す偉業が記されていると私達の中では伝わっているんだよ。」

 決定づけられている、しかしそれを継続することは困難なのでは?とディンはわからないと眉間にしわを寄せ考える。

 わからない。

人間の世の中に交じり生きてきた自分が、そんな純粋な物を持ち合わせているわけがないのに。


「さあ、また講義が過ぎてしまったね。竜神はそうそう増えるものではないから何かを教えることが少なくてね。」

「い、いえ……。ありがとうございます、アイラさん。」

「そう言ってくれると助かるよ。さて、他にはないかな?」

「ちょっと、一人で色々整理したいです……。」

「そうか、ならば私はドアの前にいるからね、いつでも呼ぶといい。」

 暫く魔術に関する話題を続けていたが、そろそろかとアイラは一旦止め、ディンの言葉を聞くと退室した。

 一人になったディンは幾分か慣れてきた痛みに気を取られながら、険しい表情で話を整理する。

「純粋な意思……。」

 初代竜神王とは何を成した神なのか、予言とはどこまで分かっていたのか。

「竜神王……。」

 代々の王は何を成したのか、そして時空超越という魔術を使用した者はほかにいたのだろうか。

「先代……。」

 先代は世界を分けた者だという事は知っている、しかしそれはどのように行われたのか。

「……。」

 そして自分は何をすると予言されたのか、そもそも何かを成すことが出来るのだろうか。

「眠い……。」

 わからない。

自分に何かが出来るとは思わないし、そもそも出来なかったからここにいるのではないか。

 疑問は底を知らずに湧いてくるが、痛みで体力を消耗しているからかディンは目を閉じ、そのまま眠りに落ちていった。


「あら姉さん、ディンと一緒だったのでは?」

「一人になりたいと言われてね、ここにいればすぐに何事にも対応できる。それよりレイラ、治療法は見つかったのかい?」

「いいえ、あの子のあの傷を治療する方法なんて存在しないんじゃないかと思うくらいよ……。私達でさえ相対したことがない異常事態ですもの。」

 パチパチと松明の燃える音の中アイラがゆったりしていると、静かな足音とともにレイラが現れる。

 その顔は困惑しきった様子で、目的は果たせていないようだ。

「しかしあの業は消えてしまった、私達の力でなければ一体どうやって消えたのだろうね?」

「わからないわ……、あの宝玉が鍵を握っている事は確かなのだけれど……。」

「そういえば、あれはなんなのかわかるかい?竜炎の類である事は間違いないのだろうが?」

 竜神の扱う炎は浄めの炎、癒しの炎。

竜炎は対象の魂を癒し宝玉に変える術、ではあるが。

「あんなに沢山の魂を内包した宝玉を見たことがあるかい?」

「ないわね……、恐らくは王術だと思うのだけれど、お父様はあまり魔術に長けている方ではなかったし……。」

「お祖父様は魔術に長けていたけれど、複数の魂を纏め上げるなんて事をした事は…。やはり彼は何か特別なんだろうか?人間の血が、リュートの血が混じっているから私達にはわからないことが出来るのだろうか?」

「……。」

 リュート。

フルネームをリュート・ウィル・アストレフ。

「君がリュートと契を交わした理由も、彼には何か特別な力と竜神との親和性が高かったから、だったね?」

「そうね、彼は本当に特別だったわ。ただ魔力を持つ人間のはずなのに、私達にすら理解出来ないような特別な力を持っている、そう確かに感じたわ。」

「ではやはり彼の力が……。」

「……。」

 リュートは軸の世界と呼ばれるディン達の世界の裏の世界、ディセントと呼ばれる世界の最も古い時代に生きた人物で、魔術師としてはあまり高い地位にいなかったが魂の持つ魔力に不思議な力を備えていたと言われていた。

 それでいて、何故か分からないが神々と通じている、とも。

「彼は本当に謎の多い人だね……、元々の世界にはいなかったはずだろう?」

「そうなのよ……。お父様が世界を分けてすぐの時代に生きていたのなら、元の世界にも存在していたはずなのに。あれほどの力を持っている人を感知できないわけもないし……。」

 レイラがそんな謎の人物と契を交わし、子をなした理由の一つ。

 それはその謎自体に起因し、それを解明するためでもあった。

「とにかく彼の血を引くあの子は私達には理解出来ない力を持っている、それだけは確かだね。」

「そうね……。もしそれがあの子の運命を狂わせていたら……。」

「それはどうしようもないよレイラ。君が悩んでどうこうできる事じゃないんだ。」

「そう、ね。今はあの子の傷を治す手立てを見つけないとだわ、姉さんここをお願いしても?」

「構わないともさ。」

 ひとしきり会話をするとまたどこかへ行ってしまうレイラ。

書庫では見つからない治癒法を探す手立てはあるようで、その足取りに迷いはなかった。



「君がディンか、まだまだ子供なのに頑張ったんだね。」

 ……誰だ……?

「僕かい?僕のことは内緒だ、ミステリアスな中年、の方が面白いだろう?」

 ……。

「そう殺気立たないでおくれよ、からかいに来たわけじゃないんだから。」

 ……なら最初から要件言えばいいだろ?……

 気が付けばふわふわと白い空間にいたディン。

痛みも何も感じないことから、夢の中かなにかだろうと推測が立つ。

 そして目の前にいる中年の男性。

おおよそ関わった覚えはないが、しかし何故か懐かしさを感じるその姿、声、口調。

はっきりと見えている訳ではないが、しかしどういう姿なのかなんとなく察しがつく、そんなイメージ。

「まあ挨拶くらいは、ね?では本題に入ろう。」

 ……。

「君の力についてだ。ディン、君は今魔力を使い切ってしまって空っぽの状態、だから傷が治癒することもなければ魔力で無理やり動かすこともできない。」

男はディンの返事を待つことなく話し始める。

「そして君の魂は回復不可能な程に消耗してしまっている、これがどういうことかわかるかい?」

 ……もう、戦えない……。

「その通りだ!よくわかっているね。僕としてはそのままでいる事を願いたいが、しかし君はそれで納得する程素直じゃない。」

 ……。

 夢だ、これはまごう事なき夢だ。

男から目線を外せない、動けない、しゃべれない。

 けれど男の言葉を理解し考えていることは男に筒抜けになっている、これが夢でなければなんだというのか。

 しかし、この男の言っていることは正しいと感じる。

なぜかはわからない、しかし納得してしまう。

「君は戦うだろう、それこそ命を落とすことになってしまったとしても。」

 ……。

「僕は望まない、僕の子孫が戦いの中で命尽きることを。だから、君に力をつける方法を教えようと思うんだ。」

 ……力をつける方法……?

「そうだ、君が力を取り戻し、更なる力を得る為の方法だ。」

 男は悲しげに頭を振りながらディンを見やる。

それを教えてしまうことがどんなに悲惨なことか、とでも言いたげだ。

「特別な修行はいらない、契約も制約も必要としないまさに夢のような方法。しかしね、それをする事で君は苦しむよ。この世の誰よりも苦しんで、この世の誰よりも辛い道を行くことになる。」

 ……。

「でも構わない、そう言うだろう?愛する者達の為になら、君はそういう子だ。だから僕はここに来た、せめて力を持たず誰も守れず死んでしまわないように、ね。」

 男はディンの何を理解しているのだろうか、純粋に疑問に思う。

別に言いたいことを代弁されるのが嫌なわけではなく、それはむしろ心地よい。しかし、この男は何故そう理解してしまっているのかが理解出来ない。

「さて、僕の話をだらだらと引き伸ばすのも悪い、だから単刀直入にその術を教えよう。」

 ……ありがとう、祖父ちゃん……。

「おやおや、バレてしまったか。そこに関してはもう少し秘密にしておくつもりだったんだけどね。じゃあディン、目を覚ましたら君は方法を知っている、目を覚ましたら君は力を取り戻せる。しかし覚えておいてくれ、その力は有限で、君自身を傷つけるということを。構わなくてもいい、ぞんざいに扱ってしまうのも君の自由さ。でもね、覚えておいて欲しいんだ。君は悪くない、それを望むことは悪ではない。だからためらわなくていい、業は僕が背負うから。」

 ……。

「僕はなぜ生まれたのか自分でもわかっていない、ある日突然この姿で生まれ、竜神の元封印され、ある日レイラと子を成した。自分のことは名しかわからない、何か大切な物を見つけたわけでもない。だけどね、今はそれがあるんだ。」

 ……。

「それは君とデイン、ディランさ。僕の血を継ぐ子供達、僕がそこに生きていた証となる子供達。僕が唯一愛することを許された、愛したことを誇りに思える子供達。だから、生きて世界を守っておくれ、君が守りたいと望む小さな命の為に。」

 ……わかったよ、祖父ちゃん……。

「ありがとうディン。それじゃ、そろそろ起きる時間だ。そしてサヨナラだ、僕の愛しい孫、ディン。」

 ……。

「さようなら、もう会えることもないだろうけど、元気でね。」

 ……ありがと、祖父ちゃん。さよなら……。

 世界が霞む。

男の姿が霞む。

 燃え上がる情熱を体現したような朱の髪、目尻に滲む涙を隠すように微笑む瞳。

哀しみを押さえ込むような微笑み、そしてディンの物と同じ腕の紋章。

確かに血が繋がっていると思わせるその男は、暗闇の中へと消えていった。


「……。」

 目を覚ますともう何度か見た天井。

「祖父ちゃん……。」

 そして全身の痛み、目を伝う涙が現実に帰ってきたことを実感させる。

「ありがとう。」

 しかし一つ違う。

ディンは知った、学んだ。

戦う術を、守る術を。

 それは途方もない苦悩と苦痛の世界に自らを誘う方法、しかしそれをしなければならない。

守るために、愛する者達を。

覚悟を決め、ディンは口を開いた。


「魂を魔力へ、寿命を力へ。全てを捨てて尚守りたい者の為に。」


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